第5話 女子中学生とデート part1

「……弦さん、朝ですよ~」


 肩をチョンチョンと突っつかれ、目を開けると目の前には若々しい張りのある未来の顔があった。


 すっごい久しぶりに人間の声で目覚めた。


「今、何時? 」

「7時。早かったかな? 」

「いや、起きる。おはよう」


 大きく伸びをしてから起き上がると、未来の顔がヒクヒクしているのに気がついた。何やら笑いをこらえているような。


「どうした? 」


 ヨダレでもついているのかと、口の回りをこする。それとも、あれか? 寝癖が酷いとか?

 天パーだからか、確かに爆発しやすいが、最近切ったばかりだから、そんなにヒドクハないと思う。


「なんか、嬉しくて」

「嬉しい? 」


 未来は、大きくうなずくと笑顔を浮かべた。


「だって、人を起こすの久しぶりだったから。じいちゃん、老人のくせに朝が弱くて、いつもあたしが起こしてたの。それに、伸びの仕方がじいちゃんにそっくりで」

「そっか。オレも起こしてもらったのは久しぶりだ。いいもんだな」

「なら、あたしが毎朝起こすよ」

「オレのが早く出てるよ」

「大丈夫、あたし早起きだから」


 まずトイレに寄り、顔を洗いに洗面所に向かう。

 髭は休みだから剃らない。タオルを取ろうと、タオルかけの辺りに手をさまよわせると、その手にフワリとタオルが落ちてきた。

 後ろから未来はがタオルを取ってくれたようだ。


「朝飯はまだだろ? 」

「うん」


 台所へ向かい、冷蔵庫を開ける。

 昨日買い物をして帰ったから、食材は充実していた。

 玉子を二つフライパンに割り入れ、その横でベーコンを焼く。野菜室からレタスとトマトを出して、サラダを作る。手抜きで、サラダチキンを手で裂き、サラダにのせた。

 昨日の晩にセットしておいたご飯をよそい、粉末の味噌汁をお湯で溶いただけの簡易味噌汁を作る。


「運ぶね」

「ああ、頼んだ」


 玉子とベーコンを皿にのせ居間に運ぶと、未来はお茶をいれていた。

 さすがじいちゃん子。朝から温かい緑茶だ。


 そろっていただきますをすると、未来は美味しそうに食べ始めた。


「これから、朝飯はオレが作るから」

「でも、弦さん、朝ごはん食べないんじゃ? 」

「やっぱり、朝飯食わないと頭働かないからな。ついでに、弁当詰めたる」

「マジで? 」


 未来は嬉しそうな表情になったが、すぐにそれを引っ込める。


「でも悪いよ」

「いや、オレのも作るからついで。最近、流行ってるんだよ。マイ弁当」


 健康志向からか、女子社員達の中では弁当を持ってくるのが流行っているのは事実だった。

 家庭持ちの男性社員も、節約のためか、弁当を持たされてる奴もいないことはなかった。


「そうなの? 」

「ああ」

「じゃあ、お願いします」


 育ち盛りの女子に、わびしい食生活をさせてしまっていたのを反省したオレは、昨日帰ってから弁当のレシピ等を検索してみた。

 いわゆるキャラ弁は無理だが、普通の弁当なら作れそうだった。


 朝飯、昼飯はいいとして、夕飯がネックだ。仕事が定時に終わることはないし、帰ってから作ると10時過ぎとかになってしまう。さすがに、そこまで待たせられないし……。


 少しずつ、こいつに料理を教えないとな。

 ってか、手早く料理教室にでも突っ込むか?


 そんなことを考えながら朝食は食べ終わり、後片付けを未来に頼んだオレは、歯ブラシを終わらせて着替えをすませた。

 スマホの電話帳を開き、悪友に電話をする。


『ああ? 』


 小学校からの悪友、佐々木功太ささきこうたの寝ぼけた声が響いた。


『わりい、起こした? 』

『ああ、何? どうした? 』


 数少ない……というか、独身の友達はこいつだけだ。


『おまえさ、車もってたよな』

『ああ、3台あるけど』


 こいつが結婚できないのは、この趣味のせいだろう。異常なまでに車が好き過ぎて、給料のほとんどを車につぎ込んでしまうのだ。


『今日1日貸して欲しいんだけど』

『はあ? 無理。他人になんか貸せるかよ。でも、俺のはダメだけど親父のならいいぜ』

『勝手にいいのかよ? 』

『大丈夫、大丈夫。とりこいよ』


 とりあえず車は確保できた。

 本当は、こっちに戻ってきたことの報告もしようと思っていたのだが、話す前に電話が斬られてしまった。

 功太は小学校が一緒で、たまたま大学で再開した。さすがに就職先は違ったが、ちょくちょく連絡を取り合っては、年に数回は今でも飲みに行く。

 細く長く続いている悪友であった。


「おーい、支度できたら車借りに行くぞ」

「はーい」


 未来に声をかけると、さっきと同じTシャツにジーンズで部屋から出てきた。


「それでいいの? 」

「はい? 」


 スカートとか、嫌いなんだろうか?


 まあいいやと、家に鍵をかけて二人並んで歩く。


「小学校の同級生に頼んだから、すぐそこなんだ」

「弦さん、この辺りに住んでたんですか? 」

「あれ、知らない? オレ、子どもの時に母さんが離婚してさ、じいさんちにしばらくいたんだ。だから、小学校はこっちだぜ」

「そうなんですか?! じゃあ、第三小? 」

「そうそう」

「あたしと一緒だ! 」

「だろうな。相楽ちゃんとかまだいるのかな? いねえか、小学校の先生って、移動多いもんな」

「相楽……正義先生? いたよ!あたしの1年と3年の担任」

「まじで?! オレが4年の時に新任で入ってきてさ、若い兄ちゃんだったから、みんなすげーからかってたんだよな」

「そうなの?! うちらの時は、凄い厳しい先生だったよ。ちょっと熱血で、運動会とかスパルタだった」

「ああ、負けず嫌いだったもんな。小学生と、真剣に鬼ごっこやったりすんの。マジで鬼の形相で追っかけてきやがるの」

「うちらはあんま遊んではもらえなかったな」


 それは年齢差もあるんだろう。19年もたてば、新任の兄ちゃんもいいオジサンになっているだろうし、たとえば今鬼ごっこしろと言われても、小学生を追いかけて捕まえられるだけの瞬発力もスタミナもない。


「まだいるんかなあ? 」

「3年前はいたけどな」


 そうか、こいつの3年前は小学生か……。

 当たり前のことだが、ガキなんだと痛感する。

 見た目はスラリと身長も高めだし、横に並んでいても子どもと歩いている感じはないが、確かにまだ身体つきとかは凹凸も少なく、大人の女性のものではない。


 小学校ネタを話しているうちに功太の家につき、未来はその門の大きさに口をポカーンと開けた。


「豪邸……」

「だよな」


 チャイムを鳴らすと、小汚ない格好をして髪の毛もボサボサの功太が出てきた。


「悪いな、いきなり」

「いいけど、ずいぶん早かったな。……って、隠し子? 」


 未来を見て、オレを見て、また未来を見て指差す。

 まあ、何も話していなかったから、驚くのも無理はない。今まで8年、女っけのなかったオレが女子を連れて訪れたんだから。

 にしても、やっぱり親子にしか見えないのか。


 若いつもりだったが、つくづくオヤジに染まっていっている自分を思い知らさせる。


「まあ……、なんつうか……」

「東宮未来です。弦さんにお世話になってます」


 未来は自己紹介をして、ペコリと頭を下げた。うん、よくできた子だ……なんて、感心したりする。


「……犯罪ではないよな? 」

「違う、違う。じいさんが面倒見てた子で、じいさんが死んでオレが引き継いだっつうか。家をオレが相続して、そこについてたオプションみたいな」

「ずいぶん、気のきいたオプションだな。独身男には毒な気もすっけど」

「馬鹿なこと言うなよ。3年前はランドセル背負ってた子どもだぞ。とにかく、車貸してよ」

「へえ、へえ。今度、ちゃんと説明しろよ。ほら、こっち」


 門をくぐり、家の横のガレージに向かう。

 ガレージのシャッターを開けると、車が1・2……7台。サラリーマンのオレが、一生乗らない……乗れないだろう車が沢山ありやがる。


「……普通のやつはないのか? 」

「普通? ああ、買い物行くようなやつなら裏に」


 裏に回ると、野ざらしでおいてあるベンツが……。

 これが普通か?


「こいつなら、しばらくレンタルでもいいぜ。俺が大学の入学祝いに買ってもらったんだけど、もう車種も古いからあんま乗ってないんだわ。鍵も中に入れっぱなしだから、好きに使って。一応メンテだけはしてるから、故障とかはないはずだぜ」

「じゃあ、借りてく」

「おう、邪魔だから返さなくてもいいぞ」


 オレは苦笑し、ベンツのドアを開ける。未来も助手席に座り、シートベルトを閉めた。


「じゃ、借りてくな」


 窓を開けてヒラヒラ手を振ると、功太が裏庭の門を開けてくれた。

 スムーズに発進するベンツは、古さなど感じさせることもなく、乗り心地は最高だ。ナビまで完備で、道に不慣れなオレには最高だ。


「とりあえず……、お台場でも行ってみようか! 」

「お台場?! 」


 ただの買い物のはずが、ベンツでお台場!

 未来のテンションも上がる。


「ナビ、入れられる? 」

「やってみる! 」


 さすが現代っ子。説明書もなくナビを操作し、目的地を入れる。


『目的地まで、1時間30分です』


 機械的はアナウンスが流れ、ナビが起動始めた。






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