第6話 女子中学生とデート part2

「弦さん、凄いよ! 」


 未来は、興奮気味に窓の外を見ていた。


「おい……あんまり動くなよ」

「だって、ほら! 東京タワー見えるし。あっちはスカイツリー! 凄い凄い! 」


 オレは、若干青い顔をしつつ、椅子にへばりついて身動きもとれずにいた。

 何せ、高所恐怖症のオレが、大観覧車とやらに乗っているんだから。

 表を見ることができない俺は、ただひたすら興奮する未来を見て、ここは地上……とブツブツつぶやいていた。


「もしかして……高いとこ嫌い?」

「まさか……ハハハ」


 震えた声で強がってみるが、見るからに……だよな。


「すみません。苦手です」


 未来はオレの横に座ると、オレの手をギュッと握った。


「怖くないよ。怖くない」


 女子中学生に手を握られ、膝をトントンと叩かれるアラサーのオッサンっていったい……。


「アハハハ……、ありがとう」


 この際、何にでもすがります。

 オッサンに羞恥心はありませんから……。


 15分くらいの乗車だと思うが、オレには一時間にも感じられた。


「弦さん、ついたよ! 降りるよ!」


 未来に引きずられるように観覧車から降り、まだフワフワする感触で地面を歩く。

 ずっと未来が手を握ってくれていたが、それにすら気がつかないほど、テンパっていた。


「……仲いいね」

「……パパ好きなんだね」


 通りすぎるカップルのつぶやきが聞こえ、そこで初めて手をつなぎっぱなしだったことに気がついた。


「悪い! ごめん! もう大丈夫だから」


 手を離そうとすると、未来はするりと腕を組んできた。


「じいちゃんとはいつも手をつないで歩いてたし」


 介護? ってやつ。


「……ダメ?」


 何だろね、この可愛い生き物は!

 娘ってのは、こんな感じなのかね?


「別に未来ちゃんがかまわないならいいけど」

「ね、未来ちゃんじゃなくて未来って呼んでよ」

「未来……? 」


 未来はポロリと涙を溢す。


「未来?! 未来ちゃん? 」


 オレはオロオロし、未来は照れたように涙を拭いた。


「弦さんの声って、じいちゃんにそっくりなんだもん」

「あ……ああ」


 なるほど、未来はオレにじいさんを重ねているのか……。

 未来にとって、じいさんは特別な存在なんだろう。

 両親に疎まれ、血の繋がりもないじいさんしか頼れなかったんだから。


「顔も似てるよね」

「そうか? 」

「うん、似てるよ」


 腕にすり寄る未来は、本当に可愛らしい。なんつうか、あまりに無防備な笑顔に、父親の気分になる。


「飯……食うか? 」

「うん! 」


 その日は一日、とにかく遊んだ。これが年が近ければデートだったのかもしれないが、どこからどう見ても親子。

 家族サービス(正確には家族ではないが)って楽しいんだなと、枯れっ枯れなオレは、恋愛結婚をすっ飛ばして、父性が溢れ出てくる。


「あのさ、オレのことじいさんだと思って、色々相談してな。いや、まあ、なかなか難しいだろうけど」

「難しくはないかも。弦さん、じいちゃんにそっくりだから」

「あ……そ」


 祖父と孫は無理があるけど、34歳と15歳……親子は可能だよな。


「そうだ! ……でもな」

「何? 」

「いや、……いい」

「何? 」

「……無理だから」

「だから、何が? 」


 未来はうーんと悩むと、ボソッとつぶやく。


「……三者面談がある」

「三者面談って? 」

「学校で先生と進路について話すの」

「ああ、あれね。そうか、未来はは中3だもんな。……って、あれ? 」


 未来の保護者はじいさんで、本来じいさんが行くはずのもので、じいさんがいない今、未来の保護者は自分ってことになるから……。オレが行かなくちゃならないんじゃないか?


「いつ? 」

「今度の木曜日……4時から」

「平日の4時?! 」


 確実に仕事じゃないか!


「ううん、いいんだよ。別に進学するわけじゃないし、話すことだってないし、先生もじいちゃん死んだの知ってるから」

「そっか? 」


 頭の中で、スケジュールを確認する。

 会社に行かないとわからないが、打ち合わせも会議もないから、早退できなくはない。まあ、じいさんのことで数日休みを取ってしまったから、休みづらいといえば休みづらいが、いままで8年以上有給も消化しないできたんだから、少しくらいは融通はきくだろう。


「なあ、進学しないって? 」

「だって、高校は義務教育じゃないんだよ」


 さらりという未来。


「そう……だけど、じいさんだって未来に進学して欲しくて貯金してたんじゃないかな」

「その貯金も今じゃないけどね」


 ああ、そうか。遺産分与とかで叔母さん達がぶんどっていったな。うちの母親もだけど。

 高校進学の費用って、いくらかかるんだ? とりあえず帰ったら調べてみよう。


 車まで戻り、運転席に座る。未来も助手席に座り、ナビをセットした。


「弦さん、今日はありがとうね。こんな楽しかったの初めてだよ」

「大袈裟だよ」

「本当だって。ほら、じいちゃん年だったからさ、遊びに行くなんてなかったし。だから、遠足とか以外でこんなに遊んだの初めてなんだよ」

「またこような」


 未来の頭に手をやると、未来は嬉しそうに首を傾けた。

 車を運転している最中も、色々とお互いのことを話しながら、家までついた。買ってきた荷物を下ろし、車を返しに功太の家に向かう。

 功太はいなかったが、功太の父親にお礼を言い、歩いて未来と家に帰る。


「あれぇ、未来じゃん? 」


 キンキンした声に振り返ると、まさに女子中学生! というような女の子三人が立っていた。

 ミニスカートにキャミソールやミニのワンピース、目がチカチカするほどカラフルだ。


「何してんの? ってか、さっき車に乗ってなかった? 」

「ああ、うん。弦さんと出かけてて」

「弦さんって? あのおじいちゃんの? 」


 少女達の視線がオレに集まる。


「半田です。未来、友達と話すんなら、先に帰ってるよ」

「ううん、あたしも帰るし。みんな、バイバイ」


 未来は少女達に手を振ると、オレの手を引っ張って歩き出す。


「いいの? 」

「いいの! 学校で話すし。」


 後ろでキャーキャー騒いでいる声が聞こえる。

 おじさんじゃーんとかなんとか。

 いやね、確かにおじさんだけどね。そんなにはっきり言われると、さすがに凹むな。


「ごめんね、あの子達騒がしくて」

「ああ、大丈夫、大丈夫。女子中学生なんてあんなもんでしょ」


 そう……あんなもんだ。

 そこで、何か引っかかるものを感じた。未来の同級生の少女達。身内の贔屓目じゃないけど、が一番可愛かった。可愛かったが、何がこんなに気になるのか?


 ……………………


 ああ! 格好だ!!

 一番可愛い未来が一番地味だった。

 あの子達は、ピンクや黄色の華やかな洋服を着て、うっすら化粧すらしていたというのに、未来はオレのお古のTシャツにジーンズ。


「未来ってさ、スカートとか持ってないの? 化粧品とか? 」

「ないよ。何で? 」

「欲しいとかない訳? 」


 未来は、うーんと悩む。


「欲しくない訳じゃないけどさ、贅沢品じゃん。なくても困らないし」

「明日、買いに行こう! 」

「はい? 」

「だから、未来の洋服とか化粧品とか。あの子達が持ってるもん全部」


 未来はケラケラ笑う。


「やだ、無駄遣いだよ。弦さん、どんだけあたしにお金使う気? 今日だって、いろんなとこに連れて行ってもらったのに」

「いいだろ? だって、みんなと違うのって嫌なんじゃないの? 女子中学生って、そうなんじゃないの? 」

「別に。あたしは気にしないよ。みんな一緒じゃおかしいでしょ。それに、あたしシックな方が好きだし」


 オッサンのお古はシックとは言わないぞ!


「じゃあ、1着だけ! 1着なら贅沢じゃないだろ」

「もう! なんか、逆だよ」


 足長おじさんの気持ちがわかる気がした。

 明日はショッピングに行くぞ!と心に決める。


 初めての彼女のトラウマからか、今まで、異性と深く関わらないように、人間関係自体うわべだけで、一歩踏み込むことを避けてきた。そんなオレが、いざ一歩他人に踏み込んでしまうと、何て言うか歯止めがきかない。


 昨日まで、干渉しないただの同居人だったはずの未来が、たった一日で「うちの未来」なんて思うまでになってしまっている。

 あれもやってやりたい、これもやってやりたい……いきなり父性の塊みたいになっちまって、どうしたもんかね?


 自分でも、この急に湧いて出た父性に戸惑いながら、でも嫌じゃないな……と思う。


「夕飯の買い物して帰るか。何食べたい? 」

「ハンバーグ! 」

「……昨日食ってたよな。まあ、いいか、約束通り作ってやるよ」


 駅前のスーパーに寄り、材料を仕入れてくる。「オレのハンバーグは一味違うぜ! 」なんて大口叩きながら、女子中学生と買い物って、昨日までの自分からは想像できない。


 そんな楽しげに歩くオレ等を見ている目に、全く気がついていなかった。







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