第7話 三者面談

「いただきます! 」

「いただきます! 」


 オレと未来の声が居間に響き、朝早い朝食が始まる。

 まだ朝の7時。いつもならあと10分は寝ていたはずだ。が、週明けからオレの起床は6時になった。


 未来の「弦さ~ん、朝ですよ~、起きてくださ~い」という可愛らしい声と、そっと揺さぶられる感触で目覚める。

 新妻ではないのだから、甘いキッスはないけれど、スマホの機械音での目覚めに比べたら、すこぶる気分がいい!


 起きてすぐ、朝食と夕食作りを始め、その中からピックアップして弁当に詰める。男飯なんで、夕飯は大皿に一品作るだけ。味噌汁はインスタント、サラダは千切るだけだから、それは未来だってできる。なので、白米を炊くのと、サラダを千切るのが未来の担当だ。


 あと、弁当に詰めるのもか。


 オレが詰めるとグチャッとしてしまうが、そこはやはり女の子。作ったのはオレだと思えないほど、彩りとか考えてキレイに詰める。センスが溢れてる! (親バカ全開)


 未来が料理の片付けしている間に、オレは手早く出勤の用意をし、冒頭の場面にたどり着く訳だ。


「弦さん、このだし巻き玉子美味しい」

「そっか、そっか。中にチーズ入れるのと、塩昆布入れるのと、どっちが好きだ? 」

「どっちも好き! 」

「そっかあ~(目尻下がりまくり)」


 茹で卵しか作れない未来は、基本玉子料理が好きらしい。それとハンバーグ。じいさんが和食オンリーだったらしいから、洋食系を作ってやると珍しいらしく、えらく喜ぶということが判明した。

 平日は簡単に炒め物になってしまうので、休日にはちょっと手をかけた物を作ろうかと、通勤電車でクックパッドを見るのがオレの日課になりつつあった。


「弦さん、本当に今日来てくれるの? 」

「ああ、一応そのつもり。仕事でミスがでなければ、早帰りできるように申請してあるから」

「無理……しなくていいよ」

「いや、ちゃんと先生に挨拶しないとだしな」


 未来の状況が状況だし、保護者として説明しないとまずいと思ったのだ。

 それに高校のことも相談したいし。


「ご馳走さまでした。じゃあ、後片付けよろしくな」


 先に食べ終わり、食器を流しに置くと、鞄を持って玄関へ向かう。


「いってらっしゃい」

「おう、いってきます」


 未来に見送られ、玄関を出る。


 なんつうか、爽やかな朝だ!

 早起きも、通勤時間が延びたのも、全く苦にならないのは何でだろう。


 オレは足取りも軽く、駅へ向かった。


 ★★★


 駅についたのが4時5分前。

 本当は、一度家に帰って荷物を置いてから学校に向かうはずが、後輩のミスに付き合ってたらこんな時間に!


 家には戻ってられないから、荷物を抱えて猛ダッシュだ。

 この年で、まさか坂を駆け上がることになろうとは……。


 中学は、駅から商店街を抜け、坂を登った上にある。その坂がまたえらく急で、遠回りすれば緩やかな坂もあるのだが、時間ギリギリで遠回りしている余裕もなく、ヨロケながらもなんとか坂の上に到着する。

 走ってきたのと、秋間近なんて嘘だろ? ってくらい真夏のような日射しのダブルパンチで、汗が滝のように流れる中、正門から入り守衛さんに声をかける。三者面談で来たことを告げると、スリッパに履き替えて3階の教室に行くように指示された。


 3年1組、未来のクラスだ。

 担任は若い女性だと聞いていた。


「遅くなりました」


 教室を開けると、すでに先生と未来が教室の中で座っていた。


「あらあら、凄い汗。大丈夫ですか? 」

「すみません。仕事が延びてしまって、走ってきたらこんなことに」


 ハンカチを出して汗を拭くが、さらに吹き出る汗でどうにもならない。

 未来の隣りに座ると、未来が鞄からタオルを出してオレの首にかけてくれた。

「わりい」

「今日体育で使ってないから」

「どうぞ、上着お脱ぎください」

「すみません」

「東宮さん、お水持ってきてあげたら? 」

「はい、失礼します」


 未来は、パタパタと教室を出ていく。


「どうも、はじめまして。担任の林凛子はやしりんこです」

「どうも、未来の保護者の半田弦です」


 習慣で名刺を差し出すと、林先生は笑いながら受け取ってくれた。


「良かったです。今回半田さんにいらしてもらって。東宮さん、お祖父さんが亡くなられて、保護者の方が代わったとは聞いたのですが、やはりどんな方か分からなかったから心配で」

「そうですよね。すみません、本当ならきちんと説明にこないといけなかったんでしょうが」

「いえね、東宮さんが若い男性と同棲してるって噂が保護者に流れまして……」

「……? なんですか、それ? 」


 若い男性?

 未来の年齢の親なら、そりゃオレより年上だろうけど、それでも一回りは離れてないだろう。

 オッサン自覚してるオレが若者に見えるってか?


「何だか、仲良さそうに腕を組んで歩いているのを見かけたとか……。同じ家に入ったのを見たとか。一気に広がってしまったようで」


 林先生は言いにくそうに、でも正直に話してくれる。


「仲良さげって、そりゃ生活一緒にしてるんですから、仲悪かったら問題でしょ? 同棲じゃなく同居ですし、私は未来にやましい気持ちなんかないですよ」

「わかります。半田さんを見れば、それは。それに、お祖父様によく似てらっしゃる。東宮さんがなつくのもわかりますから。それで、保護者会の時に簡単に説明をと思うのですが、よろしいでしょうか? 」

「説明……ですか? 」

「はい。かなり噂が広まっているようなので、それで東宮さんが一部の生徒から嫌がらせもうけたようなんで」

「は? イジメですか?! 」

「本人は気にしないと言ってますし、まだそこまで発展はしてないと思うのですが、早いうちに誤解は解いた方がいいかと」

「わかりました。お願いします」


 まさか、自分と家族になることで、未来がイジメに合うとは予想もしていなかったため、動揺が半端なかった。


 そこへ未来が水を持ってやって来た。どうやら、保健室までコップを借りに行ったらしい。


「弦さん、お水」

「ありがとな」


 話しの内容から、すっかり汗がひいてしまったが、未来からコップを受け取り、いっきに飲み干す。


「それじゃ、三者面談始めましょう。まず、東宮さんの成績ですが……」


 未来は成績優秀らしい。だいたい学年で5番以内……トップのことのが多いとか。高校受験しないのはもったいないと言われた。

 友達は多いが、広く浅く付き合うタイプらしく、色んなグループの子と幅広く仲良くしているようだ……と言っていた。


「あの、高校受験なんですが、私的には受験してもらいたいと思ってます」

「まあまあ、そうですよね」

「あたしは高校なんて……」

「あなたの成績なら、少しランク下げれば私立高校の特待生でもいけるわ。奨学金制度だってあるのよ」

「でも……」

「ランクは下げなくていいです。未来、今じゃなくて将来を見た方がいい。中卒と大卒じゃ、できる仕事の幅が違う。いい高校に入れば、いい大学にも行きやすくなる」

「そうね。保護者の方がそういう考えなら、ちょっと頑張って上を狙ってみたら? 」

「……」


 まだ未来には遠慮があるんだろう。黙ったままうつむいてしまう。


「この話しは、帰ったらちゃんと話そう。先生、進学の方向でご指導お願いいたします」

「わかりました。一学期までは進学だったんですから、まだ遅くはありませんわ」

「よろしくお願いいたします」


 オレは立ち上がって頭を下げた。


 次の父兄が廊下で待っているようだし、上着を着て再度頭を下げる。教室を出ると、廊下の椅子に女子生徒とその母親が座っていた。


「お待たせしました」


 頭を下げて前を素通りする。


「未来? 」


 立ち止まってしまった未来を振り返って呼ぶと、未来はうつむいて固まっている。

 廊下にいた二人は、そんな未来を横目に教室に入っていった。


「どうした? 」

「う……ううん、何でもない」

「なあ、おまえこのまま帰れるの? 」

「ああ、うん。帰る」

「じゃあ、一緒帰ろうぜ。夕飯の材料買って帰ろ」

「……うん」


 高校のことが引っ掛かっているんだろうか?

 テンションが低いというか、何かが違う。緊張しているような、身体の筋肉が全て硬直してるような……。


「荷物取ってくる……」


 未来の後ろ姿を見つめながら、オレは何か気持ちがザワザワしていた。

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