第25話 クリスマスに再開したのは……

 今年はクリスマスイブが金曜日、クリスマスが土曜日だったため、半田・東宮家のクリスマスパーティーは土曜日に行われることになり、未来が招待状を出した全員から参加の返事をもらうことができた。


 梓と菜月は昼前から来て、飾り付けや食事の用意をしてくれることになっていた。


 今回は人数も多いから、ほとんどの料理はケータリングを頼み、家ではサラダやスープ、簡単にクラッカーを使ったカナッペなどを作る予定だった。

 酒や飲み物は功太が用意してくれることになっており、すでに酒屋からジュースやビール、ワインやシャンパンなどが届いていた。


 玄関のチャイムが鳴り、梓達だろうと思ったオレは、未来に玄関の 鍵を開けてきてくれるように頼んだ。


「未来、鍵開けて」

「はーい」


 未来がパタパタと走って行った。

 しかし、すぐに来るはずの梓や菜月がやってこない。もちろん未来も戻ってこない。オレは怪訝に思い玄関へ向かった。


「未来、山本さん達じゃなかった……の」


 オレは、玄関に立っている人物を見て、言葉が出なくなった。


「……紗由理さゆり


 玄関に立っていたのは、くっきりとした二重のきつそうな美人。スレンダーな身体は、年をとってもなお、贅肉などついていなかった。

 そのスカートの裾を握りしめているのは、7~8歳くらいの男の子で、目つきが彼女にそっくりだった。


「こんにちは」

「……」


 女は、緊張のためか強張った表情でオレを見上げていた。


「メリークリスマス!! 」


 硬直した雰囲気を壊すように、能天気な声が玄関に響いた。約束の時間よりもかなり早い到着で、かなり楽しみだったんだろう。


「……って、あれ? 」


 サンタの格好をした功太が、キョトンとしてオレ達を見て、そして女達を見た。


「ゲッ!! 」

「お久しぶりです、功太さん」

「な……何で?! 橋谷はしたに紗由理さゆり!! 」


 女は初めて表情を弛めた。


「今は、東宮……東宮紗由理になったの、功太さん」


 東宮……って。


 未来の視線は女のスカートの後ろへ隠れている男の子から離れなかった。


 そしてオレはやっと全部を理解した。

 8年前、オレと付き合っている状況で、オレ意外の男の子供を孕んだ紗由理。男のことは詳しく聞かなかったが、紗由理の上司と言っていた。そして、「結婚するのか? 」という問いに「たぶん」と答えていた。たぶん結婚すると思うけど、できるかわからない……つまりは相手がすぐに責任とれる環境にないということ。相手が既婚者だった……からだろうな。


 そして、名字が変わったってことは、無事離婚が成立し、相手と結婚できたんだな。そう、未来の父親と。


「功太、留守番頼んでいいか? 」

「そりゃもちろん」

「これからケータリングの食事が届くから、それをうけとっておいてくれ。あと、女子二人と中学生の男の子とその妹がくるから、適当に準備しといてくれるか? 」

「わかったけど……」

「東宮……さん、これから来客がくるので、表でいいですか? 未来、おまえも来なさい」


 未来は居間からオレと自分の上着を持ってくると、不安そうに上着をオレに渡した。


「サンキューな。じゃあ行こうか」


 4人で家を出ると、駅前のファミレスに入った。他人が見れば、親子に見えたかもしれない。


「……あの、東宮さん。何で?」


 未来の父親ではなく、なぜ紗由理がうちにきたのか?

 慰謝料の話しなんだろうが、あれは結局電話でもう一度話したら、会う時間がないから送ってくれと言われ、電話口で内容を確認の上郵送した。


 ここまで自分勝手だと、怒りよりも呆れる方が強く、手っ取り早く縁を切ろうと、未来と相談して二部証書を作り、父親も判を押して一部送り返してもらうはずだったのだが、それはまだ戻ってきていなかった。


「これ、夫から」


 封筒が目の前に出され、確認すると父親が判を押した証書が入っていた。


「郵送……してもらうはずだったんだけど」

「ええ、送っておけって言われたわ」


 じゃあ何で来たんだ? しかも子連れで。


「あなたが未来ちゃん? 」


 未来は無表情でうなづく。


「あたし、あなたのお父さんの奥さんしてるの。この子はあなたの弟の将也まさや


 感動の再開……にはならなかった。

 将也は人見知りなのか母親にくっついて離れなかったし、未来は「弟よ」と言われても実感がわかなかった。


「これは受け取った。じゃあ、オレ達はこれで」

「弦! 」


 久しぶりに紗由理に名前を呼ばれ、オレは立ち上がりかけたがピタリと止まった。

 未来が怪訝そうにオレと紗由理を見る。自分の父親の奥さんが、オレを親しげに呼び捨てにするのだから、そりゃ不思議だろう。


「知り合いなの? 」

「昔、あたし達は付き合ってたから」

「紗由理! 」

「あら、本当のことだわ」


 紗由理はにこやかに言い、話しを続けた。


「あたし達は6年付き合ったの。結婚も考えてたわ」


 どの口が言うのか……。


 厚顔なのか……。昔から自分勝手で、自分の良いように物事をねじ曲げて考える性格だったな。


「でも、あなたのお父さんに騙されて、弦とは別れるしかなかったの」

「人のせいにするな。おまえの選択だろう。オレと別れて子供の父親と子供を選んだ」

「でも、あたしはあなたと別れたくなかったわ。あなたがおめでとうって、頑張れって言ったから……。あの人と別れろって言ってくれていれば……」


 紗由理の目から、大粒の涙がこぼれる。

 オレは目を閉じた。

 頭がズキズキと痛み、8年前のことがまるで昨日のことのように思い出せた。


【おめでとう、頑張れ……って言ってくれる? 】

 そう言ったのは紗由理だ。

 まるでオレが自発的に言ったみたいに思い違いしているが。


「それは言ったらいけないことだろ。その子がおなかにいたんだから」

「あら、なんの縁もない未来ちゃんを育てようっていうあなたなら、この子も受け入れられたんじゃないかしら? あたしは今でも弦のことが……」

「都合のいいことを言うな」


 吐き気さえ覚える。

 好きだったから、こんな性格でも我慢できたが、ただの他人になった今、あまりに自分勝手さに、何でこんな奴が好きだったのか、こんな奴のために恋愛不信とか、なんか今までの人生無駄にしたんじゃないかとさえ思えた。


 黙って話しを聞いていた未来は、何となく状況を理解したらしく、テーブルの下でオレの手を握った。


「でも本当だもの。夫からその封筒を預かった時、名前を見て本当に驚いたわ。もう、懐かしくて会いたくて、あの時の感情がブワッて溢れたの。でも、あたしは結婚して夫も子供もいて、この感情には蓋をしないと……って思ったの。でも、でも! やっぱり無理だった」


 両手を胸の前に組み、うるうると涙を浮かべている紗由理は、自分で自分の設定に酔っているようだ。

 また、そんな旦那意外に気持ちがあるみたいなことを、実の子供の前で言ってしまう辺り、オレのイライラがドンドン増していく。

 べらべらと昔の思い出話しをする紗由理に、とうとう我慢の限界が越えた。


「……ふざけんなよ。おまえの、おまえ達の身勝手は行動で、未来は家族をなくしたんだ。今さらごちゃごちゃ言ってるんじゃない!何が昔が懐かしいだ。オレは全然懐かしくないし、思い出したくもない黒歴史だ」

「そんな……。何でそんなこと言うの? 弦だって、あたしのこと引きずってるから、今独り身なんでしょう? 」

「おまえを引きずった覚えはない! あえて言うなら、おまえのせいで恋愛恐怖症になっただけだ」

「……弦。あたしは旦那と別れて、あなたとやり直してもいいって思ってるのよ」

「あの人……、また同じことしたんじゃないの? 」


 未来がボソッとつぶやく。

 紗由理の表情が固まり、そういうことかと理解した。

 きっとあの男はまた浮気をしたんだろう。別れても未来に生活費も支払わなかったあの男が、自分達に生活費を出すとは思えなかったんだろう。だから、他の男を探した……というところか。


「悪いけど、これからクリスマスパーティーなんだ。未来の友達やオレの会社の女の子達や功太と。オレにはオレの生活があって、それはもう二度と君と交わることはないから。じゃあ、行こう、未来」

「弦! 」


 オレは未来の手をひいて立ち上がると、伝票を持って会計をすませた。


「弦さん? 」


 店を出てしばらく無言で歩き、いきなりしゃがみこんだオレに、未来は同じようにしゃがんでオレの顔を覗き込んだ。


「あ……あ、悪い。なんか、気が抜けたっていうか、馬鹿らしくなっちゃって」

「……? 」

「いやさ、だいたいわかっただろうけど、あれがオレの元カノで、初めて付き合ったんだけど、結婚も考えてたのは確かだ。でも浮気されて、子供までできたって聞いて、恋愛恐怖症になったんだ。だから、この年まで彼女も作らないで、結婚なんて論外で……。でもさ、あんなのが最初で最後の女になるのかと思ったら、情けないっていうか、今までの自分が馬鹿だなって思ったら、なんかさ」


 未来は、そんなオレの頭をギュッと抱き締めた。自分と同じシャンプーの匂いに包まれ、妙な安心感があった。



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