第24話 ファーストキス
「ただいま……」
「お帰り! 」
2階の自分の部屋にいると思った未来が、居間からヒョッコリ顔をだした。
「招待状、書き終わったのか? 」
「うん、これが菜月さんと梓さんと功太さん。あと……武田君にも渡していい? 」
まさか、未来の口から先に武田の名前が出るとは?!
オレは、自分ですでに誘っておきながら、動揺を隠しきれずに無駄に居間をウロウロしてしまう。
「武田君ね、おまえが誘ったら喜ぶんじゃね? ってか、そうか、なるほど、いや、でもな……」
「弦さん、とりあえず上着脱いだら? 上着着たままお茶飲むの?」
「ああ、そうだな」
荷物も持ったまま、上着も着たまま、落ち着こうとお茶をいれようとしていた。
「ほら、土産」
ブーケを未来に渡す。
「どうしたの? 」
「武田君にな、選んでもらった。なんか、花言葉があるらしいぞ」
「ふーん。どうせなら、弦さんが選んでくれれば良かったのに」
未来はブーケを受けとると、「花瓶ないなあ」と、花瓶になる物を捜しに台所へ向かった。
ビールジョッキにブーケをさして戻ってきた。
「おまえ、なんかそれって……」
「他にいい丈のがないんだもん」
女の子なんだから、「嬉しい! きゃあ、キレイ! 」みたいな反応はないんだろうか?
「武田の妹も誘ってやれよ」
「ええッ!? 」
未来が嫌そうに眉を寄せる。
「友達んちに招待されてればいいけど、もしされてなかったらクリスマスに一人は可哀想だろ。あいつんち、クリスマスは遅くまで仕事らしいし」
「……そうだけど。あの子、弦さんにしつこくするから嫌」
ムスッとして座卓の中央にビールジョッキを置く。
ヤキモチは可愛いが、小学校低学年相手に大人気ないだろう。まだ大人ではないか……。
「兄妹セットにしてやれよ」
「弦さんが言うなら……」
渋々という感じで、未来は招待状に二人の名前を書いた。
「他は? 呼びたい女友達とかいないの? 」
「いない」
「おまえさ、イジメ……とかされてないよな? 」
ふと、数ヶ月前の三者面談の時のことを思い出した。
あの時、二人暮らしを始めたことで、父兄の間でいらない噂が流れたと言っていたし、一部の生徒から嫌がらせを受けたとも聞いた。
あの後、保護者会には仕事ででれなかったが、先生からオレのことを説明しましたという連絡はきた。未来からも何も話しがなかったから、あれは解決済みだと思っていたが、まさかイジメに発展してたりしてないよな?
「ないない。前から特別に仲がいい子がいないだけ。あたし、広く浅く付き合うタイプだから」
男子はそんか傾向があるが、女子はトイレに行くのもベッタリというイメージがある。
「嫌がらせとか受けてないな? 」
「みんな受験が忙しいからね。そんな暇ないでしょ」
「なら……いいけど」
未来は、オレの横にピッタリとくっついてきた。
「心配してくれたんだ。……ありがと」
「そりゃ、当たり前だろ。未来はオレの娘みたいなもんだから、何かあったら相談して欲しい。オレ、保護者としたらまだまだ新米だし、気がつかないことの方が多いからさ」
「相談……か」
思わせ振りにつぶやく未来に、オレは何かあるのかと、未来の顔を覗き込んだ。
「何だ? マジで話せよ? 」
「じゃあ、目を閉じてよ」
「何でだよ? 」
「話しにくいから」
まさか、「恋愛なんか! 」と言っていた未来が、恋愛の相談なんじゃないだろうな?!
あり得る!
武田にクリスマスパーティーの招待状を渡すと言ったのも、心情に変化があったからだとしか思えない!
ウォーッ! いつか……とは思ったけど、まさかの今じゃないぞ!!
「……それ、今聞かなきゃな感じの話し? 」
自分で相談しろとか言いつつ、すっかり尻込みしつつ、ズリズリと後ろへ下がる。
未来は、そんなオレの腕を引っ張り、真剣な表情で迫ってくる。
「わかった! わかりました! よし、いいぞ! 何でも相談しろ」
意を決して両目をギュッと閉じた。
「見えない? 見えてないよね?」
「おう! どんとこい! 」
しばらく間があり、何かがオレの唇に触れる。
ははーん?
キスされたとか焦って目を開けたら、実は指でした……とかいうドッキリか!
やっぱりガキだな。
呆れながらも、ホッとしている自分もいた。
てっきり恋愛相談されるかと思いきや、ドッキリをしかけようとしただけなのかと。
「まだ目を開けたらダメだからね! 」
「おう? 」
未来が立ち上がり、バタバタと階段を上がって行く音が響いた。
オレは、また戻ってくるのかと思い、言われたままに目を閉じたままでいたが、しばらく待っても未来は戻ってこなかった。
???
まさかのドッキリの後に放置って?
オチはどうした?
残念、指でした……ってやつは?
オレは、馬鹿みたいに目を閉じたままでいた。
★★★
未来は、自分の部屋に駆け込むと、畳の上でジタバタと転げ回った。
しちゃったよ!
ファーストキス。
本当は、自分の気持ちを弦に話すつもりでいた。
恋愛を諦めていた自分が、唯一恋愛できるとしたら弦しかないこと。今は15歳だが、来年になれば結婚だってできる年だ。子供としてではなく、保護者としてでもなく、生涯の伴侶として、自分を受け入れて欲しいと言いたかった。
言いたかったのだが、そんなプロポーズのようなこと(ようなと言うか、ガチのプロポーズ)、恥ずかし過ぎて言葉にならなかったのだ。
で、つい実力行使に至った訳だが、プチパニックになった未来は弦を放置して逃げ出してしまった……というオチだ。
恥ずかしさのあまり転げ回っている未来だが、いわゆる好きな人とキスしたドキドキじゃないことに、気がつくほど経験豊富ではなく、ファーストキスに盛り上がってはいるものの、あのバクバクするような動悸をいまだに経験してはいなかった。
部屋の端から端まで転がりまくっていた未来のスマホが鳴った。
見ると、武田からの着信だ。
未来は、ピタリと動くのを止め、大きく深呼吸する。
『はい』
思っていた以上に冷静な声がでた。
『東宮? 今、何してた? 』
直球の質問に、まさか弦にキスしてましたとも答えられず、頭をフル回転させる。
『ご……ゴロゴロしてた! そう、ゴロゴロだよ』
嘘は言っていない。実際に転がりまくっていたのだから。
『ふーん、暇してたのか。なあ、半田さんにクリスマス誘われたんだけど、マジでオレら言っていいの? 』
『うん、梓さん達や功太さんも誘うから、全然いいよ。明日、学校で招待状渡すし』
『功太さん? 功太さんって? 』
名前呼びの男がでてきて、武田の声が焦りからか大きくなる。
『弦さんの同級生』
『ああ……』
ホッとしたような武田の声に、未来は小さく笑った。
『何だよ、だって気になるだろ?知らない男の名前だし。でも半田さんの同級生ならな』
『同級生なら? 』
『ほら……まあ、いい年じゃん?恋愛対象にはならないかなって』
弦を恋愛対象にしようと思っていた未来には、ズキンッとくる言葉だ。
『年齢差は関係ないじゃん』
思わず不機嫌になる声に、武田は電話の向こうで慌てているようだった。
『いや、まあ、そうかもだけどさ。半田さん34だっけ? オレらと……19離れてるんだよな。オレらより19下って、まだ生まれてすらないし』
『……』
でも、キスしたもん!
不意打ちだったけど(弦はキスされたと思ってすらいないが)、ちゃんと唇は合わせた。
が、そんなことを堂々と言うこともできず、未来はまたもやゴロゴロと転がる。
『なんか、バサバサ聞こえるんだけど、何してんの? 』
『だから、ゴロゴロしてる』
『……本当に転がってるのかよ』
呆れたような武田の声に、未来は『ほっといてよ』と返す。
未来の不機嫌な雰囲気を感じ取った武田は、触らぬ神に祟りなし……とばかりに、クリスマスのことを再度確認して電話をきった。
★★★
その頃オレは、ようやく目を開けて瞬いているツリーの光をボンヤリと見ていた。
今のは何だったんだ?
ってか、相談事は?
さっきのは指だと信じてるオレは、ひたすら未来の相談事の内容に頭を悩ませ、未来と武田の関係について進展があったのでは?!と、歯ぎしりする思いだった。
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