第13話 運動会
「じゃ、行ってきます」
「おう、後でな」
体操服姿の……といっても、ジャージ上下で昔みたいにブルマ姿ではない……未来は、嬉しそうに手を振って玄関から走って出ていった。
弁当は梓達が用意してくれるから、敷物とか飲み物とかはもう用意して玄関に置いてあった。
ビデオカメラ等の充電も完璧だ。
忘れ物がないかチェックしつつ、ラインを開く。
二人ともすでにこっちへ向かってますとラインが入っている。
酔っぱらいの戯れ言ではなく、きっちり約束を守ってくれるとは、今時の若者にしては本当にいい奴等だ! ……ちょっとオヤジくさいか。
「さてと、場所取りもしないといけないらしいし、オレも出るかな」
佐藤さん情報で、始まる前から並んで場所取りする保護者もいるってことだ。
日除けの帽子をかぶり、たすき掛けで荷物を背負う。
なんか、父親の休日って感じだよな。
未来の中学校につくと、すでに校門前に列ができていた。保護者の入場はもう少し後のはずなのにだ。
列の一番後ろに並ぶと、前の方に見たことのある顔があった。未来の実の母親と、その旦那だろうか? 頭は少し後退しているが、がっしりとした体型で男らしい顔つきをしていた。
ふむ、あそことはなるべく離れたところに席をとろう。
校門が開かれ、父兄がドッと校庭に雪崩れ込む。未来からもらっていたプログラムと、立ち位置表によると、校庭の南側、南門付近がベストポジションぽかった。
しかし、同じ学年、1クラスしかないんだから、ベストポジションももちろん同じな訳で、南門の前の一番ベスポジを肉屋が大きく陣取っていた。
オレはギリギリ南側、どちらかというと中央よりの場所を取った。それでも、一番前になれたのだから上等だろう。周りの父兄の動向を伺いながら、ビニールシートを敷いたり、三脚をたててみたり。何せ、初めての運動会参観だから、勝手がわからない。
運動会が始まる時間になり、梓達が大きな包みを持ってやってきた。
「半田さん、一番最前列って頑張りましたね」
「君達もお疲れ。朝早くから悪かったね」
「いえ、いえ。うちが頑張ったのは弟ですから。あ、これビデオですね? あたし、ビデオ係やりますよ。やっぱり、半田さんは直で見た方がいいですよ」
「いいの? 」
「もちろん! 」
「じゃあ、あたしはカメラ担当で」
いきなり音楽が流れ、入場行進が始まる。
男子は、中1と中3ではかなり体格に差がある。小学生みたいな男の子もいれば、おじさんみたいな子まで。女子はそこまでの差はないが、やはり中3の方が大人っぽい体格の子が多いかもしれない。
みな同じ運動着を着ていると、未来の可愛さは目立つ。オレはすぐに未来を見つけ、未来もオレ達に気がついたようで、行進しながら小さく手を振ってきた。
「未来ちゃん、嬉しそうですね」
ぶれないように腕を固定しながらビデオを構えた菜月が、未来にズームしながら言う。梓も何やら連写している。
この二人、なんか本格的なのは気のせいか……?
校長の挨拶の後、3年男女が壇上で宣誓をし、準備体操が始まる。1年生などはきっちりやっているが、3年にもなるとだいぶだらけてくる。面倒というより、気恥ずかしさがあるんだろう。そんな中、未来は1年生並みにきっちり準備体操をこなし、入場と同様に行進しながら自分達の席に戻った。
午前は、未来の出番は3番目のリレーと、6番目の借り物競争。午後は創作ダンスとのことだ。
選抜のリレーの走者には選ばれていないらしく、その3つが出番らしい。
「未来ちゃん第3走者みたいですね。赤組です」
カメラのズームで未来を探した梓が、未来にピントを固定しながら言う。
「君ら、カメラの扱いに慣れてるね」
オレは苦労して説明書を読んでなんとか撮れるようにしたというのに、二人は苦もなく最新機種を操っている。これが若さか?!
「あたし達、大学の時に写真部だったんですよ」
「えっ? 君達、写真部? ってか、大学から同じなの? 」
「大学からじゃないですよ。小学校からの幼馴染みです」
「そんなに?! 凄いな……」
タイプの違う二人が、よく一緒にいるなとは思っていたが、まさか小学校からの同級生とは。
「まあ、小中高は家に近いとこにいったので必然ですけど、大学と就職先は偶然です。半田さん、未来ちゃん並びますよ! やだ、赤離されてる! 」
梓がオレの腕を叩きながら興奮気味に叫ぶ。
「未来頑張れーッ! 」
「未来ちゃんーッ! 」
未来がバトンを受け取り走り出した。
離れていた距離がジリジリ縮まり、オレ達の前を走り抜ける時には、あと一歩というところまで追い詰めた。しかし、あと数歩の差のままバトンをタッチする。
「未来ちゃん速いじゃないですか! 」
「そうだな。あんなに足が速いとは思わなかった」
「あんなに速いのに、リレーの選手じゃないんですか? 」
「もっと速い子がいるんだろう」
親バカではないが、選抜リレーを走る未来が見たかったかもしれない。
結局赤は負けてしまったが、未来の勇姿が見れたから大満足だった。
それから借り物競争は、未来は何やら先生の手を引っ張りゴールし、後で聞いた話しだと「一番怖い人」というお題だったらしい。
昼御飯の時間になり、未来はすっとんでやってきた。
「未来ちゃんお疲れー! 」
「梓さんも菜月さんも、来てくれてありがとうございます! 」
未来はきちんと頭を下げて礼を言うと、外履きを脱いでビニールシートに座った。
「未来、昼はどこで食べてもいいんだろう? 友達と食べなくてもいいのか? 」
「別に、いつもお昼一緒してるし、せっかく菜月さん達がきたんだもん。一緒に食べたいじゃん」
「可愛いこと言ってくれるね。未来ちゃんの一応別盛りにしてきたんだけど、じゃあ一緒食べよう」
梓と菜月(弟)の作ってきた弁当は、カラフルで凄く美味しそうだった。オレの作るザ・男飯的な茶色いだけの弁当とは全く違う。
色合いってのは大事なんだな。
「東宮、教室で食べないんだ」
後ろから声がかかり、振り返ると背の高い男子が笑顔で立っていた。
「うん。みんな来てくれたから」
「こんにちは、
武田は、爽やかに挨拶する。
こいつ、未来と一緒に歩いてた奴だよな?
あの時は横顔しか見れなかったが、こんな顔だった気がする。しかも、この身長の高さ、まず間違いない。
「武田君、ご飯は? 」
「ああ、今日うち親これないから、買ってきたパンがあります」
「パン?! なら、一緒食べようよ。いっぱい作ってきたの。ほら、座って」
菜月(弟)の弁当を広げ、武田に見せる。
「マジうまそう! でも悪くないですか? 」
「いいから、いいから! 未来ちゃん、ちょっとつめて」
未来がオレの方へつめ、武田が未来の隣に座った。
「武田君ちのご両親は忙しいの?」
「なっちゃん! 人様のおうちのこと詮索しちゃダメよ」
「大丈夫っす。うちの親商売してて、店休めないから」
「武田……花店の息子か? 」
商店街で武田と名前のつく店は一軒、武田花店があったのを思い出す。
「そうっす。うちの親、朝も仕入れで早いし、色んな店に花を配達したりしてるから、なかなか休みがとれなくて」
「じゃあ、行事の時は寂しいね」
「そうっすね。でも、まあ慣れました」
サラッと言う武田だが、まだ中学3年だ。大人の仲間入りをするには若すぎる年齢で、寂しくないはずがないのだ。
「まあ、食えよ。……って、オレが作ったわけじゃないけど」
「はい、いただきます! 」
武田は見た目通り、爽やかイケメン君で、真っ直ぐな気質な男子だった。
未来の相手としては申し分ないと言うか、反対する要素がこれっぽっちも見つからない。
見つからないけれど、何やら悶々としたものが気持ちの奥底に引っ掛かる。
なんつーのかね……。
オレはもう恋愛はいいやって思っていたはずだけど、実際にはまだ恋愛に憧れてる面もあるんかね?
だから、まさに青春真っ只中、爽やか恋愛中みたいなのを見ると、心が疼くんだろうか?
でもな、中坊の恋愛を羨ましがる中年って、かなり確実に終わっているよな……。
誰にも聞かれない心の中のため息により、幸せが激しく失われたような気がした。
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