第12話 ビデオカメラ買っちゃいました

 仕事を早退したオレは、一人秋葉原に立っていた。


 まずい……。


 つい勢いで有給消化して半休とってこんなとこまできてしまったけど、なんの知識も全くないオレが、こんな沢山ある機種の中から、最善の物を選べるわけもないじゃないか!


 そう、オレは電気屋のビデオカメラの売り場の前で、フリーズ状態だった。

 今回買いたいのは、ビデオカメラとデジカメ。未来の中学最後の運動会をおさめるために、どうしても手に入れる必要があった。

 ただ、オレは一般男子よりも機械に疎い。スマホですら使いこなせていないほど、アナログな人間なんだ。そんなオレでも使いこなせて、なおかつ高品質で未来の勇姿を保存できる物。


 同僚の佐藤(2児の母)に聞いたのだが、種目によっては長い時間ビデオを構えてないといけないとかで、画面のブレを考慮するのであれば、三脚は買っておいても損はない……らしい。


「あの……ビデオカメラを購入したいんですが」


 近くにいる店員に声をかけた。


「はい、いらっしゃいませ! ご用途は何でしょう? 」

「運動会の撮影を……」

「では、画像が綺麗に残る4Kのものがおすすめですね。あと、オートフォーカスに手ぶれ機能がしっかりしたもの。ズーム倍率が光学式と電子式の組合わさったハイブリッドのものですかね。あとは重さや大きさ……」

「すみません、詳しいことはよくわからないんで、今の併せ持ったおすすめの機種を教えてください」

「はい、ではこちらの機種で」

「じゃ、それください! 」


 店員の説明を遮って、おすすめの機種をゲットする。値段なども見ずに即買いだった。


 オレが早々にビデオカメラを購入していた同じその時、中学では……。


 ★★★


 未来はうんざりしたように、目の前に立っている人物を見上げた。

 バスケ部の武田だ。

 女子人気No.1の男子で、高身長の爽やかな男の子。


「ちょっと、話しがあるんだけど……」


 照れたような笑顔で、しかししっかりと未来の顔を見つめる。


「あたしはないけど」

「ここじゃあれだから、ちょっと来てくれない? 」


 女子の興味津々の視線を感じなら、未来は心の中で大きなため息をつく。

 よほど自分に自信があるのだろう、普通なら手紙とかで呼び出されたりするものだが、直に言いに来るとは……。未来も、何通かそういう手紙をもらったことがあったが、全無視していた。恋愛なんかクソだ! と思っていたから。


 多分、断られることを予想もしてない笑顔に、苛立ちすら感じる。


 先に歩き出した武田を見て、未来はしょうがなく重い腰をあげた。


 未来が教室を出ると、キャーッ!!! という歓声があがっていた。


 これも定番だが、未来は屋上に連れてこられた。定番と言えば、他に校舎裏とか体育館裏とかだろうが、こちらはたまに素行のよろしくない人達がたむろっていたり、何より薄暗いから自分に自信のない人が呼び出しに使いがちだ。

 その点屋上は人気ひとけも少ないし、明るく爽やかだ。今の気候なら風も気持ちよく、屋上から下を見れば何やら自分が偉くなったような優越感さえ感じる。


「東宮、最近どう? 」

「別に普通……」


 武田は、無意識か意識してかはわからないが、さりげなく未来の左横に立ち、風避けになってくれる。


「いやさ、最近おじいさんが亡くなったって聞いたから、大丈夫かなって気になってたんだ」

「大丈夫」

「おじいさんと二人暮らしだったんだろ? 」

「そうだけど」

「今はどうしてるの? 」


 なぜ、それをあまり話したことのない武田に話さないとならないのか……とムッとしつつ、弦のことを変に思われるのも嫌で説明する。


「じいちゃんの孫に面倒見てもらってる」

「って、従兄弟? 」

「……」


 その説明は面倒くさく、未来は黙って話しを流した。


「そっか、いやさ、東宮が元気ならいいんだけどさ。……あのさ、悩み事とかあれば、遠慮しないでオレに相談してな。オレ、東宮のこと好きだから、何か困っていることがあったら役にたちたいっていうか……」


 サラッと告白してきた。ただ、未来の気持ちを聞くことも、付き合ってほしいもなかった。


「それが言いたかっただけ! 」


 武田は、未来の頭を軽くポンッと撫でると、足取り軽く屋上の扉まで走った。


「じゃあ、またな」


 最初から最後まで爽やか君だ。

 普通の女子なら、武田に頭ポンッなんかされたら、それだけでときめいてしまうに違いない。


 しかし相手は未来だ。


 恋愛に意味を感じていない、夢も感じることもない未来だから、向けられる好意は「ウザイ! 」の一言に尽きる。


 これが「付き合ってほしい」という告白ならば、ズバッと一刀両断で断ることもできるが、そうでないから「好きにならないで! 」とも言えない。


「やっかいだ……」


 あんなに公然と呼び出され、みんなは告白だ何だと浮かれまくっているだろう。下手したら、二人は付き合っているなんて噂まで流れるかもしれない。

 未来が違うと否定しても、果たして信じてもらえるかどうか……。


 未来は、大きなため息をつき、屋上の壁を背に座り込んだ。


 ★★★


 そんなことがあったとも知らないオレは、無事にビデオカメラとデジカメを購入して、早い帰宅となった。


 電車をおりて改札を出ると、学生の集団とすれ違う。

 学校が終わって遊びに行くのか、まだ中学生くらいに見えたがバッチリ化粧をしていた。未来のこの間の化粧は控え目だったから、可愛いとしか思わなかったが、あんなにケバケバに赤い口紅とかつけられると、違和感しか感じない。若いオバサンっていうか、もう少し若さをアピールした方が良くないだろうか?

 ケバい化粧なんか、年取れば嫌でもするようになる。いや、梓達の方がもっとナチュラルだ。


 あれが普通の中学生なら、未来は異質なのだろうか?


 そんなことを考えていたら、未来が足早に歩いているのを見かけた。声をかけようと、小走りで走り寄ろうとした時、そんな未来の肩を叩いて横を歩く背の高い男の子が……。

 手を繋ぐでもないが、親しげなその距離に、オレの足が止まる。


 未来は化粧なんかしなくても十分可愛いし、BFの一人や二人いてもおかしくないだろう。

 横顔しか見えないが、爽やかなイケメンに見えた。


 声はかけない方がいいよな。


 オレは帰り道を変更し、少し遠回りすることにした。


 公園に入り、ベンチに腰を下ろす。


 なんか、日も明るいうちから公園のベンチで時間潰すって、リストラされたオヤジみたいだな……。


 丸まった背中に哀愁が漂いそうになり、思わず背中をシャンと伸ばす。


 リストラされてないし、リストラされる予定もないし、妄想に囚われそうになってしまった!


 多少気分がブルーなのは、さっきの未来達の後ろ姿を見てしまったからで、気分は娘に彼氏が出来たのを発見してしまったお父さん的なものだろうと自己分析をする。


 とりあえず、ビデオカメラの説明書を取り出し熟読する。

 運動会はあさってだ。

 買ったはいいけど使えないじゃ、洒落にならない。


 一時間くらい時間を潰しただろうか、そろそろ帰ろうか?

 いや、でも、万が一、あれが彼氏で……。

 最近の子は発展も早いと聞くし、万が一、万が一、そういう場面に出くわしてしまったとしたら?


 考えるだけで、頭をかきむしりたくなる。


 いかん、いかん、昭和時代のジジイじゃあるまいし……って、オレ昭和生まれじゃないか!


 時代は平成、令和って流れて、気がつけば3つの年号を何となく生きてしまった。

 もう、ため息しか出ない。


 最悪の場面を想定したオレは、姑息な手段に出ることにした。


 鉢合わせは絶対に避けたい!


 そう、今までしたことのない、「今から帰る」コールをすることにしたのだ。







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