第14話 恋愛について

「なんか、いい奴みたいだな」

「は? 」


 駅で梓達と別れ、二人で並んで歩きながら、オレは武田のことを口にした。


「武田君だよ。未来の彼氏なんじゃないのか? 」


 未来は目をまん丸にしてオレを見上げ、すぐに大きく手を振った。


「ない! 100%有り得ないから」

「彼カッコいいじゃん。未来のこと、好きみたいだよね? 」

「そうだとしても、あたしに恋愛はないから」

「何で? 」


 中学生なら、恋愛に憧れがありまくるもんじゃないんだろうか?

 特に女子は精神的な成長も早いから、異性に対する感情も同年代の男子に比べたら、一歩も二歩も進んでいたような気がするが。


「それは武田君がタイプじゃないってこと? 」


 それはそれで末恐ろしい。

 あれだけハイスペックな男子を前に、より上を目指すというのだろうか?

 いや、逆にダメンズがタイプとか?

 もしや……だけど異性に恋愛感情はない……つまり、同性ならってことじゃないよな?


「武田君が……とかじゃなくて、恋愛感情って有り得ないの」

「恋愛が有り得ない? 」


 中学女子の口から出てくる言葉だろうか?

 さっきから、頭の中は「 ? 」がいっぱいだ。


 とりあえず家に帰り、未来に風呂に入るように言うと、オレは夕飯を作りながらさっきの会話を反芻する。


 武田は彼氏じゃない? よっしゃ!…… じゃなくて、恋愛はないって、異性だろうが同性だろうが、恋愛感情を抱くことはないって、枯れっ枯れのオレならまだしも、10代女子にはあるまじきことなんじゃないのか?

 まあ、オレもギリギリアラウンドサーティ。実際は枯れるのにはまだ早いのかもしれないが……、まあそれはさておき、未来が恋愛を諦めるのはまだまだ勿体ない気がする!


 お節介かもしれないが、話しをしてみようと決めた。


 食後、いつもならすぐに片付けをして順番に風呂になるのだが、今日は未来は先に風呂に入っているため、片付けを頼んでさっさとシャワーをすませた。


「未来、ちょっといいか? 」


 洗い物が終わった未来を居間に呼ぶ。


「ちょっと座って……」


 オレの神妙な様子に、未来も正座をしてかしこまる。


「ああ、いや、ちょっと聞きたいだけで、大袈裟な話しじゃないんだ」

「何? 」

「さっきのさ、恋愛どうのって話し、まだ好きな人ができないってだけ? それとももしかして、恋愛したくないって思っちゃってる?」

「……」

「いやさ、オレなんかと違って、未来はまだ若いし可愛いし、バリバリ恋愛した方がいいと思うんだよね。あ、でも、ちゃんと男は選ばないとだけどな」

「……無理」


 うつむいている未来を見て、オレは何となく理解する。

 この頑なな感じ、初めて会った時以来だ。未来の親が絡む時、未来はこんなふうにうつむいて全てを拒絶するような態度をとる。


「恋愛っていいぞ」


 独り身のオレが言うのも説得力ないが、一応一度は結婚しようとさえ思ったくらいなんだから、悪いもんじゃないんはずだ。そう、相手選びさえ間違わなければ……。


 苦い想い出に、思わず笑顔が歪んでしまう。


「弦さんは? 弦さんは、梓さんか菜月さんと恋愛してるの? 」

「はあ? そんな訳ないだろう。彼女らに失礼だよ。こんなオジサン」

「弦さんはオジサンじゃないってば! 」


 未来の知っている女性が彼女達だけだから名前が上がったんだろうが、まず有り得ない話しだ。

 オレは咳払いをして話しを戻す。


「オレはいいんだよ。未来は何で恋愛しないって決めつけてるの?」

「恋愛したら……みんな宇宙人になっちゃうから」

「宇宙人? 」


 このワード、聞いたことあるな。


「あたしは宇宙人になるのなんか、真っ平ごめんなの」

「えっと……、両親みたいになりたくないってことか? 」


 未来はコクリとうなずく。


 両親のトラウマってやつだな。実の両親からいらない子扱いされたんだから、そりゃトラウマにもなるか。


「未来は大丈夫だよ」

「何で? そんな根拠はないよ。あたしは、恋愛して、両親みたいなバカなことをしたくない。同じことを自分の子供にはしたくない。だから、あたしは恋愛しない」


 恋愛=結婚に結び付いているあたり、まだまだ若い。いや、それがベストなんだろうけど、最初の恋が結婚に結び付くことは……ないわな。自分がそうだったからって訳じゃないけど。


「未来はさ、子供に同じ目に合わせたくないんだよな? でもさ、未来の年で恋愛から結婚に結び付くのは稀って言うか、もっと気楽でいいんじゃん? 」

「無理! 」


 一喝だな。


「未来が子供に同じことをしないって根拠がない……って言うけど、オレはないって思うな。だって、じいさんが育てたからさ。8年? そんな長い間、自分と無関係の未来の面倒見たんだぜ。そんなじいさんに育てられた未来が、子供を捨てて恋愛に走るなんてことするかね? オレもじいさんに数年育てられたから、今、未来と一緒にいるんだと思うし」

「じいちゃんは……しないね。弦さんもしない。」


 全てが全て、未来の両親のような恋愛はしないということは理解したようだ。


「でさ、ついでにおまえの両親……主に父親についてだけど、話していいか? 」


 未来はゆっくりうなずき、また下を向いて固まってしまう。


 オレは膝を崩し、お茶を一杯飲み干すと、この間の電話での内容について話した。


「……そんな訳で、養育費いらないかわりに、未来に金輪際関わるなって言っちゃったんだけど、まずかったかな? 」


 未来は、首がちぎれるんじゃないかってくらい首を横に振る。


「でな、おまえの父親が、証書みたいなんが欲しいって言うから、こっちの条件として、未来に関わらないことをつけるつもりなんだけど、将来的に後悔しないか、どうかな……って思ってさ」

「絶縁で構わない! でも、養育費は……」

「じいさんの葬式の時にも言ったけど、5年間支払われてないんだ。今さら払わないだろ。それに、オレも独り身が長いからな、蓄えはそこそこあるんだ。未来じゃないけど、結婚するつもりもないしな。おまえに使っても、まだ老後の蓄えはバッチリだ」

「なら、あたしが一生面倒みる。ずっと一緒にいる」


 介護の申し出受けちゃったよ。

 まあ、実際のところ、あっちの親と絶縁ってことになったら、養子縁組してもいいかな……くらいには、意識はうなぎ登りだ。

 ただ、時期もあるだろうし、高校入学とか大学入学みたいな時期にきちんと考えようと思ってる。


「まあ、動けなくなったら頼むかな。ハハ、冗談はおいといて、そんな訳でそのうちおまえの父親に会うつもりだ。その時はおまえも同席するか? 」

「……わからない。まだ決められないよ」


 証書を取り交わしてしまえば、それで最後になってしまうから、お互いに一回会ったほうがいい気がした。

 もちろん、無理強いするつもりはないが。


「まあ、そんなに焦らないでいいさ。父親には8年間会ってないのか? 」


 未来はうなずく。


「ならまあ、一回くらい会って、文句の一つでも言ってやってもいいかもな。それから縁切っても遅くないさ」


 未来はうなずくことなく考え込む。

 両親に対する嫌悪感は半端ないらしく、すぐに消化しろって言っても無理な話しなんだろう。

 まあ恋愛にしても、今はまだ幼い考えに凝り固まっているだけかもしれない。いい年になれば、そんな気持ちを塗り替えてしまうほど好きな奴が現れるかもしれないしな。


 そんな上から目線で分かったようなことを考えていたオレ自身、たった一回の恋愛に失敗した恋愛落伍者で、恋愛のレの字もわかっていなかった。

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