第15話 デートのお誘い?!
「半田さん、この間はありがとうございました」
仕事の合間にコーヒータイムをもうけていたら、梓が珍しく一人で話しかけてきた。
「いや、こっちがありがとうだよ。弁当もうまかったし、写真までバッチリ撮ってくれて。あれ、帰ってから現像したんだけど、びっくりするくらい躍動的な写真ばっかでたまげたよ」
「ウフフ、趣味が役立って良かったです」
「マジで! あれなら写真家にもなれるんじゃない? 思わず額に入れて居間に飾ったら、未来に恥ずかしいから止めてって言われちゃったよ。だから、今は自分の部屋に飾ってる」
「額に入れたんですか? 」
オレは手で額の大きさを表しながら、「こんくらいの額」と、身振りで示した。
「よく考えたらさ、中学生女子の体操服姿を拡大して部屋に飾ってたら、変態だよな。でもな、凄くいい写真だったんだ」
梓はおかしそうにクックッと笑い、「半田さんは変態なんかじゃないですよ」と言ってくれた。
本当、この子いい子なんだよな。
地味で、少しおっとりしていて、菜月の陰に隠れてしまいそうになるけど、根はしっかりしていて料理上手だし、いいお母さんになりそうなタイプ。
昔の彼女は菜月みたいなタイプだった。菜月の方が全然いい子だが、派手な感じは似ていた。行動力もあって、何にでも首を突っ込みたがるとことか、つい菜月を見ていると「こんなだったよな? 」と思い出してしまう。
そんな二人を並べて見ると、今のオレなら菜月よりも梓を選ぶだろうなと思う。
若さゆえに無理して元カノに食らいつき、振り回されても耐え、フラフラになったとこにカウンター食らった……みたいな。今なら確実にごめんだ。
堅実が一番だと思う。
思うだけだけどね。
未来は恋愛に嫌悪し、オレは臆病になってしまったんだろうな。今の未来のいる生活がベスト。疑似親子が何より楽しいから、恋愛には踏み込まない。
何にせよ、こんなオジサンは相手にされないだろうし、そんな目で見ようものなら、今まで築いてきた物が崩れかねない。
「……半田さん、聞いてます? 」
妄想に両足ぶっこんで、二人の品定め的なことをしていたオレは、慌てて笑顔を繕う。
「ごめん、ちょっと寝不足かな。ボーッとしちゃったよ」
「そうですよね、ご飯の支度とか、お弁当とかも作ってるんですもんね。寝不足にもなりますよ。それじゃあ、無理かなあ? 」
「無理って? 」
「スパって言うんですか? 温水プールとかお風呂とかある施設。あれの無料券もらったんです。4人まで無料なんです。どうかな? と思って」
「エッ?!! 」
思わずデートに誘われたのかと、梓が差し出したチケットを取れずにいた。
硬直してしまったオレに、梓はキョトンとし、オレの勘違いを察したのか、真っ赤になって手を振った。
「いえ、あの、未来ちゃんとですよ?! 」
「ああ……未来とね」
「この間、お休みの日とか何してるのか聞いたら、ほとんど家にいるって言ってたので。家族サービスってやつです。未来ちゃんを連れて行ってあげたらどうかなって」
「そりゃいいけど……未来と二人でスパ? 」
風呂は当たり前だが別だけど、プールで遊ぶって……30過ぎの男とピチピチの10代女子が? 犯罪で捕まらないだろうか?
「ありがたい……けど、未来と二人でスパかァ。ああ、そうだ! 4人入れるんなら、君達も行こうよ。未来もオレと二人で行くより喜ぶと思うんだよな」
「何々、スパ? 」
菜月がひょっこり自販機の影から顔を出した。
「今週までかあ……。あたしは用事あるから、半田さん達と梓で行きなよ。そうだ、未来ちゃんの友達の男の子誘ってみれば? ほら、半田さんだって、女3人より、男の子いた方がいいんじゃない? 」
「武田君? 未来ちゃん嫌がらないかしら? ほら、あの年頃って、男子に水着姿とか見られるの恥ずかしかったりするでしょ? 」
「そう? あたしはガンガン男友達と海とか行ってたけどな」
「それはなっちゃんだから! 」
「とりあえず、あたしは無理だから、梓は付き合ってあげなね。クフフ、ダブルデート! なんつって」
「なっちゃんたら! 」
菜月は何をしにきたのやら、特に飲み物を買うことなく、自販機から離れて行った。
「いや、でもマジで付き合ってもらえれば有り難い。ってか、じゃないと貰えない。いくら保護者と被保護者といえ、若者とプールはハードルが高過ぎる」
梓はモジモジと赤くなりながら、わかりましたとうなずいた。
「じゃあ、未来に聞いたらまた連絡するから」
オレは缶コーヒーをゴミ箱に捨て、梓からチケットを預かった。
中学生の女子って、親と遊びに行くもんなのかな?
オレが中学時代……、行ったような行かなかったような。
うちは片親だったし、母親はいつも仕事で忙しかったし、じいさんの家から出て、母親が見つけた仕事先が茨城の山ん中で、親と遊びに行く場所なんかなかったもんな。
遊園地に行きたいってごねたの、中1の時だったような……。
まあ、男はいつまでたってもガキだからな。でも、わざわざ山本さんがチケット持ってきたってことは、未来がオレと出かけたいって話したからだろうし……。
ブツブツとつぶやきながら歩くオレの後ろ姿を見て、自販機によりかかった梓が軽くガッツポーズをとったのを、オレは気づいていなかった。
★★★
「ただいまー」
「お帰りなさい! 」
オレが鍵を開けると、その音を聞いて、必ず未来は玄関に走ってくる。
何か、ワンコみたいで可愛いなァ……。
目尻が下がりがちになりつつ、未来にスーツの上着を預ける。
未来は、そのスーツをハンガーにかけると、台所までオレの後についてくる。
「遅くなって悪いな。腹減っただろ? 」
「大丈夫。ご飯は炊いておいたよ」
「サンキューな。今日は親子丼だ」
「汁だくで」
そんな会話をしながら、オレは肉を解凍し、玉葱を切る。うちの親子丼はメンツユで作る簡単親子丼だ。簡単なうえ、味がぶれない!
メンツユ最高!! ってか。
最近はなんとか野菜を切れるようになった未来は、千切るだけのサラダではなく、最近はレベルアップしたサラダも作れるようになった。
「そうだ、未来。次の土曜日か日曜日、暇か? 」
「やることはないよ。」
「山本さんに、スパのタダチケもらったんだけど、一緒に行くか?」
「行く! ……行きたいけど……ううん、行く! 」
即答のわりには、何か含みがあったな。
やっぱり中年オヤジと……ってのがネックなのか?
「なんかな、チケットで4人入れるらしくて、2人ってのもなんだから、山本さんも誘ったぞ。相沢さんは用事があるそうだ」
「なんだ、残念」
「で、後1人入れんだけど、この間の武田君? 彼とか誘ってみれば? 」
「何で武田君? 」
未来は眉を寄せ、眉間にシワを寄せる。
うん、こんな表情も可愛いな。
「いやさ、未来の女友達でもいいんだけど、やっぱりちょとね……」
語尾が尻窄みになるのは、オジサンの心情をくんでくれ……って感じだ。
女子中学生二人に、若いOL引き連れて水着でプールに入れるほど、オレの心臓はたくましくはない。それに、未来の友達だって、見知らぬオッサンに水着姿を見られるのは嫌だろうし。
「功太誘ってもいいんだけど、中年オッサン二人で若い女子を連れて歩くのも見映えが……」
「見映え? 」
「とにかく、男がオレ1人も微妙だし、オヤジ二人よりは若い男子が一緒の方が……って思っただけだよ。未来が嫌なら、3人でもいいけど」
オレだって、わざわざ武田と未来をデートさせたい訳じゃない。
4人で行くときのバランスを考えたら、嫌だけど、ものすごーく嫌だけど、その組み合わせがベストに思えた。
「弦さんが武田君を呼びたいのなら……声をかけるくらいならかけてもいい」
弦さんのためなら! ……と、未来は嫌々承諾する。
「じゃ、そういうことで。次の土曜日か日曜日、都合つくか聞いといて。さ、飯にしよう! 」
丼に白米をよそい、その上に親子丼の具をのせる。未来のは汁だくだくにした。
二人で向かい合って食べる夕飯は、自分で作っておいて何だが、なかなかうまかった。
★★★
「武田君、ちょっといい? 」
未来は、嫌そうな表情で武田の目の前に立っていた。
今日一日、いつ言おう、いつ言おうと武田のことをチラ見しながら、様子を伺っていたのだが、武田はいつも友達に囲まれていたし、昼休みなどは真っ先に校庭に飛び出していってしまうしで、結局放課後になってしまった。
帰りの会が終わった時点で、未来は素早く武田の席に行ったのだ。
ここで用件を言うのも躊躇われ、どうしようか考えていると、武田が学生鞄を持って立ち上がった。
「じゃ、一緒に帰ろうぜ」
「ああ、うん」
ここで話すよりは……と、未来も鞄を取りに机に戻った。
斜め前の席の早織が未来を睨み付けていたが、未来は早織に目を向けることなく鞄を手に武田の席に戻った。
「じゃ、行こうぜ」
二人並んで教室を出ると、教室にザワメキが走ったが、武田は特に気にすることもないように未来の隣りを歩いた。
「ごめんね、なんか……」
明日の朝、言い訳をするのが大変そうだと思いながら、武田も大変だろうなと、武田の顔を見上げた。武田はそんな心配もしてないのか、機嫌良さそうな笑顔を浮かべていた。
武田に屋上に呼び出されてから、武田と未来は噂になっていた。が、今までクラスで話すこともなく、噂も数日でおさまったのだが、この間の運動会で一緒に昼御飯を食べたことから噂が再燃し、さらに今日一緒に帰ることになり、どこまで噂が加速することやら……。
「ごめんって何が? 」
「いや、また何か言われるんじゃないかと思って」
「オレと東宮が付き合ってる的な? 」
「うん、まあ、そうだね」
武田はニカッと笑う。
「別に気にならないし。そうなったらいいなとは思うけど、オレ焦らないことにしてるから」
「えっ?! 」
これは告白……ではないよね?
「だってさ、東宮は今付き合うとかそういうの考えてないだろ? 」
「今も何も、全く考えるつもりはないけど」
「まあ、だから、オレが今告ったら、即行フラれるじゃん。だから友達キープすんの。いつか、時期がきたら告るかもだけど、まあ、今じゃないだろ」
サバサバした横顔は、妙に男らしく見え、未来は目を背けた。
「待たれても状況は変わらないけど……」
「言うな、言うな。今は友達! だから、たまに一緒に帰ったり、休みに遊んだりしようぜ」
「遊び……」
未来は本来の目的を思い出した。
「弦さんが、武田君を誘って遊びに行こうって」
「オレ? いいの? 」
「ほら、運動会の時にお弁当持ってきてくれた梓さん。彼女からスパのタダチケもらったんだって。弦さんと梓さんとあたし、もう1人入れるんだけど、弦さんがあたしの友達の男の子がいいって。女友達だと、女子に囲まれて居たたまれないらしい」
「まあ、それはわからなくもない」
「で、今度の土曜日か日曜日なんだけど、武田君の予定はどうかな? 」
「土曜日は妹の買い物に付き合う約束があるから、日曜日なら行ける。ってか、行きたい」
「じゃあ日曜日に。詳しいことわかったら……」
また教室で話しかけるのも、噂をどんどん増長させてしまいそうだ。
「ライン教えて。あとスマホの番号も」
「ああ、うん」
未来は、スマホを取り出した。
未来のスマホは、弦と同居し始めた時に、弦が前に使っていたスマホに、激安シムを入れて使わせてもらっている。
支払いが弦だから、極力自分からは連絡しないようにしているし、学校の友達にも教えていなかった。
入っているアドレスは、弦と梓達だけだ。今日、4人目のアドレスが登録された。
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