第16話 水着を買わせるために
「山本さん、スパだけど次の日曜日でもいいかな? なんか、日曜日なら武田君がこれるみたいなんだよね」
「何々? 二人でデートの相談?」
佐藤さんが、興味津々首を突っ込んでくる。いつものように、4人でお弁当を囲んでいた。
「デートなんて……」
「いや、デートじゃなくて家族サービス。山本さんはそれに付き添ってくれるというか! 」
梓はボッと赤くなりうつむき、オレは慌てて否定した。第一、オレなんかとデートなんて噂が広がったら、山本さんに申し訳なさ過ぎる!
「言い訳はいいわ。で、どこに行くって? 」
「スパですよ。ね、梓? 」
「はい。あたしがタダ券もらったので、未来ちゃんと半田さんで……って思って。でも二人だと行きにくいからって、あたしも誘っていただいたんです」
「あらあら、じゃあ、コブ付きデートなのね」
「だから、デートじゃないですってば、佐藤さん」
オレの発言は無視され、スパについての話しが盛り上がり出す。
こういう時は、なんで男のオレがこの場所にいるんだろう? と思わなくもないが、女子に不馴れなオレにしたら、いい勉強にもなる。
未来の相談もしやすいし、定番化した昼食会はありがたかった。
「で、梓ちゃんはどんな水着なの? ビキニ? 」
「やだ佐藤さん! そんなわけないじゃないですか! 」
「あら、若いんだから出す時に出さないと」
「そうそう、梓はスタイルいいんだから、もっとアピールしないと」
オレはなるべく聞かないように、想像もしないように、無になろうと心がける。
「そういえば未来ちゃんは? 」
いきなり菜月に話しを振られ、無の表情のまま返事をする。
「は? 」
「やだ、半田さん変な顔しないでよ。じゃなくて、だから水着よ」
「遊び用の水着もっているのかしら?」
水着……?
「だって、洋服だってあんま買わないみたいだし、水着って贅沢品になるんじゃない? 」
「学校でプールだって……」
「スクール水着はあるだろうね」
「スクール水着じゃダメですか?」
オレの質問に、3人が批判的な声を一斉にあげる。
「スクール水着なんて、一部のオタク受けするだろうけど、小学生だって可愛い水着着てるし。学校のプール以外でスクール水着なんてあり得ないでしょ」
「そうそう、大人並みに可愛いの多いよね」
「そうねえ、息子のお友達もみんな可愛いの着てるわ」
水着……、それはサイズもあるだろうし、オレが女子の水着売り場に乱入していいのだろうか?
それに今は秋というか、冬に近い。水着なんて、どこで売ってるんだ?
オレの疑問をまんまぶつける。
「デパートなら売ってるんじゃないかしら? 」
「半田さん、銀座ですよ、銀座」
「銀座ねえ」
銀座といえば、この二人に銀座アカシアの木のランチ・デザートセットをおごったような。
「梓、土曜日つきあったげればいいじゃん。どうせ暇なんでしょ」
「なっちゃんたら」
「だって、未来ちゃんだって半田さんと水着選ぶより、女の梓の方がいいと思うけど」
「確かに! 山本さん、お願いできないかな? また、銀座アカシアの木のランチ・デザートセットつけるから」
「行くのはかまいませんけど、ランチは大丈夫ですよ。そんなにおごっていただいたら申し訳ないです。自分の分は自分で払いますから」
「ほんと?! きてくれるの? じゃあ、あそこ混むから予約入れとこう。あと、おごらせてね。未来にいいとこ見せさせてよ」
オレが手を合わせると、梓は「はい……」とモジモジしてうなずき、菜月は何か梓につぶやいて梓の肩を叩いた。
「やだ、なっちゃんってば! 」
真っ赤になった梓が菜月の肩を叩き返す。
「何、何? 」
「梓も水着買ったらって言っただけですよ」
菜月は、ニマニマ笑いながら答える。
本当は、「ビキニでも買って、半田さんを誘惑しちゃえ! 」と言っていたのだが、菜月はシレッと言い換えていた。
「山本さんも買ったら、未来も買いやすいかな? あいつ、遠慮ばっかするから、ちゃんと買うのOKしてくれるかな? 」
水着を買いに行く約束はしたものの、未来が遠慮するんじゃないか……という心配もあった。
「大丈夫ですよ。半田さんが未来ちゃんの可愛い水着姿を見たいとか言えばバッチリですって」
「オレは変態か?! 」
そんなんで買う気になるかわからんけど……一応言ってみようか?
変態扱いされたら、相沢さんのせいにしてやる!
★★★
土曜日の朝、いつも通りの時間に目覚め、台所へ下りて朝食を作った。
その音で目覚めたのか、オレのTシャツを寝間着がわりにした未来が、ちょっと大きめシャツに短パンという、家の外ではして欲しくないような格好で下りてきた。
家の外ではだ! もちろん、家の中ではOKだ!!
さすが今時の若者、足が極端に長くて、短パンがよく似合う。細すぎるのと、凹凸がちと足りないから、色気はないが、家族に色気は必要ないから、イヤらしい目とかじゃなく観賞できる、まあ芸術作品みたいなもんだ。
「弦さん、今日は土曜日だよ」
「ああ、買い物行こうと思って、だから早く起きたんだ」
「買い物? 」
「ああ、明日スパに行くだろ? オレ、水着持ってないんだよね。だから、水着買いに行くの。ついでに未来のも買おうぜ。オレ、未来の可愛い水着姿が見たいな」
サラッと言ってみた!
どうだ?!
この変態! みたいな目で見てないか?
さりげなく、未来の様子を伺うと、未来は何やら悩んでいる様子だ。
「実はさ、山本さんも買おうかって言ってて、一緒に買いに行くことになっちゃったんだけど、二人ででかけると、さすがにまずいっていうか、こんなオジサンとデートしたって噂が流れたら可哀想だろ? 」
「だから、弦さんはオジサンじゃないから! 」
頬を膨らませる未来……可愛いなあ。
デレデレと未来を見るオレって、オヤジを拗らせてるよな……。
いきなりできた娘のような存在の未来が、可愛くてしょうがない。血の繋がらない未来がこんなに可愛いのだから、実の娘なんてどれだけ可愛いのかね? オレ、実際に娘なんかできたら、頭おかしくなるんじゃないかな?
自分にこんな子煩悩な一面があるとは、本当に驚きだ。
「でも……、あたしもいいの? 」
「だから、オレが未来の可愛い水着姿を見たいんだって」
「じゃあ……」
変態!! と罵られることなく、未来は水着を買う気になってくれたらしい。
それから朝食をすまし、出かける支度をして居間で未来を待った。まだ約束の時間には時間があるから、いくらだって待つが、学校へ行く支度よりも時間がかかっている気がする。
居間に下りてきた未来は、オレが買ったワンピースに、たぶん梓のお下がりの薄手のコートを羽織り、うっすら化粧をしていた。
思わず見惚れてしまうと、未来が照れたようにスカートをつまむ。
「似合ってる? 」
「すっ……ごい可愛い! 」
少し大人っぽく見えるのは、化粧のせいだろうか?たまに見かけるドギツイ化粧の高校生なんかより自然で、大学生でも通りそうなくらいだ。ほんのりピンクの口紅は、艶々していて……なんていうか……目が離せなかった。
「これなら弦さんの隣りを歩いても恥ずかしくないかな? 」
クウッ!!!
可愛いこと言ってくれるじゃないか!!!
ダメだ! 我を忘れて、子供にするように高い高いをしたくなったじゃないか!
未来の前で、何か自我が崩壊して行くような気がする。娘って……怖い。
そんな未来と並んで、商店街を通り電車に乗る。
未来が可愛いからか、オレと未来の年齢差が微妙に見えたのか、男ばかりでなくオバサンなんかも、チラチラとオレ達の方を見ていた。
まあ、30くらいに見えるオレ(自惚れではない! ……と思いたい)と、10代後半くらいに見える未来じゃ、親子には見えないだろうし、そのわりには親密な雰囲気に、どんな関係かを探っているのかもしれない。
未来は楽しそうに、「どんな水着がいいかな? 」と話しながらオレの腕に腕を絡ませていて、その距離はあまりに近い。
まさか、援交とか思われてないよな?!
オレはどう見られてもいいが、未来がそんないかがわしい目で見られるのは嫌だ!
オレはさりげなく、未来と距離を取る。
「どうしたの? 」
さりげなく……不発だった。
「いやさ、今日は未来が大人っぽく見えるから、きっと他人には親子には見えないよなって思って」
「親子じゃないもん」
「まあ、でも、気持ち的には娘っていうか……。それはおいといて、ほら、周りから親子じゃなければ、どんな関係に見えるのかな? って考えたらさ、あんま近すぎるのもアレかなって」
「アレって?」
「いかがわしい関係に見えたら、未来が可哀想だろ? 」
「あたし、気にしないもん。それにいかがわしいんじゃなくて、普通にカップルに見えるかもしれないじゃん」
「ない、ない、ない! さすがにそれは無理があるって」
オレが即答すると、明らかに未来は不機嫌になる。
「未来? 未来ちゃん? 未来さんや? 」
未来はスマホをいじり、そっぽを向いてしまった。
アララ、ご機嫌斜めになっちゃったよ。
それでも、感情を出してくれるのが嬉しかった。最初の無表情でうつむいていた未来より、拗ねてたり怒ってたりする未来のが断然いい! もちろん、笑っている未来が一番可愛いけど。
不機嫌な未来の隣りで、ご機嫌なオレ。
そのまま、銀座へ向かうための電車を乗り継ぎ、約束の時間10分前についた。
「山本さん? 早いね」
待ち合わせの場所には、すでに梓が立っていた。
いつもよりフンワリとしたお嬢様っぽい雰囲気に見える。会社で見る地味な事務服ではなく、ベージュのハイネックのニットのシャツに、茶色とベージュのAラインのスカート。流行りの洋服ではないが、落ち着いていて梓に似合っている。いつもかけている眼鏡がないのは、コンタクトだろうか?
「キャー! 梓さん、可愛い! コンタクトにしたんだ? 」
「やだ、未来ちゃんのが可愛いわよ」
いきなりキャピキャピのりになる未来を見て、さっきまでの不機嫌は何処にいったんだと思ったが、まあ機嫌が良くなるのは良いことだ。
「それ、半田さんが買ったワンピースよね。凄く似合ってる。なんか、大人っぽく見えるね。大学生でも通るかもよ」
「だよな」
「本当? 本当に? 」
やはり、この年頃は大人っぽく見られたいのだろうか?
いきなりご機嫌になり、未来は梓の腕をとって歩きだした。
ショッピングモールまでくると、一時解散することにする。もちろん、梓と未来の女子ペアとオレでだ。さすがに、女子の水着選びに付き合うほど、男が枯れたわけじゃない。
梓にお金を預け、くれぐれも未来が遠慮して安物を選ばないように頼んだ。まあ、万が一があるとは思えないが、安物過ぎて脱げてしまうことがないとも限らない。
未来も梓もさすがに呆れ気味に聞いていたが、一万以下の物は買わないということで折り合いをつけた。
★★★
「うわっ、未来ちゃん細ッ!」
「細いっていうか、胸がなさ過ぎるの。……って、梓さん、グラマー! 」
選らんだ水着を着て、顔だけ試着室に入れてお互いの水着姿をチェックする。
「梓さん、着痩せするんだね」
「これ、コンプレックスなの。だから、いつもは胸を小さくするブラつけてるんだけど……水着じゃないのかしら? 」
試着室の外にいた店員に声をかけた。
「お客様、お客様の体型なら、絶対にビキニです。ワイヤーありのフルカップの物ならお胸も綺麗に見えますし、中のパットを外せば、よりすっきりしますよ」
「ビキニ……ですか? 」
「こちら、4点セットの物なんかいかがです? ビキニに短パンとキャミソールがついてますから、組み合わせて着れますし、ちょっと買い物にもでれちゃうぐらい」
「これで買い物ですか?! 」
それは無理! と思いながら、梓は店員が持ってきてくれた水着を試着してみることにする。
「お客様、お客様はシンプルな物よりも、胸元にフリルのあるような可愛らしい物がお似合いになりますよ。それにショーツ型より、スカート型の方がお似合いかと。上下セパレートの物になりますが、これなんか可愛らしいんじゃないでしょうか? 」
「はあ……」
未来も水着を受けとって着てみる。
なるほど、胸の小さいのも、お尻が貧弱なのも、フリルやスカートがカバーしてくれている。おなかが少し見えることで、メリハリのある体型に見えた。
「未来ちゃん、どう? 」
「あたし、これにします」
「じゃあ、あたしも」
二人は洋服に着替えると、試着した水着をお会計に持っていく。
未来の水着は、ギリギリ弦の指定した金額を超えた。
予定よりも早く買い物を終えた二人は、「どうしようかね? 」と話しながら、置いてあったベンチに座った。
「ねぇ、梓さん……」
「何? 疲れた? 」
未来は首を横に振り、神妙な顔つきで斜め下の床を凝視していた?
「何? 何? 虫でもいるの? 」
梓はビクッとして足を引き上げ、未来にしがみついた。その動作が可愛くて、未来は表情を和らげる。
「違う、違う。……あのさ、梓さんって、弦さんのこと好きなの?」
直球過ぎる質問に、梓は顔を真っ赤にして手をブンブンと横に振る。
「ない、ない、ない、ない、ない!!! そんな、あたしなんか烏滸がまし過ぎるし。半田さん大人だから、あたしみたいに子供っぽいのは無理だと思うし……」
自分で言っていて落ち込んでしまう梓だった。
しかし、未来はそんな梓の細かい機微には気づかず、ホッとした表情を浮かべた。
「何だ、そうか……良かった」
「未来ちゃん? 」
「ううん、ごめんね! 変なこと聞いて。弦さんに連絡とろっか」
弦に連絡をとりすでに買い物を終えていた弦と合流した。
「ずいぶん早かったな」
「なんか、神みたいな店員がいたの」
「神? 」
「そう、一発で似合う水着を選んでくれて、だからあんま試着しないですんだの」
「へえ、さすが銀座だな」
銀座だからそんな店員がいたのか、たまたまなのかはわからないが、オレはよくわからない感心の仕方をした。
「まだ、予約の時間まであるんだよな」
スマホの時計を見て言うと、未来はキョトンとした顔をした。
「予約って? 」
「昼飯。ほら、前にケーキ土産で買って帰ったろ? あの店。食事もうまいんだけど、混んでるから予約したんだよ」
「じゃあ……あたし帰るよ」
「なんで? 」
未来は、チラリと梓を見る。
「だって、予約って二人でしょ?あたしは今朝くることになったんだし」
「やだ、今日は未来ちゃんの水着を選びにきたんじゃない。ね、半田さん。あたしは未来ちゃんの水着を選ぶついでに買っただけで」
「でも……? 」
「まあ、何でもいいじゃん。予約は3人で入ってるし、今さら帰るなよ」
オレは二人の背中を押して歩きだす。
とりあえず未来も水着を買ったし、それで良し!
朝ついた嘘は、適当に流してしまおう……ということで、時間潰しにとりあえずお茶をすることにした。
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