第18話 小学生女子とアラサーオヤジ
「あれ……? 」
土曜日の昼間、商店街の一本裏道を歩いていた時、見知った顔を見た気がして足を止めた。
オレは整体の帰りで、昼飯の材料でも買って帰ろうかなと思っていたところだった。
「半田さん」
どうやらあっちも気がついたようで、手を上げて駆け寄ってきた。
「おう! 何だよ、中学生でも公園で遊ぶのか?」
「まあ、遊ばなくはないですけど。今日は妹のお守りっす」
「妹? 妹いたのか」
「まあ、一応」
「お守りって失礼ね! 理彩がお兄ちゃんと遊んであげてるんじゃない」
武田の後ろから、ひょこっと小さな女の子が顔をだした。
ツインテールに赤いリボンをつけ、赤いコートを着た少女は、武田とそっくりな顔をしていた。
「なるほど、そっくりだな」
「よく言われます」
「あら、失礼しちゃうわ! こんなむさ苦しい男と、可愛いあたしが似てる訳ないじゃない」
「なんか……すいません」
武田は頭をがきながら、「おまえは黙ってなさい」と、理彩の頭を押さえつけた。
「オジサンはお兄ちゃんの友達?」
「理彩! 半田さん。オジサンじゃないから」
「いいよ、いいよ。小学生からしたらオレなんかお父さん達と同じくらいだろうから」
「いや、オレが東宮に怒られるっす。ほら、理彩挨拶はが先だろ」
理彩はペコンと大きく頭を下げると、大きな声で挨拶した。
「
「こりゃ、ご丁寧にどうも。理彩ちゃん、難しい言葉知ってるんだね」
「意味なんかわかってないっすから」
「未熟な人のことでしょ」
確かに自分のことを「未熟な」ってへりくだる時に使うけど……。
「不肖の息子」って使い方はどうかなって思うが、「不肖の兄」ならOKなのか? ……30も過ぎて、小学生に正しい指摘もできない自分を情けなく思いながら、とりあえず凄いねと感心しておく。
「で、オジサンは? 理彩は自己紹介したよ」
「理彩! 」
「そうだね。半田弦、34歳だよ。お兄さんの同級生の保護者なんだ」
「半田弦……弦ちゃんね! へえ、ずいぶん早く結婚したのね」
武田は実力行使で理彩を黙らせようとしたが、すばしっこい理彩はスルリと逃れてしまう。
「うーん、オレは結婚はまだなんだよね。ちょっと理由があって、面倒見てるっていうか……」
「さっきお兄ちゃんが『東宮に怒られる』って言ってたけど、弦ちゃんが面倒見てる子って、東宮未来って子? 」
理彩は未来のことを知っているんだろうか?
「うん、そう」
理彩は弦の手を取って、上目遣いでニッコリ微笑んだ。
「理彩、弦ちゃんちに遊びに行くことにする! 」
「え? えェーッ?! 」
いくら武田の妹とはいえ、見ず知らずの小学生女子を家にって、家で何すりゃいいんだ?
「理彩! わがまま言わない! 半田さんに迷惑だろ」
「やだ! 理彩は行くの! 弦ちゃん、いいよね? ほら、いいって」
「半田さんは何も言ってないだろ! 第一、いい年の大人を、ちゃんづけは止めなさい! 」
「うるさいってば! お兄ちゃんなんて、好きな子に付き合っても言えないヘタレのくせに、理彩に大きな顔しないで! 」
「あ、この! ヘタレじゃないからな。オレは長いスパンで見てるだけで、おまえみたいにホイホイボーイフレンドをかえたりしないんだよ」
「だって、みんな理彩と付き合いたいって言うんだもん。理彩って罪な女……」
オレを挟んで兄妹喧嘩を始めないで欲しいんだが。
「あのさ、おまえら昼飯は? 」
「適当に食べとけってお金もらってる」
「じゃあ、二人でうちに飯食いに来い。これから買い物だから、荷物持ちしろよ」
「やったあ! 」
理彩がオレの手を引っ張り歩き出す。
「こら、理彩! 勝手に……」
「いいって、おまえも来いよ。理彩ちゃんは何が食いたい? 」
「理彩はステーキ! 」
「こら! 何でもいいっす」
武田に頭をはたかれて、理彩はブーッと膨れる。
「冗談なのに! 乱暴者はモテないよ」
「うっさいよ! 」
またもや手を上げようとした武田を避けて、理彩はオレの周りを逃げ回る。
「お願いだから、オレの周りをチョロチョロしないでくれ。蹴り飛ばしちまいそうだ」
理彩はオレの腕をつかんで、武田にあっかんべーをする。
「理彩ね、オムライス好き。あとはカレーとか、白いスパゲッティ。でもね、一番好きなのはハッピーセットかな」
白いスパゲッティって、カルボナーラとかだろうけど、ハッピーなんちゃらって何だ?
ハッピーセットがわからなかったから、一番最初に出てきたオムライスを作ることにした。
卵と鶏肉、荷物持ちの武田がいるので、まだ間に合うが米も買っておく。
「あの、これ。母さんからもらった昼飯代」
会計の時に武田が金を出そうとしたから、オレは素早くカードで支払いをすませてしまう。
「それは、理彩ちゃんと菓子でも買いな」
「きゃあ! 弦ちゃん、太っ腹!」
「はいはい、ほら荷物持ち、頼んだぞ」
「理彩、卵だけ持つ」
「落とすなよ」
3人で並んで家に帰ると、玄関を開けた音で未来が居間から顔を出した。
「お帰り! ……って、何で武田君がいるの? 」
「たまたま会ってな、昼飯に招待した訳だ」
「こんにちは!! 武田悠斗の妹の理彩です」
「ども……」
理彩の大音量に、未来はビクッとなりつつ頭を下げる。
「弦ちゃん、理彩もお昼作るの手伝ってもいい? 理彩、上手に包丁使えるよ」
「弦ちゃん?! 」
未来がギョッとしたように理彩を見て、さらにオレを見る。
まあ、言いたいことはわからなくはない。わからなくはないが、突っ込まないでくれると有り難い。
「じゃあ頼もうかな。未来、武田君に米の置場所教えてあげて。理彩ちゃんはこっち」
台所にきたが、理彩が作業するにはまな板を置く場所は少し高すぎた。
踏み台を置き、高さを調整する。
「じゃあ、玉ねぎの皮剥いて」
「はいはーい」
玉ねぎの上下を切り落とし、ペリペリと皮を剥いていく。
包丁の持ち方もしっかりしていたし、猫の手(食材を押さえる方の手の形)もちゃんとできていた。
未来よりできるかもしれない……。
「微塵切りはできるかな? 」
「ゴーグルがあればね」
ないので、これはオレがやる。理彩はその間台所の端に避難していた。
肉もぶよぶよしていて切れないってことで、これはオレが押さえてあげて二人で切った。
「弦さん、サラダ作る? 」
サラダ担当の未来が台所に顔を出す。
「理彩ができるからいいよ。未来ちゃんはお兄ちゃんの相手したげてね」
小学生の理彩にサラッとあしらわれて、未来は不機嫌そうに顔を引っ込めた。
実際、未来に手伝ってもらうよりも、かなり効率よく昼食作りは進み、オムライスにサラダ、スペシャルスープ(武田家特製スープらしく、沢山の野菜とソーセージの粗微塵切りが入っていた)まで作ることができた。
★★★
居間に戻ってきてから、不機嫌このうえないって表情の未来に、武田は恐る恐る話しかけた。
「なんか……悪いな」
「別に。弦さんが誘ったんだから、悪いもないけど」
「だって、機嫌悪くない? 」
「こういう顔なの! 」
未来にしたら、理彩に自分の居場所を取られたような気がして、小学生相手に真剣にヤキモチを妬いていた。
「うちの妹、かなり口が達者だけど、気を悪くしたら勘弁な」
「可愛い妹じゃない」
そういう未来の顔はひきつっている。
「あいつ、オレらとだいぶ年が離れてるし、甘やかされてるから我が儘でさ」
「オレらって? 」
「うち、3人兄弟だから。オレより5つ上に姉ちゃんがいて、オレだろ。で、7つ離れて理彩」
「へえ……お姉ちゃんもいたんだ」
兄弟か……。
多分どこかに未来にも半分血の繋がった弟妹がいるはずで、8つ離れているから、理彩と同じくらいなはずだ。
会いたいとも思わなかったし、弟か妹かも知りたいとも思わなかったが、この世のどこかにそういう存在がいる……というのは、何となく不思議な感じがする。
「妹って可愛い? 」
武田は、うーんと唸ったあと、観念したようにつぶやいた。
「あんなんでも……可愛いな」
「ふーん」
「だってさ、7つも下だからさ、お腹にいたことも、生まれてきた日のことも覚えてるんだぜ。初めてハイハイした日とか、『にーに』って初めて呼ばれた日とかさ」
シスコン確定だが、なんとなく武田らしいというか……。
同じ年頃の男子は、家族のことなど恥ずかしがって粋がったことを言いがちだが、隠すことなく正直に言う辺り、好感がもてる気がした。
それにしても、弟妹というのはそんなに可愛いんだ……。
ほんの少しだが、心が揺れる未来だった。
「お待たせ~! 理彩と弦ちゃんの初めての共同作業、プリティオムライスの出来上がりだよん」
居間の襖が凄い勢いで開いて、理彩がお盆を持って登場した。どうやら、足で襖を蹴り開けたらしい。
「理彩! お行儀!! 」
「だって、両手塞がってるんだもん。お兄ちゃんも運んでよ」
その後ろからは、苦笑気味の弦がオムライスを3つお盆にのせて立っていた。
「あと、サラダとスープがあるんだ」
「あたし運んでくる」
「じゃあオレも」
未来が台所へすっ飛んで行き、その後ろに武田も続く。
「あの二人、少しは親密になったかな? 」
「はい?! 」
思わずオムライスを落としそうになりながら理彩を見ると、理彩はムフフと目を三日月にして笑った。
「だって、お兄ちゃん、未来ちゃんのことずっと前から好きみたいなんだもん」
「そう……なんだ」
そりゃ、見てればなんとなくわかってたけど、実際に言葉になって聞くと、心の奥がザワッとするようで、平常心を装うのが難しくなる。
オムライスを並べ、スプーンとお箸を準備する。お茶を入れようとして、湯呑みが2つしかないことに気がついた。
「お兄ちゃんね、少し前にコクったらしいよ」
「!!! 」
思わず湯呑みを力一杯握ってしまい、割りそうになる。
「そ……そうなんだ。ちょっと、湯呑み取ってくるね」
オレは動揺を隠すべく、無理やり笑顔を作って居間を出る。
告白?!
聞いてないぞ!!
いや、付き合ってないって言ってたってことは、断ったのか?
告った奴と、断った奴ってのは、あんなに普通に接することができるもんなのか?
若者の思考はわからん!!
台所に入ろうとし、思わず足が止まる。
武田の手が未来の肩にのり、見つめ合っているように見えたのだ。
「武田君……」
「東宮……」
二人の顔が近づいていき……。
ウォーッ!!
未来、まだ早い! まだ早いぞ!!
飛び出して行こうとしたとき、未来のあっけらかんとした声が響いた。
「あったよ、あった!目頭寄りに入り込んでる」
「こっちか……、イテテテ」
お約束だな、おい!
思わず壁にガシッと手をつく。
「弦さん、どうしたの? 」
「いやね……湯呑みを取りに来ただけ」
「悪い、ちょっと洗面所借ります。コンタクトずれちゃった」
武田は右目を押さえて洗面所へ駆けていった。
「そっちはトイレ、隣りだよ洗面所」
未来が大声で叫ぶ。
未来と二人でサラダとスープ、湯呑み茶碗を運び、居間には4人分の昼食の用意ができた。
「お兄ちゃん、またコンタクトずれたの? まったく、ソフトコンタクトにしろって言ってるのに。あんな大きなのを目に入れるのが怖いとかほざくんだよ」
「武田君、目悪かったんだ」
眼鏡も似合いそうだなと思って聞くと、未来もウンウンとうなづく。
「小学校から眼鏡だったね」
「そうそう、で、最近色気づいてコンタクトにしたの」
「兄貴に色気づいてとか言うな!あと、ソフトレンズが大きくて怖いとかばらすなよ」
戻ってきた武田が、理彩の頭をポカリと叩く。もちろん、見てても痛くなさそうな力加減で。
「痛い!! お兄ちゃんたら酷いんだよ。弦ちゃん助けて」
盛大に痛がるフリをして、理彩はオレの腕にしがみついてくる。
「は……離れなさい! 」
未来が慌てて理彩を引っ張ってオレから離れさせようとする。
「やあだ! 」
「ダメったらダメ! 」
「ストップ!! 飯が冷めるだろうが」
オレの一喝で二人ともスルッとオレから離れる。
全く、どんな遊びだよ。
多少冷めたが、美味しく昼食をたいらげ、オレは畳にごろんと横になった。
畳はこれができるからいい!
食ってすぐ横になる。もう少し寒くなったら炬燵だして、テレビ見ながらウトウトとか、最高過ぎるだろ。
「あたしもゴロンする」
最後に食べ終わった理彩が、オレの隣りにきてオレの腕枕で横になる。
「また! 」
何故か未来まで対抗して、オレの横にピッタリとくっつきながら横になった。
だから、これは何の遊びだ?
「未来ちゃんは大きいんだから、弦ちゃんにくっついたらダメなんじゃない? 」
「そんなことないもん! あたしの小さい時は弦さんいなかったから、今くっついてもいいんだもん! 」
それは、どんな理屈ですか?
悪い気はしないが、正直……狭い!
ゆったりゴロンとしたいのに、両側からの圧が凄い。
「弦ちゃん、ロリだったら未来ちゃんなんかより、理彩のが真性のロリータだよ」
「えっ! 半田さんってそうなの?! 」
「弦ちゃんがあたしのこと選んでくれたら、あたし弦ちゃんの彼女になってもいいよ」
「ロリコンじゃねえし! ってか、二人ともしがみつかない! 」
もしかして、今が人生最大のモテ期か?! チクショウ!!
小中学生にモテても嬉しくないぞ!
未来のこの独占欲ってアレだよな。小さい子どもが母親に向ける類いのやつ。受け止めてやりたい気もするけど……。
「いいなあ、オレもまざりたい」
「いや、とりあえず助けて。この二人どけて」
両側から押さえ込まれ、身動きがとれなくなったオレは、武田に救いを求めた。
「ほら、理彩! あんまりふざけてると、この家、出入り禁止になっちゃうよ」
「やだあ、せっかく遊び場見つけたのに! 」
理彩は素直に離れ、プクッと頬を膨らます。
「遊び場ってね……」
片側が自由になったオレは、未来からズボッと自分の腕を引き抜く。
「小学生と対抗するんじゃありません」
「だって、弦ちゃんとか馴れ馴れしく呼んでるし。弦さんにベタベタくっつくし。あたしだって、腕組んだりくっついたりしたいもん」
「そういうのは……」
人前でするもんじゃない……と言いかけて、隠れてやったらそれこそ犯罪! ということに気がつく。
「そういうのは? 」
「大きくなったらしないもんなの! 」
未来は膨れっ面になる。
やれやれ、見た目だけは大きいけど、中身だけは小学生レベルか……。
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