第19話 未来の恋愛
「なあ、今日、一緒に宿題やらね? 」
「何で? 宿題は一人でやるもんでしょ」
未来は、学内でも学外でも気さくに話しかけてくる武田を、面倒くさそうに一瞥した。
未来にとって、武田は親しい友人までは格上げされたものの、あくまでも友人であり、はっきり言って学内で話しかけてくるのは勘弁して欲しかった。
彼は自分が思っている以上に女子に人気があったし、注目を集めることこの上ないのだ。未来のように、特に仲良しグループがある訳でもなく、なんとなくみんなと仲が良いというタイプは、ちょっとしたことが原因で、みんなになんとなくハブられたりもする。
特に最近、ある女子が率先して未来を悪く言い、回りも同調することが多々あった。
ある女子……肉屋の娘であり、未来の実母をママと呼ぶ彼女だ。
未来にしたてみたら眼中にないのだが、やたらと張り合って、チクチクチクチク攻撃してくるのでうっとおしい。
「そうだけどさ、あの放物線の問題、オレにはちんぷんかんぷんでさ、まじで理解不可能! おまえならわかるっしょ。やり方教えてよ」
「めんどい」
「頼む! な? マジで! 」
回りの目もうるさいし、その中でも強烈な視線、まるで親の仇! みたいなきっつい視線に気がついて、未来は心底うんざりする。
というか、自分に向けられていないにしろ、これに気がつかない武田君って、どれだけニブイの?!……と思った。
「わかった、わかったから、教室出ようか」
未来が荷物を持って立ち上がると、武田も鞄を脇に抱えて先に歩きだす。
宿題というから、てっきり図書室でするのかと思いきや、武田は普通に外履きに履き替え、校門を出る。
「どこでやるの? 」
「オレんち」
「はい? 」
「だってさ、東宮んちは半田さん仕事でいないから、さすがにまずいだろ? うちは、自営だから仕事してっけど家にいるし、それにこの前ご馳走になったお礼もしたいしな」
「ご馳走したのは弦さんだよ」
「まあ、いいじゃん。家にケーキ買ってあるんだよ」
「ケーキ……」
ケーキにつられて、武田花店に足を向ける。
店と住まいが一緒になっている武田の家は、玄関というものがなく、店から出入りをするらしく、ごく当たり前のように店から「ただいま! 」と言って帰宅した。
「お帰り! 」
武田似のお母さんが、武田同様爽やかな笑顔で出迎えてくれた。
「未来ちゃん久しぶり! まあ、立派なお嬢さんになって。この間はうちの子どもらがお世話になっちゃったみたいで、ありがとね。ほら、上がって、上がって」
「お邪魔します」
「母ちゃん、オレの買っといたケーキは? 」
「冷蔵庫でしょ? 」
「ないんだよ! 」
先に家に上がって、何やらバタバタ走り回っていた武田が、また店にひょっこり顔を出す。
「理彩が食べちゃったのかしら?」
「えーっ! 理彩は? 」
「さっき、恵美ちゃんちに行くってでかけたわよ」
未来も店から家に上がると、絶望した顔の武田が廊下に立ち尽くしていた。
「ごめん、ケーキ食われた……」
「いいよ別に。宿題しにきたんだし」
100%ケーキにつられて来た未来だが、あまりに武田が落ち込んでいるようなので、全然気にしていない素振りをする。
「あのケーキ、限定だったのに……。半田さんと東宮にって買ってきたのに……」
「弦さんにも? 」
武田のポイントがグンッと上がる。
未来は誤魔化しのない笑顔を武田に向けた。
「ありがとう。 その気持ちだけで十分だよ。ほら、勉強やろうか?」
武田の部屋ではなく、台所の食卓テーブルに向かい合って座り、宿題を始める。
「ここだと飲み物取り放題だから……」とか言っていたが、武田なりの気づかいなんだろうと思う。ここからだと、ちょっと顔を出せば店が見えるし、一応男女ということで、安心感をアピールしてくれたに違いない。
この気づかいを、学校でも発揮されないもんかと思う。
宿題もほぼ終わった頃、武田が未来の顔をジッと見ているのに気がついた。髪をかきあげ、武田に視線を向けると、武田は顔を赤くして視線を反らした。
「も……もうすぐクリスマスだな」
「そうだね」
「女子とかは集まってクリスマスパーティーとかすんの? 」
「さあ……。今年はみんな受験だから、パーティーもないんじゃない」
「ああ、まあ、そうだよな。ほら、男子ってあんまみんなでクリスマスとかしないし、うちも仕事でクリスマスなんかしたことないからさ……」
「したいの? クリスマス」
「いや、別に! そういうんじゃないけど……」
未来のクリスマスは、毎年じいちゃんと普通にご飯を食べて、コンビニのショートケーキを半分こ(じいちゃんは苺だけだったが)して食べるのが定番だった。
「あたしも……クリスマスってケーキ食べるだけだったな」
「うちなんか、ケーキすらないぜ。だから理彩なんかは毎年友達んちに入り浸りだよ」
どっちがより可哀想なのか……。不幸自慢をしてもしょうがない話しだ。
ただ、未来は貧乏だっただけで、決して不幸ではなかった。じいちゃんは最大限の愛情を、血の繋がらない未来に注いでくれたし、二人で過ごせれば、クリスマスパーティーなんかしなくても良かったから。
武田だって、決してクリスマスが忘れ去られたわけじゃなく、本当に忙しすぎてこの時期にはパーティーができないってだけで、プレゼントはキッチリもらっていた。
「まあ、どうせやらないことを話してもしょうがないでしょ」
「……そうだな。東宮は受験は?
高校どこ願書だした? 」
「一応、一番近い公立。弦さんはもっとレベル上げて私立でもいいって言ってくれてるんだけど……」
「学費か? 」
「だって、倍以上違うんだよ。本当はじいちゃん死んで、進学は諦めてたから、どこだっていいんだけどね。でも、弦さんは遠慮するなって言ってくれてるし、奨学金ってやり方もあるってわかったし、とりあえず進学はするつもり」
「そりゃ良かった」
一番近い公立なら、武田も願書を出したところだし、それより偏差値の高い私立というと、とても武田が受験できる高校ではなかった。
つまり、未来が弦に遠慮している限り、同じ高校へ行けそうだ……ということがわかっての「そりゃ良かった」だったのだが、進学することを決めたことにたいしての「良かった」だったと未来は受け取った。
「色々考えたんだけどね、確かに中卒よりは高卒、高卒よりは大卒。大学だって三流私立大よりは国立の方が、いいとこに就職できるでしょ? 一流企業に就職できれば、お給料だっとボーナスだって段違いだし、将来弦さんが働けなくなった時に、絶対その方がいいに決まってる。年金制度だって怪しいんだから」
「ちょっと、ちょっと? 」
何か理解し難い人生設計を語り出した未来に、武田はためらいがちに声をかけた。
「東宮は、ずっと半田さんと一緒にいるつもり? 」
「当たり前じゃない! あたし、じいちゃんの面倒見れなかったし、弦さんはきっちり介護するつもり! 」
「半田さんが結婚したら? 子供だって生まれるだろ? 」
「弦さんはしないって言ってるし」
「そんなのわからないだろ? まだ男性なら遅くもない年だろうし。第一、東宮が結婚したらどうするつもりさ? 実の親でもない半田さんと同居するの? 」
未来はドンドン不機嫌な表情になっていく。が、自分が結婚したらなんて言われて、つい大きな声を出してしまう。
「弦さんは結婚しないし、あたしも結婚しないの! 」
「……あのさ。……いや、そんな訳ないか。……でも」
「何よ? はっきり言いなさいよ」
お店と近いんだということを思い出した未来が、声をひそめて顔を寄せた。
思わず武田は赤くなり、少し身体をずらす。
「東宮は……半田さんが好きなん? 」
「当たり前じゃない」
「いや、ライクじゃなくラブな意味合いで……」
未来は、最初意味がわからずキョトンとしていたが、ゆるりと理解していくと、微妙な顔つきになった。照れているのとも違う、達観しているような、好きな人のことを考えている顔つきではなかった。
「もし、万が一、あたしが誰かと付き合うことがあるとすれば、弦さん以外はいない……かな」
「なんで? 」
「弦さんは信用できるから」
「浮気しないとか、そういうこと? 」
浮気……しないにこしたことない。でも、そういう信用じゃなく、弦は家族を捨てることはないという絶対の信頼。自分も自分の大切な存在も、弦なら守ってくれるだろう。
そう思えるのはじいちゃん以外には弦のみで、だからもし万が一自分が結婚とか考えるなら、弦以外の人間はあり得なかった。ただ、それが恋愛か? と聞かれると、……違う。でも、恋愛以上の感情があることは確かだ。
「それはわからないけど、全く無関係のあたしを引き取るような人だよ? 弦さん以上の男の人なんて知らない」
今まで恋愛するつもりなど全くなかった未来だが、武田に言われて諦めていた恋愛が弦相手なら可能なんだと気がついた。
あたしが恋愛?!
7才から恋愛を諦めていた。
初恋もまだの15才である。未来は恋愛について考え始めた。
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