第22話 車中にて
「弦さん、何で車借りてきた……の」
思っていたより早く帰ってきた未来が、遅いお昼を食べていたオレと梓を見て目を丸くした。
「梓さん? 何で……ってか、何これ?! 」
未来の視線の先には馬鹿高いクリスマスツリー。
そりゃ、話してなかったんだから驚くよな。
「山本さんがくれたんだ。オレ、ツリー飾るの初めてだったから、山本さんが手伝ってくれたんだよ」
「すっご! 」
「音もなるんだってよ」
音を鳴らすと、未来は爆笑して「うるさっ! 」と言いながら、次から次へと音楽をかえていた。
嬉しそうなその表情に、貰って良かったと心底思った。
「こんな立派なのいいの? 」
「うちはもう飾らないから」
「うちは毎年、じいちゃんの盆栽に綿ちらしてたよ」
「盆栽、そういえばあったな。あれ、まだ生きてんのか? 」
「やだな、あたしが毎日手入れしてるよ」
盆栽の手入れをする女子中学生。なんかシュールだな。
「へぇ、盆栽か。あたしの父親も好きなんですよ」
「じゃあ、じいちゃんの一ついる? けっこう手間かかってるよ。ほら、クリスマスツリーのお礼に」
未来は居間から庭に降りると、盆栽の鉢を一つ持ってきた。
盆栽は全くわからない。
それは梓も同様らしかったが、未来の気持ちとして盆栽を受け取った。
「でもいいの? お祖父様の形見なんじゃないの? 」
「まだあるから大丈夫。それにあたしが育てると、切ったらいけない枝とか切りそうだから」
未来は、勉強道具を置いてくると二階へ上がり、部屋着に着替えて下りてきた。
「あたし、そろそろ……」
「じゃあ、送るから」
「大丈夫ですよ」
梓が遠慮して手を振ったところ、未来がガッチリとその手をつかんだ。
「えー、梓さんもう帰るの? そうだ! 弦さん来週さ、クリスマスパーティーしようよ。ね、梓さんも来てよ。菜月さんにも声かけてさ。功太さんとかは? 」
「功太さん? 」
「あの車の持ち主。弦さんの幼馴染みなんだって」
「まあ、聞いてみてもいいけど。おまえも友達呼べば? 」
「うーん、それは考えとく。じゃ、パーティーは決定ね? 梓さん、クリスマスに予定は? 」
「ないけど、いいの? 」
「菜月さんにも聞いといてね。大人数のクリスマスパーティーとか初めてだから楽しみ! そうだ!あたし、パーティーの招待状作る」
「おいおい、そんなことしてていいのか? 」
「今日はもういっぱい勉強したし、息抜きは大事だもん。じゃ、梓さん。また来週ね」
未来は、自分の部屋へ駆け上がって行った。
さすが若者、フットワークが軽い。
「なんか、騒がしくて悪いな」
「そんなことないですよ。未来ちゃん、受験なんですね。推薦とかじゃないんだ」
「まあ、受験決めたのも遅かったしね。でも、大学まで考えてくれてるみたいだし、良かったよ」
「費用は半田さんが出すんですか? 」
梓は突っ込み過ぎかな……とも思ったが、大学の費用もとなると、さすがに負担が大きいのでは? と感じたのだ。
話しとしては、血縁でもない未来を引き取った半田は、お人好しのレベルでいい人だ。美談と言って間違いない。
でも実際問題、人の生活にはお金がかかるし、相手が子供のなら教育費もかかるのだ。
通常、親は子供が生まれたら学費のための教育ローンを組んだりする。高校進学であったり、大学進学のためのローンだ。
それでも、全部の学費が出るわけじゃない。せめて入学資金くらいだろう。そんなものがあればいいのだが……。
「まあ、そうだね。じいさんが貯めてた貯金は、みんな遺産だってとられちゃったし。うちの母親の取り分は、学費とかに使っていいって言われてるけど、たいした額じゃないからな。まあ、この年まで一人だとね、それなりに貯金はあるし、何とかなるだろ」
オレがあっけらかんと答えると、梓は口ごもりながら聞きにくそうにしていたが、意を決したようにうつむきながら言う。
「あの……半田さんは、ご結婚とか考えてないんでしょうか? その、ごめんなさい! でも、興味本位とかじゃなくて……あの……その」
菜月とかなら興味本位なんだろうが、梓の人柄から本当に心配しての発言だとわかった。
「車で話そうか。送りながらね」
別にたいした話しではないが、未来に自分の過去の恋愛とか聞かれたくなかったし、梓を促して家を出た。
車に乗り、再度カーナビを設定し、梓の家に向かう。
「結婚はね、する気ないんだ。いや、まあ、できないってのもあるけど」
「そんなことありません! 半田さんなら、お相手になりたい女性は沢山いると思います! ……(あたし)だって」
「お世辞でも嬉しいよ。オレさ、大学時代から付き合ってた女性がいたんだよね。6年付き合ったかな? 社会人になって結婚も考えたよ」
「……その女性は? 」
梓の声が沈みこむ。
何か、悲惨な別れを想像したらしい。
オレは明るく笑った。
「死別じゃないよ。今頃どこかで誰かの奥さんしてるんじゃないかな? 」
「そう……ですか」
「なんかね、二股かけられてて、相手の男の子供ができたから別れたいって言われてさ」
「半田さんの子供……ってことは? 」
「だったら良かったんだろうね。ちょうど長期出張中の期間でさ。しかも、休みが合わなかったから、普通でも滅多に会わなくなってて。だから、他の男のとこに行ったんだろうけど……」
「そんな……。あたしならずっと待ってます。あ、いや、もし彼氏が長期出張とか転勤になったらって話しです」
そうかもしれない。
梓のように生真面目な娘なら、彼女みたいなことはしなかっただろう。
「そうだろうね。でもさ、あの時は初めての彼女で、しかも浮気相手の子供を妊娠したって聞いて、女性不振になったっていうか、一歩踏み込んで付き合おうって思えなくなったんだ」
「今は? 」
梓の視線を頬に感じながら、オレは前の車を見つめる。
「うちさ、母親が離婚してんだよね」
「はい」
「そのせいにしちゃあれなんだけど、結婚にもそんなに執着がないっていうか、まず恋愛がアウトになったから、結婚もないっていうか……。そんなんだからさ、これから先一人で貯金ばっか貯まるより、一人の人間がまっとうな大人になる手伝いができた方がいいかなって思ったわけ」
「恋愛がアウトって、彼女さんみたいな女の人ばっかじゃないです。それでもダメなんですか」
赤信号で車が停まり、オレは梓に視線を向けた。梓は、目を真っ赤にして涙を浮かべているようだ。
マジでいい子だな。
オレなんかのために、真剣に心配して涙まで流してくれるって。彼女みたいな純粋培養の女の子は、幸せな恋愛や結婚して欲しい。いや、きっとできるだろう。
オレは車を路肩に停車した。
「山本さんが泣くなって」
ハンカチ……と思ったがハンカチはなく、手の甲で梓の涙を拭った。
「悪い、ハンカチがなかった」
「大丈夫です。でも、半田さんの手にマスカラがついちゃいます」
オレは座席を少し倒して、楽な姿勢をとる。
「オレね、もう34なんだよね。今さら恋愛とか体力ないし、未来の父親もどきをしてて、前より充実してるっていうか、あいつにオレが必要じゃなくなるまで、今のままでいいんじゃないかって思うわけ。だから、山本さんが泣くようなことじゃないんだよ」
「未来ちゃんに半田さんが必要じゃなくなるまで……」
梓は、キュッと唇を結ぶと、小さくうなづいた。
「わかりました。半田さんの気持ちは理解しました」
梓は、オレの手をしっかりと握った。
「あたし、半田さんのこと応援します」
「……ありがとう」
「応援してて(待っていて)いいですよね? 」
「ああ、うん? 」
柔らかい手だなあ……。
梓の決意も知らず、オレは梓の手の感触にボーッとなってしまっていた。
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