第3話 初めての出会い
「あの子、どうするの……」
「お父さんたら、何だって……」
「面倒見てもらいながら……」
叔母達がボソボソ囁く中、オレは久し振りにじいさんの家に来ていた。ここに来たのは中学生の時以来だろうか?
居間は片付けられ、正面には桐の柩が納められており、その前にセーラー服の女の子がポツンと座っていた。
彼女は無表情で、ただ柩をジッと見つめている。
彼女はどうやら従姉妹ではないらしい。オレの母親は五人姉妹の長女で、じいさんと名字が同じなのは、養子をとったからではなく、離婚したからだ。
他の四人の誰も養子はとらず、みな嫁にいった。つまり、誰もじいさんの面倒は見なかった。ボケてもなかったし、身体も元気だったみたいだが、急に脳梗塞で倒れ、発見が遅くて……。
まあ、誰も悪くはない。でも、明らかに叔母達は彼女がもう少し早く帰ってれば……と、責任転嫁しているようだ。
それを言うなら、娘の誰かが一緒に暮らしていれば良かったのだ。学生の本分は勉強であり、介護じゃないんだから。
不愉快この上ない。
自分達の責任はほったらかしで、たかだか14年だか15年だかしか生きてない少女を責めるって、意味がわからない。
多分、叔母達の話しが聞こえてるんだろうが、少女は微動だにしない。泣きもしないから、大人受けが悪い。
でも、わからなくはない。
親戚でもない、自分を悪く言う大人に囲まれ、感情をあらわになんかできるはずがないだろう。
あまりに不愉快な光景に、オレは居間から出てじいさんの寝室へ足を向けた。
じいさんの寝室は、懐かしい匂いがした。
子どもの時、このベッドで跳び跳ねたっけ。まだばあさんが生きてて、母さんが離婚してすぐの頃。オレは数年この家で過ごしていた。
じいさんの机。
こんな小さかったっけか?
よく、じいさんの膝に座って、ここでお絵描きをした。そういや、じいさんの似顔絵、机に直に描いて怒られたな。
たしか……この辺?
机の上の分厚い本を持ち上げてみると、オレの書いた絵がまだ残っていた。しかも、その横には殴り書きのような数字とオレの名前。
多分……、この絵を描いた年月日。
「これ、日記か? 」
持ち上げた分厚い本の表紙に、一行日記・2と書いてあった。
じいさん、夏休みの宿題みたいなことをやってたんだな。
パラパラめくってみると、ページ毎に日にちが書いてあり、行の先頭には西暦が書いてあった。366ページ30行のノート。
つまり、30年日記かよ!
10年日記ってのは聞いたことあったが、30年とは……。
残り2行だったから、正確には28年間のじいさんが詰まっていることになる。しかも2ってことは、2冊目ってことだろう。
机に書いてあった日にちを開いてみた。
上から2行目。
【199×年、弦が机に落書き。叱りつけたが、実は感心した。弦は画伯になるに違いない!】
ああ……ジジ馬鹿全開だな。
同じページの違う年を見てみる。
3行はほぼオレのこと。それから下は町内のことや、猫の観察日記のようになっている。
【201×年、あれは最低な親だ!未来がうちにやってきた。】
みらい? みき? みく?
多分、あの少女の名前だろう。
オレは、ページをめくって、未来のことが書いてあるページを探した。
拾い読みをしていくと、大雑把だが未来の半生が、未来とじいさんの関係がわかる。
「弦、こんなとこで何してるの?! あんた、一応喪主なんだから、居間にいなさい」
母親が呼びに来た。
喪主を決める際、姉妹間で押し付け合い、なかなか決まらなかった。本来は長女である母親がやるべきなんだろうが、母親はじいさんと仲が悪く、喧嘩別れのようにこの家を飛び出してしまったため、自分がやるべきじゃないと拒絶したのだ。
他の姉妹は、喪主=未来の責任をとらないといけない……と受け取ったらしく、みな理由をつけて辞退した。
そして、唯一の直系男子だからって理由で、なぜか孫のオレが喪主を引き受けざるをえなくなった。まあ、形ばかりで、実際の手配などは姉妹で行っているから、本当にただのお飾りだ。
居間へ戻ると、この家の全ての座卓が集められ、食事が用意されていた。親戚全員は入りきれないので、従姉妹達は焼香だけすませてもう帰り、残っていたのはじいさんの娘5人と、その婿4人だけ。あとは座卓の一番端に未来がうつむいて座っていた。
「喪主もきたことだし、とらあえず夕飯食べながら話し合いましょ」
「お父さんの財産だけど、この家と貯金よね? 」
いきなり財産分与の話しかよ……。故人を偲ぶとか、ないのかね?
貯金は五人で均等に分けることで話しはすぐつき、この家をどうするかで揉めた。
家は古すぎて、家自体は値段がつかず、土地の値段になるらしい。ただ、家を壊す費用もかかるし、何よりこの土地、今の建築基準法だと、再建築不可能らしい。つまり、値段がつくようでつかない土地なのだ。
「あのさ、遺言……ってのになるかわからないけど、こんなんでてきたぜ」
さっき日記をめくっていた時に発見した一枚の紙を差し出した。
殴り書きのような文章だが、じいさんの字に間違いない。けれど、署名がない。捺印がない。日付すら書いていない。つまりは、遺言としての正式な効力はないわけだ。それでも、じいさんの意向はわかる。
【この家と貯金は、未来の面倒をみる奴にやる】
たったこれだけだ。
しかも、最後の方は字がぐちゃぐちゃになっている。もしかすると、倒れる直前に書いたのかもしれない。
「何よこれ! 有り得ないでしょ」
「遺言なんかじゃないわよ。落書きよ、落書き! 」
「そうだね。名前も日付もないし、遺言としてはどうかな? それにこの子、親戚でも何でもないんだよね? 」
「そうよ! 知らないうちに、父さんが勝手に引き取ってたみたいだけど、ただの他人よ。うちらに面倒を見る義務はないわ。あなた、本当の親は? 天涯孤独って訳じゃないんでしょ? 」
視線が未来に集まり、未来は黙ったまま両手を握りしめていた。
「名前は? 年は? 」
「……
オレも人のことは言えないが、親戚の誰も未来がじいさんと住んでいたことを知らず、つまりはそれだけ長い間連絡すらとっていなかったってことだ。
「ご両親は? 」
「……」
未来が黙っていると、叔母達は自分勝手に話しをし始めてしまう。
誰も彼も未来を押し付け合い、最終的には預金は当初の通り5人で分け、(二束三文の)この家を相続する者が未来に対して責任を追うということになった。
「まあ、長女である姉さんが妥当よね」
「そうね、独り身で自由があるし、子どもである弦君だって独立してるもんね」
「嫌よ! 第一、私の住まいは東京じゃないもの。こんなとこの家もらったって意味ないし。なら、東京に住んでる
母親は、三女の和歌子叔母さんに擦り付けた。
「東京ったって、うちは真逆の方面だし、距離で行ったら埼玉の
「うちは子どもが4人もいるのよ。一番下はまだ小学生だし、もう一人みる余裕なんかないわ。貯金全額もらったって無理よ」
「あら、取り敢えずこの子の両親に連絡つけて引き取って貰えばいいんだから、それまでの間なら4人も5人も変わらないわよ」
「そんなこと言うなら、
「私は専業主婦じゃないし、仕事が忙しくて無理」
オレは、無表情でうつむいている未来が不憫でしょうがなかった。
誰からも必要とされていないのを痛感しているだろう。
「施設に預けたらどうだ? そっちで両親と連絡とってくれるんじゃ? 」
「施設って? 児童なんちゃら施設ってやつ? どうやって手続きするの? 」
「区役所? 保健所? 」
「児童養護施設……か。児童相談所でいいんじゃない? 」
「児相って、なんか虐待とかの相談じゃないの? 」
おいおい……じいさんの意向ってのは完璧無視かよ。
「……あの、私をここに住まわせてください! お願いします! 」
それまで黙っていた未来が、畳に頭を擦り付けるように土下座をした。
「私、あと半年もすれば中学卒業しますし、そうしたら、働いて家賃もいれますから」
「働いて……って、あなたそれまでどうするのよ? 中学生じゃアルバイトだってできないし、生活費だってかかるのよ? 」
「それは……父親から養育費が入ってるはずで……」
「何だ、父親の連絡先わかるのね? なら早く出しなさいよ。不毛な話し合いしちゃったじゃない」
【あれは最低な親だ!】
じいさんの一行日記の文章を思い出す。
じいさんがこの少女を引き取ろうと思ったくらい最低な親か。
オレは、何気なくじいさんの通帳を開く。
入金のほとんどは年金の振込で、支出は光熱費や生活費だろう。その中でもコツコツ貯められたお金。
未来の養育費の振込がないから、別通帳なんだろうか?
もっと遡って見ると……あった。
5年前で途切れた養育費。
振込の名前から、未来の父親だろう。
つまり……今は養育費は支払われてはいない。
完璧、親に捨てられてるよな。
オレは、ため息と共に通帳を閉じた。
「あのさ……」
「何? 」
「この子の面倒みれば、この家貰えんの? 」
「弦! 」
「そうよ、弦君」
「オレでもいいわけ? 」
「かまわないとも! そうだな、弦君はもう30代だし、立派な社会人だ。直系男子でもあるし、一番適任かもしれない」
「ちょっと、無責任なこと言わない……」
母親の制止も振り切り、みな良かった決まったと、食事もそこそこに帰り支度を始める。夕飯にと、食べ物を詰め出す叔母までいた。
「じゃあ、姉さん、遺産分のお金、振り込んでおいてね」
「うちもよろしく」
これ以上この場にいて、話しが変わったら大変! とばかりに、そさくさと家を出ていく。
残ったのは、母親とオレ、そして未来の3人だった。
「あんた、またなんでこんなこと……」
「別に、たった半年だろ? あんなごちゃごちゃとうっとーしい! 」
「半年って、あんたこの子引き取るつもり?! 」
オレは、じいさんの日記を通帳と一緒に置いた。
「多分、こいつの親、迎えにはこないよ。一応、連絡はするけどな。養育費も、5年間支払われてはいない」
「何ですって?! 」
母親も通帳を確認する。
「じいさん、こいつと猫が生き甲斐だったみたいだな。こいつが来てからの日記、こいつの成長記録みたいだ」
「だからって……」
甘いのはわかってる。
34歳独身、いきなり女子中学生の親になれるとも思えない。
「最低半年。まあ、高校は行った方がいいだろうから、3年半か。それくらいの期間なら、面倒みてもいいかもって」
「あんた、もし変な噂とかたったらどうするのよ! 30過ぎの男が、10代の女の子……とか。コブついてたら、結婚だって! 」
「別に、遠縁の女の子引き取ったでよくない? それにオレ、結婚する予定もなけりゃ、するつもりもないし。そうか、この際養女にでもすっか? 母さん、孫見たいとか言ってたじゃん」
母親は頭を抱え、座卓を叩いた。
「馬鹿なこと言わないで! あんたは昔から考えなしなんだから」
30代の息子を捕まえて、考えなしもないもんだ。
「母さん、もう寝る。片付けしといて」
母親はじいさんの部屋に泊まるらしく、ヨロヨロと二階へ上がっていった。
未来と二人っきりになり、目の前には大量のご馳走。
「取り敢えず……腹減らね? 」
全部食べ尽くす……ことは無理なので、日持ちしなさそうな寿司などをたいらげた。
「そうだ、オレね半田弦。勝手に決めちゃったけどさ、未来ちゃん的にはオレみたいなんが後見人みたいになるのはどうなん? 」
「あたしは別に……。ここにいられれば」
「そっか……。まあ、細かいことはおいおい決めるとして……。一つだけ! 」
「はい? 」
「オレのことは弦さんでよろしく! オジサンは止めてね」
初めて、未来の目尻が下がるのを見た。
うん、可愛い、普通の女の子だ。
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