第10話 二人でケーキ
「ただーいま」
「お帰りなさい」
荷物を納屋に隠してから、オレはケーキだけを持って家に帰った。
やはりオレの古着のTシャツを着た未来が、エプロンをつけて出てきた。手には絆創膏が三枚貼ってある。
「どうした?! 」
「えっと……、名誉の負傷的な?」
台所に行くと、凄まじく荒れたキッチンと、何やら消し炭のような物が皿に乗っている。
「……これは? 」
「あたしのお昼ご飯……かな。野菜炒め……なんだけど」
うん、じいさんが未来に包丁を持たせなかった理由がわかった。
壊滅的な料理センスだ。
かろうじて食べれそうなとこをつまむと、猛烈にしょっぱい。
「じゃあ、飯はまだ? 」
「うんと、食べれそうなとこと、お握り食べた。弦さんなら、これもどうにかできるかなって思ったんだけど……」
「えーと、これはちょっとどうにもならないから、とりあえず捨てちゃおうか」
「……ごめんなさい」
食材を捨てなければならなくなったことに罪悪感を感じているらしく、未来はしゅんとしてしまう。
「片付け終わったら居間においで。お土産買ってきたから、一緒に食べよう」
居間で買ってきたケーキを皿に乗せ、紅茶をいれて待っていると、片付けを終えてエプロンを脱いだ未来が入ってきた。
「これ……」
「未来、こっちのフルーツがいっぱいのっているのでいいかな? オレ、甘すぎるのは苦手で。でも、たまに一口食べたくなるんだよな。だから、こっちのももしよかったら食べてもいいんだよ」
「甘いの苦手なのに、ケーキ食べたくなるの? 」
ちょっと、無理がある説明だったかなと思いながら、自分用に買ったチーズケーキを小さく切って、別皿に盛った。
「ほんと、一口ね、これくらいがちょうどいいんだ」
「フルーツは? フルーツも甘い?」
「まあ、イチゴとかなら」
未来は、大きなイチゴをケーキから取って、オレの皿に乗せた。
「ショートケーキって言ったらイチゴだろ? オレは一口でいいんだから、未来が食べなさい」
「ううん、じいちゃんも甘いの苦手で、誕生日に毎年ケーキ買ってくれたんだけど、いつもイチゴしか食べなかったよ。あたしは、イチゴ酸っぱいから苦手だし」
確かに、ケーキのイチゴは酸味が強いかもしれない。
「じゃ、イチゴ貰おう」
「でも、誕生日じゃないのに、ケーキなんて贅沢じゃない? 」
「たまにはね」
「こんないっぱいフルーツが乗ってるの、初めて食べるし」
未来は、凄く幸せそうにケーキを口に入れた。
「美味しい!! こんなケーキ食べたことないよ」
「そりゃ良かった」
ケーキ2つをペロリとたいらげ、未来は紅茶を一口飲んだ。
「じいちゃんもあたしに甘々だったけど、弦さんもあたしによくしてくれ過ぎだよ。贅沢が身に付いたらよくないんだよ」
たったケーキ2つでよくし過ぎとは、さっき買った洋服を見せたら、もしかして喜ばれるより、怒られるんじゃないだろうか?
「未来の誕生日には、ホールでケーキ買うからな。ちゃんと消費してくれよ」
「ホール! 」
未来の顔が一瞬うっとりとなる。どうやら、甘い物は好物らしい。
「そうだ……。これ」
グロスとかいう口紅? みたいなのだけは、ポケットに入れたままだった。
「どうしたの? 」
「ほら、今日は仕事場の同僚と食事会だったろ? で、その中の若い女の子達と話していて、中学生ならこれくらいはつけるんじゃないかって聞いてさ」
未来には買い物のことは内緒にしてあったし、仕事で昼食会があると嘘をついて出かけたのだ。
「……」
未来は、じっとグロスを見つめていた。
「……色とか気に入らなかった?だよな、好みもあるしな」
買った洋服に合う色を菜月に選んでもらったのだが、考えてみれば未来が好きな色も知らず、無謀だったんじゃないかと不安になる。
今流行っているからといって、未来が気に入るとは限らないのだから。
「凄い!! つけてみたかったの!でも、自分じゃ贅沢過ぎて買えなくて。このメーカー、凄い人気だよね。色も可愛い! 」
未来は、グロスを手に居間から走り出ると、またバタバタと音をさせて戻ってきた。
「どう? 似合ってるかな? 」
グロスをつけただけなのに、ドキッとするほど表情が明るく大人っぽく見えた。
「う……ん、似合ってる」
「ムウ! その間はなんだ」
いたずらっ子のように唇を尖らせ、オレを見上げる未来は、15歳の少女だと自分に言い聞かせる必要があるくらい艶っぽく見えて、オジサンには目の毒以外の何物でもなかった。
「まあ、友達と遊びに行く時にでもつけろよ」
「ありがとう! 一週間早い誕生日プレゼントだね」
「えっ? いや、これはプレゼントだけど誕生日プレゼントって訳じゃ……」
未来は、誕生日プレゼントだ! とはしゃいでいる。
まあ、いいか。これも誕生日プレゼントってことで。プレ誕プレ……、なんかゴロがいい。
一人でくだらないことを考えていた時、スマホの着信が鳴った。
「弦さん、電話だよ」
見ると、さっき電話番号を交換した梓だった。
『ああ、はい、半田です』
『今日はご馳走様でした』
『いや、こちらこそ付き合ってもらって』
オレはさりげなく未来から離れて廊下に出る。
『あのですね、実はさっそく家に帰って洋服の整理をしてたんですが、ちょっとフリフリのが多くて、未来ちゃんそういうの大丈夫ですか? 』
あの地味目な梓が、中高時代はフリフリだったのか?
ちょっと想像がつかなくて、一瞬言葉に詰まる。
『あの、半田さん? 』
『ああ、ごめん。ちょっと想像しちゃった。って、セクハラ発言か? 』
『やだ、恥ずかしい……。父親の趣味なんです。女の子はピンクでフリフリみたいなイメージがあるみたいで』
まあ、それはわからなくない。
男親なら、女の子が産まれたら……って考えるだろうし、女の子らしい格好をさせたい、そんな娘と歩いてみたいってのも、ぶっちゃけ憧れるかも。
いや、オレは変態ロリコンじゃないぞ!
純粋に父親目線で!!!
『半田さん? 聞いてますか? 』
『ああ、聞いてる、聞いてる。フリフリだろ? 』
『そうです。写メ送っていいですか? 』
『洋服の? 』
『……着たやつの方がいいですか? 』
『いや、そこまで変態じゃない!』
『変態? 』
『こっちの話し! じゃあ、頼めるかな? 未来に見せてみるから』
『わかりました』
電話は切れ、すぐに写メールが送られてくる。
床いっぱいの女の子らしい洋服。
こんなの未来が着たら可愛いだろうな。
「未来、未来」
「はい? 」
台所で皿を洗っていた未来が顔を出す。
「こんなん好き? 」
「可愛いとは思うけど」
「貰ったら着る? 」
「あれば……」
話しがわからず、未来は可愛い服に目を奪われる。
着たいか着たくないかと聞かれれば、一度は着てみたい。
本当はズボンよりもスカートがはきたかったし、やはり可愛い洋服に憧れはなくはないのだ。
今までは近所の男の子のお古が多く、赤とかピンクの洋服すらなかった。
「なんかね、同じ課の女子なんだけど、昔の洋服があるからお下がりでよければくれるって言うんだ。この服の子ともう一人。違うタイプの子だから、いろんなタイプの洋服が貰えるんだけど、やっぱりお下がりは嫌かな? 」
未来の表情がパッと明るくなる。
「本当? こんな可愛いの貰えるの? いいの? 本当にいいの? 」
今までがお下がりばかりなんだから、今さら嫌な訳がない。しかもこんな可愛い服ばかりなら。
再度梓に電話をかけると、ワンコールで梓が出た。
『半田さん? どうでした? 未来ちゃんの好み的に合いました? 』
オレは未来にスマホを差し出した。
「自分でお礼言いな」
未来はコクリとうなずくと、スマホに手をかけた。
『はじめまして、東宮未来です』
『未来ちゃん? 』
『はい。なんか、お洋服をいただけるそうで、ありがとうございます。みんな、凄く可愛いです』
『本当?! 良かったぁ! じゃあ、全部送ってもいい? あたしはもう着れないし、父親が買ってきたものだから捨てられなくて困ってたの。欲しいって言ってくれる子にあげたって言ったら、父親も喜ぶと思うし』
『はい、ありがとうございます』
スマホをかわった。
『サンキューな。予想以上に未来が気に入ったみたいで、楽しみにしてる』
『いえ、こちらこそ引き取ってもらえて助かります』
『じゃあ、また明日』
『はい、また明日』
それから洋服の詰まった段ボールが届いたのは、火曜日に一つに水曜日に一つ。
火曜日のは梓の可愛らしいフリフリの洋服が、水曜日のは菜月のクール系な洋服が届いた。
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