第9話 お弁当の時間です
「半田さーん、今日もお弁当ですか? 」
「はい、弁当です」
「じゃあ、一緒に食べましょうよ」
弁当組の女子三人が、お弁当箱を持って集まってきた。
あとの二人は
「半田さん、美味しそうなだし巻き玉子ですね」
「本当だ。ハンバーグは手作りですか? 」
「うん」
「なんか、凄いふっくらしてません? 」
「おからパウダーが入ってるんだよ」
「おから? ダイエットによさそう! 」
こんな会話をしつつ、輪になって弁当を食べる。
「佐藤さんのお子さんって、男の子でしたっけ? 」
「ええ、高2と中3の男の子」
「そっかあ……」
年齢は未来と同じだが、男の子じゃなあ……。
「なあに? ああ、未来ちゃんだっけ? 預かったっていう娘ちゃんのこと? 」
「まあ……そうです。いやね、あんまりお洒落に興味ないっていうか、洋服とかオレのお古平気で着るし、化粧品とか持ってないし、この前洋服買ってやるって言ったら、シャツ一枚しか買わないし」
「遠慮してんのかね? 」
遠慮もしているんだろうが、根本的に節約気質が染み付いているようだ。
「15歳でしたよね? あたしがそのくらいの時は、雑誌とか買いまくって、洋服欲しくて欲しくてしょうがなかったけど」
「あたしはそんなには……」
菜月と梓では、見た目はもちろん性格も違うようだ。
菜月は見た目も派手目だし、化粧とかもバッチリしている。仕事中は事務職の制服だが、私服はいつもお洒落だ。
梓は黒縁眼鏡で、髪も一つに縛って地味な感じだ。私服はダサくはないが、無難な感じ……って、三十路のオヤジには言われたくないだろう。
「うちは男子だし、女の子のことなら、この子達のがまだ年も近いし、いいかもね」
「佐藤さーん、15歳と年が近いって、何かおこがまし過ぎるんですけど」
「でも、半田さんやあたしなんかよりはわかるんじゃない? 」
「そりゃまあそうですけど……」
実は、じいさんの日記を読んでいて、未来の誕生日が近いことを知ったので、サプライズにプレゼントをしたいのだが、洋服にしろ化粧品にしろ、オレには未知の世界過ぎる。
「未来の誕生日みたいなんで、何かお洒落グッズ買いたいんだけど」
菜月がクフフ……と笑う。
「なら、あたし達付き合いますよ。ね、梓? 」
「え? ああ、うん、もちろん」
「マジで? いいの? 」
「フフフ、銀座のアカシアの木のランチ・ケーキセットでOKですよ」
「あたしは別に……」
「そりゃもちろん、付き合ってもらえるんなら、いくらだっておごるよ」
「半田さん、言い方がちょっとヤバいです」
「えっ? そう? 」
菜月はスマホのスケジュールを確認すると、日曜日の昼なら空いてると言った。梓はいつでもいいと言い、菜月のスケジュールに合わせて日曜日の11時に約束した。
★★★
『あの、東宮さんのご自宅でしょうか? 』
『はい、どちら様でしょうか? 』
『半田と申しますが、ご主人様はご在宅でしょうか? 』
若干緊張しながら、オレはスマホを持ち直して東宮氏が電話口に出るのを待った。
『はい、東宮ですが……』
ちょっと伺うような口調で、低い声の男が電話口に出た。
『お電話で失礼します。私、半田弦と申しまして、半田繁の孫になるんですが、半田繁はご存知ですよね』
『ええ、まあ……』
『ご息女の東宮未来さんのことでお電話さしあげたんですが』
『あの! うちも二番目が生まれまして、金銭的にいっぱいいっぱいなんです! 振り込みが滞っているのは、大変申し訳なく思っていますが、未来に回せる金が……。あの、母親の方に請求してもらえませんか?! あいつも親な訳だし、養育してないんだから、養育費くらいはだしたっていいんじゃないかって思うんです。ではそういうことで……』
こっちに話しをさせる暇なくまくしたて、しかも電話を切ろうとしたものだから、オレは慌てて声をかけた。
『あの! 今回の電話は養育費のことじゃないんです!! 』
『はあ? 』
『半田繁がつい1ヶ月ほど前に亡くなりまして』
『えっ?! ……うちには未来を引き取る余裕はない! 母親に言ってくれ! 』
『お母さんも、未来さんを養育するつもりはないと』
『じゃあ、施設にでも……』
オレの中で、プツンと何かが切れた。
『施設には入れません! 未来はオレが面倒みます。今日はそのご報告の電話をしただけです。きちんと高校に入れて、大学に入れて、嫁に行くまでオレが責任持って面倒みますから。養育費なんて結構です! その代わり、今みたいなことはあいつに言わないでくれ! 』
『養育費用はいらない? 』
『いらないから、未来には関わらないでください』
『今の……書面にしてもらってもいいか? 』
『は? 』
『だから養育費いらないってやつだ。もちろん、こっちからはいっさい未来に関わらないって約束する』
未来の母親にしろ父親にしろ、何だってこんなに最悪なんだ?
宇宙人。
なるほど、同じ言語を持たない未知の生物体。
未来が言っていた言葉を思い出した。
同じ言葉は喋っているんだろうが、意志疎通できなきゃ意味がない。
未来の両親とは、理解しあえる気がしなかった。
『わかりました。その代わり、未来の人生にこれから一ミリも関わらないことも約束してもらいます。老後も、何があっても、すり寄ってこないでください。未来と相談の上、またご連絡します』
スマホを切り、大きくため息をついた。
クソッ!あんな奴のせいでオレの幸せが一つなくなるじゃないか!
怒りの矛先が、よくわからない方に向きながらも、ため息は止まることがなかった。
あんな父親でも、いつか未来と和解できるかもしれず、そのわずかな希望を自分が感情のまま奪っていいのかわからなかったのだ。
今は意固地になって、両親を受け入れられないのかもしれないが、もし状況が変わったら? 未来が結婚して、子どもができて、本当に万が一だが自分を生んだ両親を許すことができた時、未来と関わらないことの誓約書が邪魔にならないか……? そんな心配をしていた。
とにかく、未来とよく話さないとだな……。
★★★
「半田さーん、このワンピースなんかどうですか? 」
「こんな安いのでいいの? 」
オレは値札をめくり、あまりの低コスパに驚いた。
「高いからいいわけじゃないんです! 可愛ければいいの。それに中学生のうちからあまり高い洋服とか着てたら、周りから顰蹙買うし」
「そうなの? 」
「女の子達はお互いのお洒落には敏感だもん。見てないようで、しっかりチェックしてるの」
「ふーん。じゃあ、お手頃価格を数多くってのがいいのか? 」
「まあそうですけど……。半田さんに任せたらバカみたいに買いそうですね」
菜月が洋服を梓に当てながら思案する。梓は、背格好が未来に似ており、バランスを見るのにちょうどいいと、マネキン役をやってくれていた。
多分、横幅は未来のがかなりスレンダーだが、それは中学生の発展途上な体格だからで、梓が太っている訳ではない。……と思う。
菜月の見立てでワンピースを1着、スカートと長袖のブラウス? なんかよくわからない上着やTシャツ、トレーナーなど7点程購入した。
Tシャツと言っても、オレのお古なんかとは違う可愛らしい物だ。
化粧品は、まだ中学生だから無理にする必要もないと、色つきのグロス? とやらを一本購入した。
「それにしても、選んだ洋服全部買うとは思わなかった」
「半田さんは、未来ちゃんが可愛いんですね」
「これは、かなりのバカっぷりじゃない? うざがられるかもですよ」
「え? そうなの? 」
「そんなことないですよ。きっと未来ちゃん喜びます」
買い物が終わり、約束通り銀座のアカシアの木で遅いランチをとり終わり、オレはコーヒーを、二人はケーキセットの紅茶とケーキを食べながら話していた。
それにしても、甘い物は別腹と言うが、実際は同じ胃に入るはずなのに、よくまああんなに食べた後にケーキまで入るな。
「なあ、そのケーキ美味しい? 」
「半田さんが考えてること当てましょうか? 」
「へ? 」
「未来ちゃんにお土産買って帰ろうっていうんでしょ」
「いや、別に、そんなんじゃ。ほら、オジサンは恥ずかしくてこんなとこじゃ食べれないから、買って帰ってみようかなって」
実際には、甘い物はそんなに得意じゃない。未来にお土産を……というのが正解だ。
自分だけこんなに美味しい昼飯を食べて、未来は多分コンビニでお握りとかだろうから、ケーキの一つくらい買って帰ってやったって、別に甘やかしている訳じゃないだろう……なんて、自分に言い訳をする。
「半田さんはオジサンじゃないです! 」
「梓、ずいぶん真剣じゃん」
「やだ! そんなんじゃ……。ただ、事実を言っただけで……」
梓は、真っ赤になってうつむいてしまう。
まあ、これが年齢が近くてもっと交流があるような女なら、勘違いもしてしまうかもしれないが、さすがに10も年下の女子相手では、勘違いしようもない。
「ああ、大丈夫、大丈夫。変な勘違いはしないから、安心して」
「勘違い……。いえ、半田さんはオジサンとかじゃないし、十分素敵だと……」
慰められてるのかな?
まあ、そうだろうな。
「ありがとう。それより、そのケーキ甘い? 」
「やだ、半田さん。ケーキだから甘いですよ」
「あの、……チーズケーキとかシフォンケーキでも抹茶とかなら甘めは控え目かと……」
梓が赤い顔のまま教えてくれる。
「ああ、なるほど……。じゃあ、この店のオススメは? 」
「うちらの食べてるやつは両方オススメ」
「菜月のはクラシックショコラ、甘さは控え目ですが、チョコレート味です。あたしのは季節の果物のショートケーキです」
「へえ、そんなに色々乗ってるのに、ショートケーキなのか」
未来のはこれで決定だな。
見るからに華やかで美味しそうだった。一つだけ買うと、未来が気にするだろうから、自分のは……?
「そうだ、半田さん。住所教えてください」
「え? うん、いいけど? 」
ケーキのことで頭を悩ませていたら、菜月がスマホを出して言った。
「うちに、高校時代に着てた洋服がまだ残ってるはずなんです。もう着ないし、お古で良かったら送ります」
「あ、それならうちにも……」
「悪くない? 」
「リサイクルに出しても、10円くらいにしかならないからいいですよ。次は呑みおごってください」
「了解」
「いらないのは適当に処分してくださいね」
二人と連絡先の交換をすると、大量の荷物を片手に席を立った。
「じゃ、お会計すませとくから、ゆっくり食べていって。オレは先に帰るから。今日は付き合ってくれてありがとう」
伝票を持って1階に下りる。
1階に持ち帰りのケーキのショーケースが置いてあり、会計になっており、飲食は2階だ。やはり、ケーキをお土産に買って帰るところを見られるのが恥ずかしく、先に立ったのだ。
オレが会計をすませ、店を出ていくのを、菜月と梓が2階の窓から見ていた。
★★★
「あ、やっぱりケーキ買ってる」
「そうだね。それにしても凄い荷物。運ぶの手伝ってあげた方が良かったかな」
「梓は、半田さんに甘いね」
「そんなんじゃ……」
梓は、窓の外をじっと見ながら目尻を下げる。
「うわっ! ふにゃけた顔! 」
「だって、電話番号ゲットできたんだもん」
「あんなオヤジがいいかね? そりゃ、いい人だとは思うけど」
「オヤジじゃないってば! 」
梓は、入社してすぐに仕事で大きなミスをしてしまい、半田がそのカバーに入ってくれたのだ。自分が悪い訳じゃないのに、お得意様に頭を下げまくってくれ、しかも梓を怒るのではなく、精神面のフォローまでしてくれた。
男性にうとかった梓は、すぐに半田に惹かれたのだが、挨拶以上に話しができることもなく……。半田がお弁当を持ってきたのを見て、すぐに自分もお弁当にシフトした。菜月の手助けもあり、佐藤経由で一緒にお弁当を食べることに成功し、こうして連絡先まで!
「まあ、人の趣味はそれぞれだけどね」
わからないなあ……と、菜月は窓の外を眺めた。
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