14、明日へ、一緒に

 まだ傷が痛むのか、あたしが返した魔力がまだ体に馴染み切っていないのか、足がふらついている。


 そんな状態であたしの爪を剣で受け止め、ミリアーネを護るように立っていた。


「何をしている、と言われてもな……見れば分かると思うが」

「分からないから訊いてる。あんた、その女の差し金で死に掛けたのよね?」

「ああ、そうだな」


 冷静な口振り。血迷ったとかそういうわけじゃなさそうだ。


「ふ、フリード……? あなた、魔力が戻ったん、ですの……?」

「……ああ。半分程度、だけどな」


 背後のミリアーネの問いに、振り返らず答える。


 ミリアーネの顔に生気が戻る。涙を拭い、ムカつく笑みを浮かべた。


「な、なら、その魔物を早く葬って下さいな! あなたは勇者候補なのですから!」

「……おかしいな。確か数時間前、あなたはもう勇者候補などではない、と君に直接言われて追っ手を差し向けられたと記憶しているが」

「そ、それは……あなたが不調などではなく、魔物に魔力を奪われた、と分かったからで……」

「そして、ある程度力を取り戻した今、晴れて勇者候補に返り咲きか。分かり易いな」


 くつくつと笑う。ぞくりとした。


 こいつがこんな風に笑うのを、あたしは見た事が無い。ミリアーネもぎょっとしたような顔をしている。


「勘違いしているようだが、俺は彼女を助ける為にここに来たわけじゃない」


 あたしをまっすぐに見据え、こいつは言葉を続けた。


「ミリアーネを殺させるわけにはいかなかった。だからここに来た」

「それ、助けてるって事じゃん」

「ちょ、ちょっとフリード! なにを魔物と悠長に話なんて」

「あんたは黙ってろ。マジで殺すよ」


 凄んで見せると、ミリアーネは情けなく口を噤んだ。


「……助けては、いない。俺なりの、新たな復讐だ」


 暴れ回るリズとロアが男達を蹴散らす地獄絵図を横目に、へたり込むミリアーネを見下して言い放つ。


「ミリアーネ。君は仮にも勇者候補に選ばれた貴族でありながら、魔物の襲撃に為すすべなく殺されかけ、挙句に殺そうとした婚約者に憐れまれて生き延びるんだ」

「なっ……」

「これから先、その事実はどこまでも付き纏う。どこかの家に嫁いでも、そこで子を為しても、君も、夫も、君の子も、ずっと後ろ指を指され続ける。この街の貴族達が陰湿な事は、君が一番理解しているはずだ」


 冷酷に、一切の情け容赦なく。……ふふっ、いい顔してるじゃんバカ勇者。


「ならば、この事実を知られないようにひた隠しにするか? 無理だな。これだけの騒ぎ、何も無かった事には出来ないだろう。例え君の家が、その余りある財産をばら撒いて暗躍したとしてもな」

「……ふ、フリード。ねぇ、お願い……赦して……!」


 自分の立場を理解したか、ミリアーネは縋るように、ふらふらとあいつに近づきながら手を差し出す。


「わ、わたくし、お父様の命令で、仕方なくあなたにあんな仕打ちをしてしまったの。わたくしはあなたと初めて会ったあの日からずっと、あなたの事が」

「ああ、よく覚えている。あの日、俺が握手をしようと差し出した手を、心底嫌悪した目で見る君を。幼心ながらに……いや、幼心だからこそ、悲しかったよ」


 あいつは鼻白むミリアーネの手を、ぱし、と優しく払い、踵を返した。


「君の言葉は昔から嘘ばかりだ。バカな俺だが、学ばせて貰ったよ。……お父上にもよろしくお伝えください、ミリアーネお嬢様」

「フリー、ド……フリード! あなたはどこまで、このわたくしをコケに」

「キーキー騒ぐな」


 何やら魔法を放とうとしたので、適当にぶん殴って気絶させる。


「……すまないな、手間を掛けさせて」

「別にいいわよ。殴ったらちょっとすっきりしたし。でも、あんたはホントにこれでいいの? ずっと苦しめられたんでしょ?」

「いいんだ。これでようやく自由になれたと思えば、な。とても晴れやかな気分だ」


 その顔は悪夢から解き放たれたかのように、本当に晴れやかに見えた。


「あっそ……リズ! ロア!」


 使い魔2匹を呼び戻す。男達は地面に折り重なって呻くばかりで、殺してはいないようだ。彼らの返り血で血塗れの2匹が、空を駆ってあたしの横に並んだ。


『お、もういいのか? って勇者の兄ちゃん、いたのかよ』

「ああ……あの日の使い魔達、か。随分と成長したものだな」

『へへっ、今の俺達はそう簡単にはぶっ飛ばされないぜ~?』

『ないぜ~!』

「そのようだ。が、俺は勇者ではない。もう、そんな肩書きに縛られはしない」


 2匹に笑いかけ、あたしに向き直る。


「さて、俺はこれで人間に弓引いた反逆者。じきに手配されるだろう。すぐさま街を発つ」

「ふ~ん。じゃ、あたしも一緒に行こっかな」


 自然と浮かんだ気持ちを言葉にすると、こいつは首を傾げた。


「? 何故だ? お前はあの地下水道が気に入って棲みついてるのでは」

「誰がんな事を一言でも言った!? あたしだって、力さえあればとっととあんな場所から逃げ出してたっつの」

「そうなのか。まぁ、面白いかもしれないな。歓迎しよう」


 くそぅ、こいつ、あたしの気持ちなんかこれっぽっちも気付いてないんだろうな。


 別にいいけど。ええ、別にいいんですけどね。


「あ、一応言っとくけど、これからもおにぎりは作ってよね?」

「別に構わないが、お世辞にも美味いとは言えない代物だと思うのだがな」

「いいの。頼むよ……フリードレッグ」


 少しだけ逡巡してから名前を呼ぶと、驚いたように目を見開きながらも柔らかい笑みを向けてきた。


「フリードでいい。こちらこそよろしく頼む、アリーシャ」

「……よく覚えてたわね。あたしはさっき、夢を見て何度も聞いてたからすっと出たけど、あたしは一ヶ月前に一度名乗っただけなのに」

「最初の頃、悩んだからな。いくら魔物とは言え、女性をいきなりお前呼ばわりして良いものか、と」

「あー、また魔物の女差別したー」

「い、いや、今のはそういう意味では……」


 本気でうろたえる間の抜けた顔に、冗談よ、と笑いかけ、あたしは翼を広げる。彼の体を抱え、共に夜空に飛び立った。





 それからあたし達は旅に出た。


 行くあてなんかない。目的すらない。


 そもそも、人間と魔物のどちらともを受け入れてくれる場所がどれだけあるのか。


 冷静に考えて、前途多難だ。けどあたしもこいつも、ずっと一緒に旅を続ける事を選んだ。


 バカだと言われようと無謀だと言われようと、これでいい。


 あたし達は、これでいいんだ。




 あんたのおにぎりはあたしのもの。誰にも、あげない。


 その代わり、あんたの悪夢はあたしが全部食べてあげるよ。


 これからも、ずっと。

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底辺夢魔は今日も勇者候補と飯を食う 虹音 ゆいが @asumia

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