4、おにぎり

「ふむ、ここでいいか」


 そう言って男は立ち止まり、あたしもようやく引きずられ止まる。


 狭い通路と水路が複雑に絡み合う地下水道の中で、数少ない開けた場所だ。魔力によって生まれた炎の松明が設置され、他の場所よりも数段明るい。


 その炎が魔物を遠ざけているので、人間達が体を休める場所にもなっている。まぁ、汚い事には変わりはないけど。


「ほら、座れ」


 すとん、と腰を落とした男が言う。あたしは引きずられて痛む体を労わりながら首を傾げた。


「な、何言ってんのあんた。殺すなら殺」

「いいから座れ。さもなくば殺すぞ」


 ……ホント、何言ってんだろこいつ。


 ともあれ、どうやら座ればひとまず死なずに済むらしい。死を覚悟したはずのあたしの心はあっさりと揺らぎ、ほとんど反射的に男の前に座った。


「よし。さぁ、これを食え」


 そう言って男が取り出したのは、


「……おにぎり?」


 人間と魔物の食文化は大きく違い、名前を聞いた事も無いような人間の料理も多いが、さすがにおにぎりは知っている。と言うか、米を食べる文化がどちらにもある以上、知らないはずがない。


「俺の昼食だ。半分やろう、食え」


 何かの葉っぱに包まれた、大柄な男の拳大はありそうな巨大なおにぎりだ。それが2つ。


「……やけに手作り感が満載ね」

「それはそうだ。俺の手作りだからな」


 勇者候補が、おにぎりを手作り? 聞いた話じゃ、勇者候補は人間にとって宝同然だから、かなり裕福な暮らしをしてるはずだけど。


 いや、問題はそこじゃない。


「なんで、あたしにそれを?」


 人間が飢えた魔物におにぎりを寄越す。その異常性ぐらい、あたしにも分かる。


「ぐだぐだ言うな。殺すぞ、食え」


 マジでわけ分かんない。何なの? こいつ。


 あたしを殺すくらい、文字通り虫けらを潰すのと同じように出来るはずなのに。だからこそあたしは、すんなり死ぬ事を受け入れたのに。


「……あーもう、分かったわよ!」


 もう気にしない。気にしたって無駄だ。分かるわけない。


 でも、おにぎりを拒否して殺される、なんて情けない死に方はイヤ。あたしはおにぎりをひとつ掻っ攫い、勢いよくかぶりついた。


 正直、味は覚えてない。というか、分からない。極限の空腹を前にしては、味だなんだとかいちいち感じるのも億劫だ。


 けど、頭の片隅であたしの本能が『美味い!』と叫んでいた。

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