7、悪夢の中身

 こいつに眠りの魔法を掛け(普段のこいつだと魔力で防がれるので、意図的に魔力を抑えてくれる)、寝付いたら夢を見るまで待ち、精を吸ったらこいつを起こして、おにぎりを一緒に食べる。それが日が暮れた後のあたしの日課になっている。


 10日もそんな事を続けているので、あたしも特に何も言わずにこいつに近づき、おにぎりの包まれた葉っぱを受け取る。地下水道特有の生臭さに交じって、美味しそうな匂いが鼻孔を突いた。


 ほとんど匂いがしないおにぎりのはずなのに、不思議だよね。あたしはあいつから少し距離を取った場所で座り込み、おにぎりに手を付けた。


「……ねぇ、あんたさ」


 いつもは互いに終始無言で食べ終えるんだけど、ふと訊いてみたくなった。


「何だ」

「いつも、どんな夢見てるの?」

「覚えていないな」


 おにぎりに喰らいつきながら何食わぬ顔で。そう、とあたしもすぐに引き下がる。


(ふん、嘘つき)


 だってあの苦しそうな顔……絶対に悪夢を見てる。


 それも、毎日、だ。今のあたしじゃ夢見は無理だから想像する事しか出来ないけど、多分同じような夢ばかり見てるんじゃないかと思う。


 恵まれてるはずの勇者候補様が、だ。やっぱりこいつ、色々隠してる気がする。


 まぁ確かに、こいつがそれをあたしに言う必要はないし、あたしが知る必要もない。精を吸う、という行為で互いの利害が一致しているだけなんだから。


「今度はこちらから問うが」


 と、おにぎりを食べる手を止めてこちらを見る。


「約束は守っているだろうな?」

「そりゃあ、ね」

「ならばいい」


 約束。そう、あたしは精を吸わせて貰うにあたって、こいつと1つ約束をした。


 あたしは唇をこいつの肌に触れて精を吸う。場所はどこでもいい。別に、こいつの唇に触れたって。


 つまり、キス。こいつはそれだけはするな、と言った。


 魔物の女〝など〟とキスをしたくない、って事だろう。こっちこそ、誰がんな事するかっての。


「しかし、不思議なものだな。吸精は別腹の食事だと言っていたが、夢魔にとって吸精は本能的な行動に近いのだろう? それなのに全く腹は膨れないのか」

「まぁね。食事って言い方をしたけど、実際は空気を吸ってるのと同じようなもんよ」

「なるほど。呼吸同様、生きる上で最低限必要な行為に過ぎない、という事か」


 うんうん、と頷いたかと思えば、すっと立ち上がって踵を返す。


「さて、俺はそろそろ帰る。明日も頼むぞ、夢魔」

「え? はやっ! いつも同じくらいに食べ終わるのに」


 あたしはまだ、2つある内の1つを食べ終えたばかりだ。立ち上がったあいつは、硬い表情で言う。


「今日は夜に食事の予定がある。準備をしなければいけない」

「へぇ、そう……って、食事? なら無理して食べなきゃいいじゃん」

「2人分のおにぎりを作る。それが約束、だろう?」


 ではな、と足早に去っていく。何か声を掛けるべきかとも思ったけど、結局言葉は出てこなかった。


『ふ~、ようやく帰ったか』


 と、あたしの陰に隠れてたリズとロアがのそのそとあたしの肩に乗る。


「相変わらずあいつが苦手みたいね」

『そりゃそうだろ。俺達、殺されかけたんだぜ? しかも、こんなにか弱い使い魔相手に情け容赦一切なし。あいつ、不器用で手加減とかできないんだろうな』


『だろうな~!』

「本人がいないからってボロクソ言うわね、あんた達」


 ま、不器用ってのは納得。生真面目と言い換えてもいい。


 殺す殺すと連呼しているし、実際に意にそぐわない事をあたしが繰り返せばマジで殺されそうだけど、最近は人間の女に対するかのような態度を取る事が増えた。


 あたしに吸精を〝お願い〟している立場だから、礼儀は守りたい。そんなところだろう。魔物に対しての距離感を掴みかねてるだけかもしれないけど。


『つかさ、思ったんだけどよ』


 リアがふよふよとあたしの周囲を漂いながら言う。


『寝てるあいつを殺しちゃえばよくない? 立派な勇者候補なんだし、オヤジさんとの約束を果たせて街に帰れるじゃん。眠りの魔法に掛かる為にわざわざ自分から魔力を抑えてるんだし、弱っちい御主人でも殺せるだろ』

「弱っちい言うな。ちょっとずつ強くなってる最中だっての」


 あたしは他の夢魔に比べたら少ない精気しか吸えないけど、それでも普通の人間を骨抜きに出来るぐらいの吸精は出来る。


 あいつから吸った精気は、あたしの魔力を高める餌として取り込まれている。あいつの精気、魔力の量は尋常じゃなく、まだまだ底は知れないけど、あたしの力が高まっているのは自分でも良く分かった。


 でも、そっか。確かに、寝込みを襲う事ぐらいは出来るのか。……でも、


「やめとく。もし殺せなくて、あいつが起きちゃったら、問答無用で殺されるじゃん」

『ふ~ん、まぁそれもそっか』

『そっか~』


 分かったのか分かってないのか、曖昧な返事を残して通路の奥へと漂い流れていく2匹。だから使い魔があたしから離れるなっての。


「……それにまぁ、あいつのおにぎり、結構好きだしね」


 その声は、使い魔達に聞こえないよう、無意識に抑えられていた。

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