8、お散歩

 更に10日ほど経った。


 吸精は順調。あたしが力を増せば増す程、1日に吸える精気の量も増え、加速度的に効率が良くなっている。


 力が増すにつれ、出来る事も増えた。夢魔は本来、人間と正面切って闘う事より、姿を消して人目を欺いたりする能力に長けているので、今のあたしなら前みたいにバレて追い掛け回されるような事も無いだろう。……多分。


「いやぁ、空気ってこんなに美味しかったんだぁ……!」


 という事で、あたしは使えない使い魔を置いて地下水道を抜け出し、王都の上空をゆっくりと飛び回っていた。


 勿論、人目に触れなくなる魔法を自分に掛けている。最初はドキドキものだったが、空を見上げた人と何人か目が合っても何の反応も無かった。大丈夫だろう。……多分。


 時刻は正午。前にあたしが見つかったのは人の少ない深夜だったけど、むしろ魔物の侵入を警戒して勇者候補の巡回が増える、とあいつに教えて貰ったので、思い切ってこの時間を選んだのだ。


「あぁ、太陽の光が目に痛くて眩しい……」


 ぐうたら生活していた時には毛ほども抱かなかった感情に胸を膨らませながら、あたしはどこへともなく空中散歩を楽しんでいた。


 眼下には、人、建物、人、建物。その繰り返し。


 所狭しと埋め尽くされたそれは、賑やかな活気と窮屈な狭苦しさが同時に感じられる。魔物側にも王都的な街はあるけど、さすがにここまでじゃない。爆発的な繁殖力を持つ人間ならでは、かな。


 そして、その大半が闘う力を欠片も持たない。強くなった今のあたしにとっては、吹けば飛んでく塵みたいな存在。蹴散らすのは勿論、気付かれずに眠りの魔法を掛けて精気を吸うのも造作もないだろう。


(……まぁ、やらないけどね)


 あいつとの約束だ。あいつ以外からは精を吸わない。あたしの力が増した事を踏まえてか、数日前に追加で出された条件だ。


 元からそんなつもりは無かったから、拒む理由は無かったけど。と、脳裏にあいつの顔がよぎったあたしは、散歩を止めた。


「……あいつ、いつまであたしに精気を吸わせるつもりなのかな」


 精気を吸わせる事は、すなわち自身の魔力を削り、力を弱める事。勇者候補になる程の力を備えたあいつがそれを望む理由が、未だに全く見えてこない。


 そして、あたしの力があいつの力に肉薄している。今のあいつがあたしを殺すと言っても、正直説得力が皆無だ。このまま吸精を続けていれば、あと数日足らずであたしの方が強くなるだろう。


 そして、どんな人間だろうといつかは精気が尽きる。それはすなわち、死。


「……まぁ、約束だし、ね」


 あたしは無条件で力を貰えてる。このまま力を蓄えていき、王都にいる勇者候補を適当に1人見つけて殺せば、それで終わりだ。


 終わりなのに……何なんだろうね、この感じ。


 あたしは金色の髪をがしがしと掻き毟る。と、


「待ってくれ、ミリア!」

「へ?」


 雑踏で絶えず垂れ流されている喧騒から、聞き慣れた声が聞こえた。あたしはつまらない事を考えるのを止め、眼下を見下ろす。


 相変わらずの人、人、人。人の群れ。遠目では誰が誰やら分かったもんじゃなかったけど、見慣れた〝魔力〟を見つけたあたしはそちらに向けて翼をはためかせる。


「うるさいですわね! このような往来でみっともないですわよ、フリード!」

「君が話を聞こうとしないからだろう!」


 あいつ……と、知らない女。灼けるように赤い髪が特徴的な、ドレスを纏っている。周りの女と比べると幼く見えるので、多分まだ子供だ。


 その女をあいつが追いかけながら、絶えず口論しているようだ。あたしは魔法が解けないように細心の注意を払いながら、2人を追いかけた。


 何で追いかけるか? いや、何でだろう……何となく? 多分。


「そもそも君は何に怒ってるんだ、ミリア!」

「決まってますわ! 婚約者であるわたくしに恥をかかせたからです」


 ……婚約者? へぇ、婚約者、ね。


 そんなのがいるとか、初耳なんですけど。いや、それをあたしに話す必要はないだろうけど。うん、分かってるわよそんな事。


「お父様を誤魔化すの、大変だったんですのよ? 身体の不調は仕方ないですが……あなたはもう少し自覚を持っていただかないと、困ります」

「ああ……分かってる」


 興奮が落ち着いたのか、2人は足並みを揃えて歩き出した。美男美女……とまではいかないかもしれないが、互いに顔立ちが整っていて、服装も上等。先ほどまでの口論も含めて群衆の注目を集めていた2人は、街の中心の方へ向かっていた。


 つまるところ、ただの痴話喧嘩? へぇ、ラブラブって事じゃん。もしかすると、少し前に言っていた食事の約束と言うのは、あの女とのモノだろうか。


 それにあの様子だと、あいつの方が尻に敷かれてるんだろう。ならば、あたしに吸精をお願いしてきたのは、あの女に何か言われたからなのかもしれない。


 全部、ただの想像。だけど、それが真実かどうかなんて、どうでも良かった。


 追跡を止めたあたしは、遠ざかっていくあいつの背中をじっと見る。


「……ホント、つまんない」


 今日の夜にまた、あいつの精気を吸わなければならないのが、一気にイヤになった。


 けど、これ以上ここにもいたくない。あたしは重い翼を翻した。

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