2、行き当たりばったり
事の発端は、二ヶ月前。
魔物達の暮らす街。この王都ほどではないけど、それなりに大きくて賑やかなそこに、あたしは住んでいた。
でも、毎日ゴロゴロしてリズとロアと戯れていたあたしに、ある日お父さんが怖い顔で言ったのだ。
『立派な夢魔になるまで街に戻って来るな。戻ってきたらコロス』
なんて父親だ。可愛い可愛い娘に対する物言いとは思えない。
そもそも、立派な夢魔って何よ? 明確な定義が無ければダメじゃん? と煙に巻こうとしたあたしに、
『勇者を倒したら認めてやる!』
なんて事言いやがるこのクソオヤジ。
冷静に考えて、勇者と呼ばれるような人間は魔王様とやり合えるようなレベルの力を持っている。しがない一夢魔でしかないあたしにどうこう出来るわけがない。
けど、売り言葉に買い言葉。
『らっくしょ~じゃん。三日で勇者のクビ持ってきてやるわよ!』
興奮してたあたしはその条件を呑み、街を飛び出した。
次の日には頭が冷えたけど、逃げ帰る事は出来ない。多分マジでコロされるし。
そもそも、ずっと街でゴロゴロしてたあたしは、人間の街を襲った事はおろか、人間と闘った事すらない。なので、まずは敵情視察って事で人間の街にこっそり忍び込んでみた。
それがよりにもよって、王都。金持ちの人間、無駄に偉そうな人間、そしてヤバいぐらいに魔力の強い人間ばっかり集まってる街。
あたしはすぐさま見つかり、何とかこの地下水道に逃げ込んで追っ手を撒いた……までは良かったんだけど、そこから動けなくなった。だって、どこにあのバケモノ共がいるか分かったもんじゃないし。
そして約二ヶ月、あたしはこのくっさい地下水道で暮らし続けている。
臭いだとか、常に薄暗いとかは、まぁ我慢する。でも、そろそろ食べ物がヤバい。二分に一度は鳴ってるお腹の音がそのヤバさを物語っている。
『でもさ、モノは考えようじゃないか?』
リズが犬の顔を歪めて笑う。
『だってこの街、勇者だらけじゃん? 正確に言えば勇者候補、らしいけど、適当にその辺の人間を闇討ちしちゃえば目的達成できるだろ』
「簡単に言うなし……勇者だろうが候補だろうが、あたしとは桁違いの魔力のヤツばっかなのは、来たその日に身を以て知ったっつーの。闇討ちでどうこうなるわけない」
『あははは、飢え死にするか~、勇者に八つ裂きにされるか~』
「陽気に絶望的な事言う……な……?」
あたしはゆっくりと口を閉じる。リズとロアが不思議そうに何か言おうとしたので、慌てて二匹の口を塞いだ。
(足音……? けど、これは)
こつん、こつん。聞き慣れた水の流れる音に交じる、反響する足音。間違いない。
この地下水道は弱い魔物が棲みついているので、駆け出しの冒険者などが最初に修行をする場にもなっているらしい。別にそれはいい。素人同然の相手なら、鉢合わせないようにやり過ごすのも簡単だからだ。
でもこの足音は、違う。慎重と臆病を恐怖で飾りつけしたような、及び腰の音じゃない。もっともっと自信に溢れてると言うか……多分、場馴れしてる。
耳を澄まし、どうにか足音の方向を確認する。あたしは二匹に目配せしつつ地下水道の角に張り付き、そろりと様子を窺う。
「……っ!?」
見えたのは、一人の男。そのすぐ後に感じたのは、男が放つ桁違いの魔力。
一瞬で悟る。あいつはこの街が飼っている〝バケモノ〟……勇者候補だ。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい……ぃ!)
勝ち目はゼロ。逃げよう。まだ気付かれてない。逃げなければ。
頭の中でもう一人のあたしがそんな事をギャーギャー喚き立ててるけど、あたしの体はそんな事を聞いちゃいなかった。
動かない。動けない。バケモノ達に追い回された光景がフラッシュバックする。
あの時はパニック状態に陥って無我夢中で逃げ回り、気が付いたら地下水道に逃げ込んでいた。
でも今は、焦っているあたしと変に落ち着いていているあたしがいて。何とか顔を動かしてリズとロアを見たあたしは、歪んだ笑みを浮かべていた。
「ど、どうしよ……?」
『どうしようって……はぁ、仕方ねぇなぁ』
と、リズがあたしの前に出る。ロアもそれに続いた。
『使い魔らしく足止めしてやるよ。十秒くらいなら時間稼いでみせるから、とっとと逃げてくれよ御主人』
『あっはは、行ってきま~す!』
「あ、あんた達……」
リズとロアはいつもと同じで呑気な、けれど決死の覚悟を纏って男の方へと飛んでいく。そんな二匹の後ろ姿が、あたしの体を縛る恐怖をいくらか解き放ってくれた。
……二人の覚悟を無駄にするわけにはいかない。どうにかして逃げ
『ぎゃああああ!』『うひゃああああ!』
(二秒も経ってないわよバカ使い魔!)
足止めとは一体……って、それどころじゃない。何かの爆発によって吹っ飛ばされていく二匹を横目に、とにかくこの場を離れようとあたしは翼を広げ、
「おい、お前」
「ひぃっ!」
その翼を無造作に掴まれ、情けない悲鳴が漏れる。恐る恐る振り返ると、男は無機質な瞳であたしを見下ろしていた。
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