10、血に塗れて

 地下水道を飛び出すと、確かにそこかしこに争ったような魔法の痕跡があった。


 街中で魔法をぶっ放すなんて、普通じゃあり得ない。空高く跳び上がると、すぐにそれは見えた。


 魔法の光だ。あたしはその方向へ一目散に風を切る。


 大量の魔力を備えた今のあたしの翼は、目的地まであっという間にあたしを運んだ。そこには魔力を手に纏う2人の男と、


「お、まえ、は……」


 息も絶え絶えに路地裏の壁にもたれかかった、血塗れのあいつがいた。


「なっ、ま、魔物だと!? くそ、侵入されたのか!」

「こいつ……淫魔か? だがこの魔力、並みの淫魔じゃ」

「うっさい、黙れ」


 纏めて眠りの魔法を掛ける。魔力で多少抵抗されたが、やがて2人の男は崩れ落ちて寝息を立て始めた。


 雑音が消え、あたしはあいつに駆け寄った。


「ちょっと、何があったのよあんた!」

「……すま、ない……時間に、遅れて、しまって……」


「はぁ!? んな事は今はどうでもいいの! この状況で、バカでしょあんた!」

「は、は……そう、だな……今日は、メシも握れ、なくて……ほん、とうに、すまな……」


 全身から力が抜けかくん、とうなだれる血塗れの体。


「っ……! ちょ、ちょっとあんた!」

『いや、気絶しただけだぜ、御主人』


 追いついてきたリズがこいつの顔を覗き込みながら言う。あたしはほっと胸を撫で下ろした。


 わけが分からない。何でこいつが人間に追われてる? 


 この2人、それなりに魔力を扱える事から考えると、勇者候補だろうか。なおさら、勇者候補であるこいつが追われる理由が無い。


 まぁ、今のこいつはほとんど力を失ってるけど……いや、それが原因か? あるいは、魔物あたしと接触している事を知られたりした? 


 分からない。何も、分からない。


「……あんたが何も話そうとしないからよ、バカ」


 顔を覗き込み、ぽつりと呟く。その顔が苦しそうなのは傷のせいか、それともまたあの悪夢を見ているからなのか……夢?


(今のあたしなら、夢見が出来るはず……!)


 それを思いついてから実行に移すまで、数秒と掛からなかった。こいつの怪我をどうにかする事、そもそもここを離れる事。他にすべき事はあったはずなのに。


 目を瞑り、言霊を囁く。


「……彼の者の夢に誘え。我は夢の支配者なり」


 多分あたしは、こいつに興味を持ってしまったんだ。


 それも、ただの人間としてじゃなく、1人の男、1匹の雄として。

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