12、キス
生まれに縛られて勇者候補になるしかなく、親に縛られて魔王討伐どころかそれ以降の人生すらも決めつけられ、婚約者に縛られて首を縦に振るしかない。
あれほどの力を持ちながら、こいつはずっとずっと、雁字搦めだった。人でありながら、誰かの道具でしかなかった。
そして、弱くなる事を選んだ。
つまりこれは、自分を使い捨てようとしたヤツらに対する復讐……のつもりなんだろう、このバカにとっては。
その自慢の力を以て父親や婚約者を徹底的にぶちのめす、みたいな事をせずこんな回りくどい方法を選ぶあたり、クソ真面目なこいつらしい、とは思う。
だからこそ、ムカつく。
「起きて」
ぺしん、と強めに頬を叩く。短く噎せ込み、僅かに血を吐く。
けど起きない。もう一発叩き込む。
『お、おい御主人。さすがにエグくね?』
「うっさい」
三度、四度、と繰り返していくと、ようやく目を開けた。
「……ぅ、あ……」
「おはよう、バカ勇者。気分はどう?」
「ふ……、さい、あく、だな……」
不敵に笑う。自分の死がそう遠くない事を悟っているのか、今までで一番元気がない姿にもかかわらず、一番活き活きとしていた。
「1つ、訊くわよ。誰に追われたの、あんた」
「……さぁ、どうだろう、な」
「ミリアーネでしょ」
「っ……!」
目を見開く。やっぱりか。
家の再興の道具として利用する父親と、家名に箔を付ける為に道具として利用するミリアーネ。どちらにとっても道具だが、より〝使い捨て〟だと思っているのはミリアーネの方だろう。そう思えたから。
追っ手の男2人は、ミリアーネの息が掛かった勇者候補ってとこか。口振りから察するにあの女の家は大貴族、この程度の根回しは造作もないはずだ。
「大方、自分をコケにしたあんたを生かしてはおけない、ってとこ? 自分の手を汚さない辺り、あの女らしいわよね」
「お、まえ……俺の、夢、を……?」
「あたし、こんな悪夢から精気を吸ってたのよね。ちょっと気分悪くなったわ」
まぁ、それはこいつが悪いわけじゃないけど、さ。やっぱムカつく。
「……は、は。なら、話は、早い、な……俺を、ころ、せ……!」
今にも死にそうな半死人が、そんな事をほざく。
「俺が……死ぬ事で、全て、終わる。育て上げ、利用してきた道具が、ガラクタだった、と……思い、知らせて」
「あんた、バカでしょ」
戯言を断ち切り、あたしはこいつの顔を覗き込んで言った。
「あたしがあんたなら、こんな回りくどい真似はしない。だって、あんたは力を持ってた。ほとんどの人間を足蹴に出来るくらいの力を」
あたしは夢魔。落ちこぼれの夢魔。
こいつに出会う前のあたしは、本当に何も持ってなかった。だから問答無用で故郷を追い出され、人間に追い回されてあんなゴミ溜めに逃げ込まざるを得なかった。
「でも、今はその力すらも無い。全部、あたしが貰った」
ぶわっ! 体内の魔力を一気に放出する。魔力を感じ取れないような人間ですら、本能的に恐怖するような濃密な魔力だ。こいつの体も、僅かに震えた。
「怖い? 一ヶ月前、あたしはあんたに対して同じ事を思ったのよ」
「……怖くなど、ないさ。短い、付き合いだが……お前と話すのは、悪く、なかった」
「へーそれは光栄ね。魔物の女などと、とか最初は言ってたくせに」
「ぐ……」
ばつが悪そうに口ごもる。こみ上げそうになる笑みを隠し、あたしは続けた。
「知ってる? 力があるヤツは、なーんでも出来るの。子供を家から叩き出す事も、恥をかかせたなんて勝手な理由で殺す事も。力が無い奴はね、なーんにもやり返せないの」
顔を覗き込む。血を吐いて赤に塗れた顔が、ひゅーひゅー、と掠れた息を不規則に吐き出していた。
「だからもう、あたしはあんたとの約束も守らない。守ってなんかやらない。あんたをどうするかは、あたしの思いのまま。だから」
顔が、近づく。近づくにつれて、こいつの目が驚きに見開かれていく。そして、
「ん……」
唇が、唇と、触れた。血の臭いと味が、こいつの匂いと味と混じり合ってあたしの中に流れ込んでくる。
数秒、十数秒……あたしは顔を離し、呆然としているその顔にしたり顔で笑いかけた。
「こんな魔物の女〝など〟に、無理やりキスされたってしょうがないんだよ?」
「お、お前、何故……っ、う、うあぁぁぁぁぁぁぁ!」
突如呻き出し、のたうち回る。あとは、こいつ次第……!
あたしはリズとロアと一緒に、こいつの苦しむ姿を見守った。やがて、暴れる事を止めたこいつは、むくりと体を起こす。
溢れ出ていた血は止まり、血色も良くなっている事が夜の闇の中でも分かる。自分の体を見回してから、あたしを見た。
「な……何を、した?」
「分かってるんでしょ? 力を返したの。貰った分の半分ぐらいだけど、ね」
夢魔は寝ている相手から力を吸い取る事が出来る。けれど、起きている相手だと逆に力を吸い取られてしまう。
こいつの怪我をどうにかするには、魔力による自己治癒が手っ取り早いと思った。そこで、不本意ながらキスをする事で、一気に魔力を流し込んだのだ。
力を吸うという行為がかなり体に負担を掛ける事を、あたしは誰よりも知っている。その負担に耐えられるかどうかが心配だったけど、さすがは勇者候補ね。
逆にあたしは力を一気に持っていかれたせいで全身がすごく気だるい。けど、それをこいつに悟られるのは何となくイヤで、あたしはゆっくりと立ち上がった。
「あんたに死ぬ権利なんてやらない。死んでも生きろ。いいわね?」
「あ、あぁ……しかし、良かったのか?」
「ま、強すぎる力は面倒を呼ぶ、って事がよ~く分かったしね。あたしもそれなりの力だけあればいいかなって」
「いや、それもそうなのだが」
と、僅かに顔を紅潮させて続ける。
「俺と、その、キスをさせる形になってしまって、良かったのだろうか、と」
「っ……! う、うっさいわね! 仕方ないでしょ!」
不本意。そう、不本意だ。
別にこいつに力を返すだけならキスである必要はないとか、そんな事はどうでもいいのだ。不本意なんだから、うん!
「じゃ、じゃああたしは行くから、あんたはそこで休んでなさいよね」
「そう、だな。そう、させて……行く? どこへ、だ」
「ちょっと、野暮用」
背を向けて、翼をはためかせる。自分でも分かるぐらいに獰猛な笑みを浮かべて、言い放った。
「夢の中じゃ指をくわえて見てるだけだったからねぇ……ちょぉっと挨拶してくる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます