第30話:火炎恐怖症を乗り越えた件

「アンドリュー」

「目を覚ましたか」

「私たちがわかりますか?」

 僕は天井を見上げていて、視界の端っこから美玲、シュールズベリー・チーフコーチ、アリスが覗いていた。


 ここは病室だ。あのときの美玲みたいに、今度は僕がベッドでアクアケットを被っていた。

「全く、この病院も大げさだよなあ」

「何言ってんだよ。なんだかんだでウィザードも命が大事なんだぞ」

 ベッドからちょっと離れたところで、ソフィアがジョセフを諫めた。


「みんな、来てたんだ」

「あんなことになって、来ないわけないじゃない」

 美玲が心配そうな顔で言った。

「それにしても無事でよかったですね」

 アリスはホッとした様子だった。


「なあ、そのベッドの角にかかっているドラゴン・何ちゃらでどうにかできないのか? 美玲はそれで退院できたんだろう?」

「あの魔法は年一回しか使えないんだよ」

 僕はジョセフに申し訳なく告げた。


「ウソだろ、じゃあ3週間ずっとそこでオネンネかよ?」

「ジョセフ、体が大切じゃないウィザードなどこの世にはいないぞ。今はそっとしてやってくれ」

 シュールズベリー・チーフコーチがジョセフの熱くなり出した感情に冷水をかけてくれた。


 僕は大切なことを思い出した。

「そうだ、僕、あの試合には勝ったのか?」

「エドワードとの試合? 信じられないと思うけど、あなたの勝ちよ」

 美玲が優しくそう伝えてくれた。やっぱり僕は、エドワードを倒したんだ。アルティメット・クリムゾン・フェニックスという名の、そこらのドラゴンよりも恐ろしい脅威を、乗り越えたんだ。あれは夢じゃなくて、現実だったんだ。


 そう思うと、嬉しさが波のように押し寄せた。

「やった!」

 僕は天井を見上げたまま、歓喜の叫びをあげた。

「おい、ここは病室だぞ。静かにしなければな」

「あっ、すみません」

 シュールズベリー・チーフコーチにたしなめられて平謝りしたが、すぐに改めて普通の声量で、「やった」と口にした。


「あなたは乗り越えたのよ。火炎恐怖症を。そんなあなたが大好き」

 美玲が僕の口にキスをした。突然の出来事で、僕の顔の内側が火照った。

「おい、火傷に火傷を重ねんのかよ」

 ジョセフが美玲を冷やかす。

「そんなつもりじゃないわよ 」


「火傷してんだから、そっと体冷やしてやれよ」

「アンタ、さっきここの病院を大袈裟と言ってなかったっけ?」

「ちょっと、ケンカはダメですよ」

 アリスが止めに入るのもそっちのけで、ジョセフと美玲は丁々発止のやりとりを続けた。


「君は一つの大きな山を越えた」

 シュールズベリー・チーフコーチが哲学めいたことを語ってきた。

「ありがとうございます、チーフコーチや皆さんのおかげです」

「恐怖を乗り越えるという課題は終わった。だが、君には次の恐怖が待っている」

「僕、もう何も怖くないと思うんですが」


「それはおごりだな。まあ、そのときになってみればわかるよ。次の恐怖が訪れても、戦い続けることを忘れるな。それだけは覚えておけ」


 チーフコーチの言葉を思案しながら、僕は天井を見上げた。

「あなたならできるわよ」

 美玲がポジティブに僕を励ました。

「添い遂げることがか?」


「ジョセフ!」

「もうやめろ、続きは練習場で決着をつけたらどうだ?」

 チーフコーチがジョセフと美玲を諫めた。


「いい提案ですね」

「あとで覚悟してなさい」

 二人の間には、恋とは真逆の火花が飛び散っていた。

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最強の魔法の杖を持った魔術師が火炎恐怖症な件 STキャナル @stakarenga

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