第26話:運命の鐘

 ガイザーコロシアムの控え室で僕は木の椅子に座り、両手を組み、そこに額をつけて静かに戦いの時を待っていた。

「アンドリューさん」

「何?」

 アリスの問いかけに、僕はかすかにそちらを向いた。


「本当に、戦うのですか?」

「ここまで来て、逃げないよ」

 僕は確固たる決意を込めて答えた。

「そうなんですね」

 アリスは不安そうな声で言った。


「泣いても笑っても、運命の鐘は待ちはしない。アンドリューはこれから聖戦に挑むのだからな」

 チーフコーチが覚悟を決めたように語った。

「私の教えを思う存分生かしてくるがいい。かけられる言葉はそれだけだ」

「僕、エドワードに勝ちます。勝ちたいです」

 僕は自分の決心を一文字一文字に念を込めるようにチーフコーチに宣言した。


「そうか、お前の決心はしかと受け取った。その思いをエドワードにぶつけるがいい」

 チーフコーチはかすかに穏やかな笑みを見せた。そのとき、ノックが聞こえた。


「誰かな?」

 チーフコーチが反応を示した。扉が開くと、美玲が現れた。いつものコスチュームに身を包み、何事もなかったかのように無邪気な様子で部屋に入ってきた。

「どうも、アンドリュー。昨日急遽退院することになっちゃった」

「嘘だろ!?」

 僕は驚きを隠せなかった。燃え盛る蛇に襲われ、全身を焼かれ、病室でもその傷に苦しんでいた美玲の姿が、まるで夢だったみたいだ。まさか、これが「アブソリュート・イーズ」の効果!?


「アンタ、っていうかドラゴン・エクスター・アクアの霧のおかげで、一気に火傷が治っちゃった」

「アリス、知ってたのか?」

「私が病院を出て寮に戻ったあと、食堂で夕食を摂っていたら、斜め前の向こうの列で美玲さんが元気そうにシチューを食べていました」


「せめて退院したならしたって教えてくれよ。同じ水属性じゃないか」

 僕は美玲に思わずツッコんだ。でもその後にこみ上げてきた嬉しさは正直だった。

「アンタのおかげよ、ありがとう」

 美玲がいつもの明るい調子で僕に抱きついた。

「ちょっと待って。もうすぐ試合なんだから」

「何よ、病院から出られたんだから、喜びの気持ちぐらい表現させてよ」

 美玲はまるで犬みたいに僕に頬ずりしてきた。


「アンドリュー・サイモン・デューク=ウィルキンソン選手、もうすぐ出番ですよ」

 係員が開いていた扉から僕に告げた。

「行かなくちゃ」

 僕はそう言いながら、壁に立てかけてあったドラゴン・エクスター・アクアを手に取った。


「私、ちゃんと見てるから、勝ってよ」

「ありがとう」

 僕は美玲に自信を持って告げた。控え室の出口に立ち、チーフコーチ、美玲、アリスの3人を見やる。

「こんな僕を、今日の舞台に立てるようにとことん鍛えてくれて、大切なことをたくさん教えてくれて、ありがとうございます。行ってきます」


「行ってらっしゃい」

 チーフコーチが優しく答えた。美玲とアリスも僕に微笑みかける。僕はスマイルを返して、控え室を後にした。

 入場口に向かう途中で、僕は立ち止まり、ドラゴン・エクスター・アクアに囁いた。

「恐怖を乗り越えることを教えていただき、ありがとうございます。その感謝の念を胸に、僕はあなたとともに、エドワードをやっつける決心です。これからの試合、よろしくお願いします」


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「まずは、イーストコーナーより、アンドリュー・サイモン・デューク=ウィルキンソンの入場です!」

 アナウンサーの声に従い、僕は一歩一歩踏みしめながらフィールドへと歩いた。しかし観客から聞こえるのは、大半がブーイングだった。


「ヘタレ! ヘタレ! ヘタレ!」

 やがてそれは忌まわしいコールに変わっていった。大一番を前に、野次にいちいち反応して余計な体力を消耗するわけにはいかないと思い、僕はひたすらウエストコーナーの入場口を見つめた。


「ウエストコーナーより、マジックバトル・ユースチャンピオン3連覇達成中! 若き絶対王者にして、100年に1人の大火の勇者! エドワード・モーガン・マクシミリアン=スパーキー!」

 アナウンサーの壮大な紹介と凄まじい大歓声に導かれ、エドワードが姿を現した。斜め後ろには、腰巾着のようなドヤ顔でパトリシアが歩いている。兄妹揃って純度100%でムカつく。


 エドワードが四方各々の客席に向かって両手を広げ、てのひらで盛り立てるサインを見せると、歓声が一層大きくなった。鳴り止まぬ喧騒のなか、エドワードは僕を睨む。結界のような重々しいオーラが伝わり、ついつい目を背けそうになる誘惑と、僕は戦っていた。僕は目をこすり、胸に拳を据えて天を仰ぎ、エドワードにそっと視線を戻した。


「1本勝負、魔法以外による身体への攻撃は禁止。相手を戦闘不能にするかフィールドアウトで決着、レディー・ファイト!」

 聖戦の開始を告げる重々しい鐘が鳴り響いた。

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