第15話:トレーニング開始!

「眠っ……」

「私も寝不足だわ」

 僕と美玲はまぶたの重みを感じながら、朝食と向かい合っていた。

「一体何があったんですか?」

 アリスが素朴な顔をしながら問いかける。


「なんか知らないけど、この人の魔法の杖が急に喋りだしたのよ」

 美玲は僕を恨めしそうに見ながら真相を話した。

「僕のせいみたいに言うなよ」

「あなたの杖でしょ」

「そうだけど、僕も杖にお説教されるなんて思わなかったよ」


「考えてみたら、ドラゴン・エクスター・アクアもかわいそうね。こんな人間に捕まっちゃって」

「伝説の杖だぞ。僕をか弱いとらわれ人みたいに言うなよ」

 僕は眠気も忘れて必死で美玲にツッこんだ。


「お説教とは?」

 アリスが再び質問をはさむ。

「アンドリューが弱いのは、恐怖に負けているから、とか言ってた」

 美玲は再び僕を意味深なジト目で見つめた。

「その目は何だよ」

「図星でしょ」

「悪いかよ」


「アンドリューさん、火が怖いんでしたよね。もしかして、ドラゴン・エクスター・アクア算数はあなたが炎という名の恐怖に打ち勝つところを見たいのでしょう」

「マジで?」


「はい、アクアさんは水属性の伝説の杖でしたよね。水のエネルギーを自由自在に操り、たくさんの炎を消し去ってきた存在。そのプライドがあります。水属性なのに炎を恐れすぎるアンドリューの存在は、杖として生きてきたなかで最も許せない存在なのでしょう」

 アリスはそこまで語り、サンドイッチをかじって味わい、おしとやかにコップの水を一口に流し込んだ。


「しかしそれでもドラゴン・エクスター・アクアはなぜあなたから逃げないのでしょう。本当だったら、炎を恐れるヘタレウィザードが持ち主と知れば、こんな人間の言うことなど聞けるかとばかりに、あなたが命じた魔法を出すことを拒むのではないでしょうか」

「ああ、それ言えてるかも。アンドリューを散々罵倒しながら、一定の言うことは聞いてるもんね」

 アリスの持論に美玲は納得しているようだった。僕もそこは気になるポイントだった。


「てことは、アクアの狙いは何だ?」

「そんなの問いかけるまでもないじゃない。強いアンタを見てみたいってことよ」

 美玲がさらっと言い、スプーンでスープからすくった野菜を口に運んだ。僕は現実を受け入れることへの恐れで体を軽く震わせながら、サンドイッチを大口気味にかじりとった。


「それに、こうやってしゃべっている間も、アンタとエドワードの戦いは刻一刻と近づいてるんじゃないの?」

 美玲が突きつけたもう一つの現実が、僕の体に無慈悲に突き刺さった。

「エドワードって、炎属性で一、二を争うぐらい強いウィザード何でしょう? 普通の練習じゃなくて、ものすごい特訓とかしなきゃいけないんじゃないの?」

 美玲から告げられたさらなる現実が、僕の体を貫いた。


「アンドリュー」

 シュールズベリー・ チーフコーチが僕に話しかけてきた。

「朝食が終わったら、学園の指導室についてきてくれないか」

「はい」

 僕はその場の状況に流されるように返事をした。


「しっかり食べるんだぞ」

 チーフコーチは僕の肩を二回叩いてその場を後にする。肩を叩かれた感触が、ずっしりと響いていた。


---


「失礼します」

 学習道具を入れた鞄を片手に、僕は約束通り指導室のドアをノックし入室した。

「来てくれたな」

「はい」


「単刀直入に言おう。今日からお前は公式な対戦を控えたウィザード専用プログラム『R.D.P』に入る」

「R.D.Pですか?」

「Real Discipline Period、本気の特訓期間だよ」

「そこでどうするんですか?」

「何をとぼけたことを言っている。お前は恐怖に打ち勝たなければならないんだろう?」


「なんで知ってるんですか?」

「ドラゴン・エクスター・アクアがお前に説教する声が聞こえたのだ」

「えっ、あのときチーフコーチはいませんでしたよね」

「私は私の部屋で寝ていたよ。だが伝説の杖の怒りの声は、水属性の寮の大部分に響きわたっておった。私もついつい目が覚めて、ほかのウィザードとともに中の様子を見に行ったものだ。第一、伝説の杖が喋るなんて、我が人生で二度目だよ」


「そうだったんですか、すみません」

「今お前がやるべきことは、誰かに謝ることじゃない。今の自分に苛烈な別れを告げよ」

「自分を、変えるってことですか?」

「言うまでもないだろう? これ以上引き止めたら、お前を遅刻させてしまいかねん。そうすりゃ巡り巡って私まで責められるな。今日の授業が終わった瞬間、アンドリューのR.D.Pがはじまるからな」


---


 そして、実際にこの日の最後の授業まで、残り1分。僕がそのことを懐中時計で確かめていたときだった。もうすぐ、僕の正念場がはじまる。その正念場が僕の世界を修羅に変えてしまうと思うと、異様なドキドキ感が胸を打った。


「教室の外に妙なオーラを感じますね」

 白髪の長髪をシニヨンで結った魔法史のディオン先生が、何かに気づいた。僕が後ろを振り向くと、教室の扉を少し開け、シュールズベリー・チーフコーチが待ちきれない様子で片目をこちらに覗かせていた。


「シュールズベリー先生ですか? あの、まだ一応授業中ですが?」

 ディオン先生が言った矢先に、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。それとともに、シュールズベリー先生が問答無用で扉を開け、こちらの席に歩み寄る。教室内が騒然とする。


「エドワード・モーガン・マクシミリアン=スパーキーをボコボコにするぞ!」

 問答無用で僕が言えない名前を、チーフコーチは堂々と口にした。しかも「ボコボコ」というコーチらしくない物騒な言葉を添えて。

「アイツ、エドワードにまでケンカ売ったのか?」

「黙りなさい! エドワードを今ぶっ倒せるのは、アンドリュー・サイモン・デューク=ウィルキンソンしかいないのだ!」


 チーフコーチは野次を飛ばした生徒を高らかに諫めた。

「さあ、来なさい。エドワードに何やられても平気なスタミナと、エドワードを泣かせるパワーを身につけるぞ! さっさと荷物をまとめろ!」

 子供じみたことを告げながら、チーフコーチは僕を急がせた。


---


「チーフコーチ、ちょっとそんなに腕を強く引っ張らないでくださいよ」

「お前には無駄にしていい時間など残されていないのだ」

 嫌がる僕に喝を入れながら、チーフコーチはまたあの場所へ連れ出した。

「またお前かよ」

 ジョセフが真っ先に僕に嫌悪感を示した。ほかの炎属性のウィザードも、僕に白い目を一斉に向けてきた。


「何をとぼけてる? お前はあのとき戦いに敗れて、アンドリューが強くなるのを手伝うことが決まっただろう?」

「ああ、それですか? てっきりリップサービスかと思っちゃっいましたよ」

「コーチは常に現実を見る生き物だ。リップサービスなんかしない」

  シュールズベリー・チーフコーチは、荒っぽく僕をジョセフに突き出した。


「さあ、ジョセフ。彼に炎との戦い方を教えてやれ」

「仕方ないですね」

 僕との戦いに敗れ、強化プログラムを手伝うことになったジョセフは観念した様子だった。一応、男らしく二言は口にしないタイプのようだ。

 と思ったら、彼は僕の間近に杖を持っていくと同時に、突発的に炎を灯した。僕は驚いて尻餅をついてしまった。


「何やってんだよ。もう特訓は始まってんだぞ。お前んところのじいさんにはっきり言われたんだよ。『R.D.Pのときは約束通りお前もよろしく。次の大会、試合ないんだろ?』って」


「じゃあ、私はフィールド外で見守ることにしよう」

「えっ、ちょっと待ってくださいよ」

 チーフコーチは聞く耳を持たずにその場を離れた。

「立て」

 僕はジョセフの炎属性とは思えない冷徹な声を恐れながら立ち上がった。


「もしかしてスパーリングですか?」

「当たり前だろ、借りを返すんだ。お前からの借り物ほど気色悪いものないからな」

 ジョセフの目には、僕を虐げてやろうという悪意が宿っていた。


「モリーン、審判頼むわ」

「わかった」

「おい、向こうの位置につけよ」

 僕はジョセフにうだつが上がらない思いを抱えながら、所定の位置に走った。


---


「レディ、ファイト!」

「ウィル・オー・ニトラ!」

 試合開始とともに、ジョセフは忌まわしき炎のコブラを杖から召喚した。


「ウォーターグレネード!」

 僕はすかさず、水の弾丸で燃え盛るコブラを消火せんとする。体を振ってかわそうとするコブラだが、水の弾丸は容赦なく当たり続けた。コブラが蒸気に包まれる。それが晴れると、ウィル・オー・ニトラは縮こまってぐったりした様子だった。僕はまずコブラを倒せたことに自信を持とうとした。


「シャアアアアアッ!」

 コブラは一瞬で元の大きさを取り戻すとともに、威嚇の叫びをあげた。僕はギクッとした。

「ワールウインド!」

 コブラの口から燃え盛る竜巻が放たれた。僕は対戦相手に背を向けてフィールド内を逃げるが、竜巻が容赦なく追いかけてくる。


 僕は踏みとどまると同時に、防御技を打つことにした。

「ホイーリング・アクア・ベール!」

 杖を回してベールを作ろうとしたが、出来上がる前に竜巻に直撃された。皮膚がただれるような熱さを感じながら、僕は遠くへ投げ飛ばされた。大嫌いな炎の洗礼を受け、地面に伏せたまま動けなくなった。


「どうした、これで終わりか?」

 ジョセフが杖を天に掲げながら僕を挑発する。その構えは……!

「あのときの続きを見せてやるよ。パイロ・オン!」

 ジョセフの杖の先から火花が上がりはじめ、段々と勢いを強めていく。火花を伴ったコアが膨らんでいく様は、あの日と同じ、大地を抉りそうなオーラを放っていた。


「今日こそ決めてやる。業としてその身で受け止めろ! フェイタル・コア・ブラスト!」

「パラドロップ!」


 僕は震える手で、毒の滴を発射した。しかし、当たった先は、巨大なコアのど真ん中だった。

「どこに撃ってんだよ。その技、人の体に当たらなきゃ効果を発揮しないぜ」

 ジョセフの指摘通り、自分から的外れなところに撃ってしまい、反撃のタイミングを失った。

「とおりぁあ! 」


 巨大化したコアが放たれる。もはやこれまでか。

 僕は、あの火花で燃え盛るコアに粉々に体を弾き飛ばされ、灰となってしまうのか。


---


「恐怖と戦うことだ! 己を奮い立たせ、恐怖に勝て! 打ちのめせ! お前の心に渦巻く恐怖という概念を全否定しろ!」


---


 昨日の夜にドラゴン・エクスター・アクアが放った言葉が、僕の脳裏をよぎった。


 そうだ、恐怖を乗り越えなきゃ。


「ズガッダアアアアアアアアアアン!」


 コアの壮絶な爆発音が、練習場いっぱいに響き渡った。砂埃が竜巻のように飛び交う。

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