第14話:伝説の杖からのメッセージ
カンテラを持った僕、美玲、アリスは3人で洞窟の奥深くを進んでいた。突き当たりにたどり着くと、そこで一つの青い水晶が妖しく輝いていた。
「これを、取るの?」
僕は戸惑いながら美玲とアリスに聞いた。
「さっさと取って、そうでもしないと、アグノスは現れないのよ」
アグノスのことは一応知っていた。普段はこの洞窟に棲んでいるが、今はここから姿を消している。エピフィア国の街から街を飛び回っては、水の竜巻を起こし、多くの人を呑み込んできた。
アグノスの暴走を止める方法はひとつ。やつをおびき寄せで戦い、退治しなければならない。おびき寄せる方法もただひとつ。この青い水晶クリスタズールを洞窟から持ち出すこと。そうすれば、アグノスはどこにいても、水晶のあるところに飛んでくる。
「泥棒だなんて、気が引けて仕方ないよ。僕は勇者になるはずなのに」
「そんなこと言って、アグノスの次の犠牲者が出たらどうする? アンタの責任になるけど?」
美玲が普通のテンションで僕に脅しかかる。
「あまりそういう言い方をしない方がいいのでは」
アリスが不安げに美玲に指摘する。
「こうでもしないと、アグノスは寄ってこない。こうでも言わなきゃ、アンドリューは水晶を取らない」
美玲が有無を言わさぬ論調でアリスを黙らせた。
「アンドリュー、水晶盗むこととこれ、どっちが嫌かな?」
美玲は懐からマッチを取り出し、洞窟の壁を激しく擦った。マッチに忌まわしき火が灯る。美玲は確信犯のような目をしながら、僕にマッチを近づけてきた。
「何するんだ、やめろ。灯りならここにカンテラがあるだろ」
しかし美玲は一向にマッチを引っ込める気配を見せない。火の向こうの無垢な微笑みが余計邪悪に見える。彼女の恐るべき意図を察し、僕は慌てて水晶を取った。
「さあ、出るわよ」
美玲は素直にマッチを振って消した。しかしすぐさま僕からカンテラをひったくり、アリスを従えて走り出した。
「ちょっと待て!」
僕は慌てて彼女たちを追いかけ、洞窟から飛び出した。外の空は灰色の鬱蒼とした雲で完璧に覆われていた。
「なあ、そういう恐怖心をあおるようなイタズラの連続はやめてくれない?」
「え~、ちょっと楽しかったのにな」
美玲は大袈裟に残念そうな素振りをする。
「美玲が楽しくても、僕が楽しくないんだよ。特に、そのマッチ」
「没収するの?」
美玲はそう言いながら、マッチの燃えカスの先を僕に向けた。
「おい、だからそれやめろ!」
「何よ、今は燃えてないわよ?」
「燃えカスの余熱を甘く見てもらっちゃ困るんだよ!」
「すみません、あれ」
アリスが指差した方を向くと、アグノスが目の前に現れていた。神々しい群青色の、攻撃的な姿を見せつけていた。そこから放たれるオーラに、僕たち三人は……思わず笑ってしまった。
「何これ、かわいい」
「体長が、私たちの身長の半分ちょっとしかないんじゃないですか?」
美玲やアリスからの評価は、およそ人に危害を加えるドラゴンからは程遠いものだった。確かにアグノスの体長は、70~80cmぐらいしかない。ペットとして飼えてもおかしくないくらいだ。
アグノスが威嚇代わりの叫び声を上げても、体が震え上がるわけもない。それどころか何も感じない。だから僕は一歩前へ踏み出した。
「おい、これ、取ってやったぞ」
僕は律儀にクリスタズールをアグノスに近づける。アグノスが叫び声を上げる。やっぱり怒っている感じだ。でも駄々っ子みたいな印象しか感じない。つまり全く怖くない。さっきのマッチの方が20倍は怖いと思った。
そう思った……ときだった。
手にしていたクリスタズールが、いつのまにか赤黒く染まっていた。僕はこれには驚いて、クリスタズールを落としてしまった。砂地の上で、クリスタズールが無残に砕け散る。
「ちょっと、何てことするの!」
美玲が仰天した。
「私、この後の展開が不安です」
アリスのその一言じゃ収まらないほどの嫌な予感を僕は感じていた。アグノスの体の周りで、漆黒の風が起き始める。段々と勢いを増してアグノスの体を包んでいきながら、勢いをどんどん増していく。
僕たちは思わずたじろぎ、アグノスから離れた。アグノスを包む漆黒の風は、勢力を強めていく。やがてつむじ風の次元さえも超える大きさになった。これに巻き込まれたら、ちょっと吹き上げられたぐらいじゃ済まない。命に関わる。そもそも抜け出せる保証なんてあるわけない。
なぜならそれはもう、竜巻という名の自然の猛威と化しているから。アグノスを包む漆黒の風は竜巻になったのだ。
「伏せろ!」
僕は女子たちに促しながら、吹き飛ばされまいと地面にしがみついた。漆黒の風は僕らの眼前から動かぬまま、とぐろを巻き続ける。
突如として竜巻が跡形もなく弾け飛んだ。中から現れたのは、アグノスとは到底別物の、刺々しい獰猛な姿にして、二階建ての家一軒分を超える程度の大きさをした、街から街を焼き払った伝説でも持っているのかぐらいの凄まじい貫禄を放った、深紅の竜だった。
これがアグノスの本当の姿というのか。変身したアグノスは挨拶代わりに火球を一発見舞ってきた。
「あああああ、怖いっ!!」
僕は予兆なく飛び出した炎に恐怖しながら転がってかわす。火球が落ちた場所は荒々しく燃える。その現実に僕はトラウマに満ちた心を揺さぶられた。
「ちょっと何やってんのよ。これぐらいアンタの水で消してよ!」
「そんなこと言われても……」
僕が恐れながら立ち上がると、アグノスは先ほどの可愛いビジュアルが嘘のように、地獄の始まりを告げる咆哮をあげた。
「ダメだああああああああああっ!」
僕は自分の命が惜しくなり、真っ先に逃げた。
「ちょっと待ちなさい!」
美玲とアリスが追いかける。僕はなおも夢中で、駆け続けた。アグノスも女子たちの後ろから容赦なく追いかけてくる。僕が逃げる先で、火球が頭上を追い越し、地面の上で容赦なく燃え盛り、道を遮った。僕は自らの足に急ブレーキをかけ、反動で尻餅をついた。
「アンドリュー!」
僕の名を呼んだ美玲とアリスが追いついた。立ち上がると、アグノスが三度咆哮を上げる。
「戦うしかないんじゃないですか?」
アリスがこの状況で何気にひどいことを言う。いや、これを「ひどい」と思っているのは、僕だけなのか?
「ほら、伝説の杖を持った勇者なんだから、やっちゃいなさいよ」
「そんな……」
僕は泣きかけの声で嘆きながらも、仕方なく、それぞれの足を一歩ずつ、アグノスの方へと踏み出した。
アグノスが、人一人丸呑みしそうなほど巨大な口を開き、業火のような色に染まったエネルギーをチャージする。
「やめろ! ウォーターグレネード!」
僕は咄嗟にやつの口に向かって水の弾丸を打ち込んだ。10発全てやつの口の中に突入し、そこからエネルギーがくすぶる音と煙が溢れ出る。
煙が晴れると……エネルギーは全く消え去っていなかった。
「嘘だろ」
「マジかあ」
「本当に絶望的かもしれません」
僕、美玲、アリスはそれぞれに自分の無力さを声に出した。アグノスがいよいよ、そのエネルギーを解き放つ。一瞬で僕たちじゃこの体を木っ端微塵にしかねない攻撃とわかった。でも、やられることを素直に受け入れるわけにはいかないという気持ちが、ここで強く働いた。
「ボルドー・キャノン!」
僕は苦し紛れに鉄砲水を放った。鉄砲水が真正面から、アグノスの光線に衝突する。今ある全身の力を振り絞り、僕は心の中で鉄砲水を猛烈に応援した。
ボルドー・キャノンよ、僕らを救ってくれ! そして、あの忌まわしき地獄の竜を、打ち倒してくれ!
しかし、現実は甘くなかった。
アグノスの謎の光線は、ボルドー・キャノンを簡単に制し、僕たちの間近まで迫った。
「ズドオオオオオオオオオオン!」
---
目が覚めたら、陰に満ちた色彩の木で織り成された天井が見えた。僕は衝動的に頭を起こす。ベッドの上だ。それも病室ではない。ガイザー魔法学園の水部屋の寮にある、自分の部屋のベッドだ。
「アンドリュー」
「何!?」
どこからともなく聞こえた威厳に満ちた声に驚き、僕は周囲を見回した。しかし、今この中にいる人間は、僕しかいない。
まさか幻聴か。
「アンドリュー、私だ」
ベッドの下から声がする。ベッドの奥側、窓の手前に置いた、ドラゴン・エクスター・アクアを収めたケースから聞こえた気がした。
「開けてくれ」
「嘘だろ……」
そう呟きながら、僕は慌ててケースを開いた。
「出してくれて感謝する」
「ええっ!?」
ドラゴン・エクスター・アクアが、独りでに上体を軽く起こし、僕にお礼の言葉を述べた!?
「どう、いたしまして……」
「それでは早速説教タイムだ!」
突然の怒声に、僕はたじろいだ。ドラゴン・エクスター・アクアは、自らケースの中で直立した。
「もう何、びっくりするじゃない」
美玲が嫌そうな顔をしながらベッドから起き上がった。
「ちょっと待って、何これ」
「自分でもわからないよ」
美玲は誰の手に触れることもなく直立した伝説の杖に呆然としていた。
「そこの男か女かわからない奴」
「僕ですか?」
「お前しかいないだろう、女々しい野郎め!」
伝説の杖としての品格も何もないキレっぷりに圧倒され、僕は床の上に正座した。ドラゴン・エクスター・アクアは、ケースからひょいと飛び出し、僕の前に立ちはだかった。
「お前、どれだけ私の顔に泥を塗れば気が済むのだ?」
「口挟むようで悪いですけど」
空気の読めない美玲がベッドの上で挙手をする。
「あなた、顔ないですよね」
美玲がデリカシーのない笑みで杖に指摘した。
「『顔に泥を塗る』っていうことわざだ! お前は聞いているのか?」
アクアはなぜか僕に向かって余計にキレた。
「僕が言ったわけじゃないですよ!?」
「だったらあの女を黙らせろ! 何とかして寝かせろ! お前の未来の妻とかじゃないのか!?」
「いや、別に結婚とか考えてないし! ここに一緒にいるのはシュールズベリー・チーフコーチが僕と美玲を相部屋に決定したからにすぎないんですよ!? それに美玲はあなたが大きな声をあげるから起きちゃっただけで」
「関係あるかあああああっ!」
「ひいいいいいっ!」
伝説の杖の怒髪天を突くような荒れっぷりに僕はひきつった声を漏らした。
「おい、そこの私の持ち主、とにかく聞け」
「何ですか?」
「お前は何だ、炎を恐れているのか? 炎を消し去るはずの水の属性を頂いているのに、炎が嫌いとはどういうことだ?」
「だって、炎って熱いじゃないですか。それに、触れたらやけどするし、皮膚がただれて、最悪炭になるぐらい焼け焦げちゃうし、とにかく自分の体に火がついちゃったらと思うと、想像するだけで怖いじゃないですか」
「全く、お前には気骨の「き」の字もない」
ドラゴン・エクスター・アクアは、静かにダメ出しした。
「すみません……」
僕はうなだれるように、アクアに頭を下げた。
「おい、お前」
アクアの名前を呼ぶ声に、僕の背筋が嫌が応でもピンと張りつめる。
「お前、バトルウィザードだろ?」
「はい」
「お前はバトルする生き物だろ?」
「はい」
「ウィザードというものは、戦う生き物だ。魔法で戦う生き物だよ」
「はい」
段々と語気を強めながら説教を重ねるアクアに、僕は辟易した。
「つまり!」
急なアクセントに一瞬驚かされる。
「お前も毎日毎日、いや、本当は1日ぐらい戦わない日もあるとは思うが」
唐突に現実的なことを言う伝説の杖に、僕はちょっと戸惑った。
「ウィザードというものは、ほぼ毎日戦う生き物だ!」
再びここでアクアの語気が強くなった。
「どういうことかわかるか?」
「何をおっしゃりたいのでしょうか」
「まだとぼけているのか!」
アクアの怒声に再びたじろぐ。
「ウィザードというのは、このドラゴン・エクスター・アクアの主であるアンドリュー・サイモン・デューク=ウィルキンソンは、今、 恐怖と戦わねばならぬ!」
「恐怖と、戦う?」
「私は、悲しい」
アクアは急に声を潜めて嘆いた。
「お前がほかのウィザードにやられたから悲しいのではない。お前がこの杖の力を信じないから悲しいのではない」
伝説の杖はたんたんと真意を明かしていく。
「お前はバトルウィザードなのに、恐怖に負けている。それが悲しいのだ」
そう告げられ、僕は自分が何て愚かなのかと気づかされた。
「過去は変えられない。お前がドラゴン・エクスター・アクアの顔に泥を塗った事実も、恐怖に負けることでさらした恥により、伝説の杖の主としての威厳を粉々に壊してしまった現実も」
「本当にすみません」
「今、お前がやることは、私に謝ることじゃない」
「何ですか?」
「恐怖と戦うことだ! 己を奮い立たせ、恐怖に勝て! 打ちのめせ! お前の心に渦巻く恐怖という概念を全否定しろ!」
ドラゴン・エクスター・アクアは力強く叫んだ。僕は荘厳な言葉にひたすら圧倒された。
「今のお前が戦わなければいけない相手は、恐怖だ。これからお前の眼前に立つ敵のウィザードは、皆、恐怖の象徴だ。今のお前を映す鏡だ。そこでお前がやるべきことはただひとつ、恐怖に打ち勝て。恐怖という名の敵を倒せ」
「……はい」
「返事はもっと力強く!」
「はい!」
魔法の杖が鬼軍曹に見える。
「もう夜は遅い。つうかもうすぐ朝かもしれない。私も正直、只今の時刻を把握していない。とにかく今は早く寝ろ。ただしここで私が言ったことは、一字一句忘れるなかれ。いいな」
「わかりました」
僕は口を操られたかのように返事した。ドラゴン・エクスター・アクアは、何事もなかったかのようにケースに飛び戻り、その身を横たえた。僕はアクアに畏怖するあまり、ケースのフタを閉めることなくベッドに戻った。
「びっくりしたね。伝説の魔法の杖って喋れるんだ」
美玲はドラゴン・エクスター・アクアに感嘆した様子だった。
「これも夢かな?」
僕がそう言うと、美玲の方がほっぺたをつねって痛がった。
「夢じゃないみたい」
「ということは、やっぱり、ドラゴン・エクスター・アクアは喋った」
「そうみたいね。とりあえず、まだ午前3時すぎたところよ」
美玲が懐中時計を確かめながら言った。
「そうだな、もう寝よう」
僕は改めて布団に収まった。しかし実際はアクアの壮絶な説教がリフレインして一睡もできなかった。
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