第3話:俺の誓いがこんなに本気なわけがない
「退院おめでとう」
ガイザー魔法学校の入口で、友人のデビッド・マクローランドが出迎えた。ふわふわした赤毛で素朴な風情をした、どこの学校でもクラスに一人はいるタイプである。
「あれから1ヵ月だけど、火傷はどうなの?」
「そりゃ、入院したての頃よりは大分引いたけど、まだ激しく動かすと少々痛むぐらいだな」
「しょうがいないよね、トルネード・フレイムは、『灼熱の災い』と言われるほど、炎属性魔法の攻撃技のなかでは凄まじいやつなんだから」
「炎属性を相手にするだけでも怖くて怖くて仕方ないのに、あんな技を出されたら、もう恐怖を通り越して、『はい、死んだ』って思っちゃったもん。人間の本能って不思議だよな。炎で火傷して死にたくないから怖いって思うのに、一番怖いものがきたら、死を受け入れようとしちゃうんだよな」
「僕も君が病院へ運ばれたと聞いたときは心配したけど、今、ちゃんとこうやって生きているから良かったじゃん。さあ、寮へ行こうか」
僕たちは正門から続く道を歩き出した。しかし、学園内へ進むと、漠然とした不安が僕の心の中でゆっくりと渦巻きはじめた。炎属性のウィザードが何人もいる気配を強く感じ取った本能が、僕に警告しているみたいだった。
「うっ!」
一枚の紙が僕の顔にかかった。すぐに拭って見ると、見覚えのある内容が飛び込んできた。デビッドが隣から覗き見る。
「さっきからこれ、何なんだろうね」
「『制約書』……! それに『さっきから』ってどういう意味?」
僕の問いかけは必要以上に圧力が生じていたようで、デビッドがたじろぐ。
「校庭とか寮の中とか、とにかく学園中にバラ撒かれているんだ。ねえ、それって君が書いたものなの?」
僕は現実を突きつけられ、いてもたってもいられなくなった。
「アイツ……!」
僕は無我夢中で、寮へ向かい走り出した。
寮の中に飛び込むと、ホールにいる学園生の大半が紙を眺めていた。僕はおそるおそる、風属性の女子ウィザードが見ている紙を覗き込む。当然のように女子がすぐに気づく。
「あっ、アンドリューだ!」
女子に騒がれてギクッとした。
「おい、これってマジなのか?」
「君、炎属性のウィザード全員にケンカ売ったのか? しかも相当バラ撒いてんじゃねえか? 説明しろよ」
近くにいた地属性の男子二人が僕に群がってきた。
「いや、これはちょっと、深いワケがありまして……」
僕は苦笑いしながら、その場をしのぎにかかった。
「おい!」
三人のウィザードが恐れを成して僕の後ろの方へ逃げる。正面から炎属性のウィザード十人が一団となって僕ににじり寄ってきた。
「これ、どういうことだ?」
「ちょっと待って、それは、その……何て言えばいいかのな……」
ヤバい。それしか出てこない。相手はみんな炎属性だ。みんな赤系の思い思いのコスチュームに身を包んでいる。なのに僕の頭から流れる汗は冷たい。
「お前、オレたちにケンカ売ってんのか?」
「何でこんなのが大量にバラ撒かれてんだよ?」
「美玲から聞いたぞ。お前、エピフィア国の炎属性のウィザード全員ぶっ殺すって。どの口がほざいてんだ?」
炎の魔術師の大群の一人が、杖の先に本物の火を灯した。
「ひっ!」
それを見ただけで、僕は汗だけでなく、体内を通る血さえも冷たく感じた。
「ごめんなさあああああいっ!」
僕は一目散にホールの外へ飛び出した。
僕は寮の裏口を目指し、建物の外周を巡っていた。しかし、一つの曲がり角にたどり着くまでがやたら長く感じる。ここで改めて思い知ったことが一つ。ガイザー魔法学校は7年制にして全校生徒約1,300人プラス全寮制だったことだ。彼ら全員を受け入れるデカい寮なら外周もこんなに長いわけだ。
そう考えている間にも、一枚の紙が落ちているのが目に入る。拾えばそれもやはり「制約書」だった。自分のしたことの重大さが身に染みるあまり、『誓』の字が違うことにはもはや何も感じなくなっていた。
この先どう生きたらいいんだ。思案に暮れながら寮の周りを歩く。二つ目の曲がり角の先にくると、一辺の四分の一ぐら一進んだところにある裏口の近くで、ちょうど二人の女子が小さくハイタッチしているのが見えた。そのうちの一人が、美玲だった。
僕は疲れを忘れ、彼女のもとへ一直線に駆け寄る。
「おいっ!」
美玲と友人がビクッとしながら反応する。
「何よ、いきなり」
「お前こそ、いきなり、これ何だよ!」
「誓約書」
「それぐらい分かってるわ! 何でこれを学園中にバラ撒いた!?」
美玲はなぜか困惑した表情を見せる。
「こらこらこら、何すっとぼけてんだよ。お前だろ、これバラ撒いたのは!」
「何言ってんの。アンタが誓った内容じゃない」
「あんな誓い方は聞いていません! てっきり美玲だけに誓約したと思ったんです!」
「私のこと彼女と思ってたの?」
「そういう意味じゃないって! 大体、美玲が一方的に書けって言ったんじゃないか!」
「それはアンタの炎属性にビビりすぎる姿があまりにもダサくてこれ以上見ていられなかったから、せめてアンタが変わってくれたらと思っただけ。私、マジックバトルファンだけに、あんな相手にビビリまくるヘタレ試合、見ていて吐き気がするからこれ以上見たくないと思ったからね」
「たかが一人のファンの一存で何でオレの誓いをあんなにバラ撒かれなきゃいけないんだよ! 大体、あれ、どうやって増やした?」
「リプリース」
「そのリプリースって何だ?」
「アンタからもらった誓約書に『リプリース・サウザンド』って唱えたら、1,000枚に増えたの。で、それを外に放置した」
「私が風の力で飛ばしましたあ」
美玲の親友が、仏頂面で、こじんまりと挙手しながら白状した。
「君、誰?」
「私は風属性バトルウィザードのアリス・レイ=ゴールディングと言います。もしかして襲う気なら今はやめてもらえますか?」
アリスは杖をかざして警戒心をむき出しにした。
「何が襲うのやめてもらえますかだよ。1,000枚誓約書コピーされて、風で全部飛ばしている地点で、僕は二人に襲われたようなもんなのに」
「これはアンタのためなのよ」
美玲は僕の方へ一歩踏み出すと、開き直ったように説き始めた。
「何がためになったんだよ」
「おかげでアンタが炎属性と真面目に向き合えるようになるかなあって」
「うん、さっき向き合ったよ。10人ぐらいの炎属性のウィザードと。誓約書の内容見てみんな怒ってたよ。怒りでアイツら自身がメラメラ燃え盛ってたよ。病院に送り返されるどころか直接地獄へ落とされるかと思ったよ!」
「だからここまで逃げてきたんですね」
アリスがおしとやかながら緊張感に欠けたトーンで感想を言う。
「悪いか?」
「はあ、ダメだ」
美玲は頭を抱えた。
「何でお前が残念そうにしてんだよ。この事態のきっかけ作ったのに」
「もう、それじゃあせっかくアンタの誓いを1,000枚もコピーして、学園中に知らしめた意味がないじゃない。ほら、勇気を出して一歩踏み出しなさい。やる気が出てから挑むんじゃない。挑むことでやる気が表に出るのよ!」
「勘弁してくれよ。ここ全寮制だよ?」
「分かってる。このなかには炎属性ウィザードもいっぱい。アンタが炎属性のウィザード相手に根性見せるチャンスもいっぱいってことね」
「どんな都合いい解釈の仕方だ」
「それぐらいやんないと、アンタの深刻な問題は解決しないのよ」
「問題です。ここでいう『深刻な問題』とは何を意味するでしょうか? 20文字以内で回答しなさい」
アリスが素っ頓狂なタイミングで思いがけないネタをフッてきた。
「『言語』のテストで出てくる文章題か? 何でお前がここで出す?」
「いいから答えてください。に・じゅう文字以内で」
アリスは左手でピース、同じ手で拳を作り、「2」と「0」を示しながら回答を迫った。
「ええと、『僕が炎属性・のウィザー・ドを恐れす・ぎている事』。ジャスト20文字だ」
僕は指折りで文字数を数えながら答えた。
「不正解です」
「何でだよ!?」
「炎属性を恐れていることが問題ではありません。真の深刻な問題はあなたの心底に存在します。『しん』が3回来ちゃって何か寒いですね」
「じゃあ言うなよ!」
僕はここぞとばかりに、美玲に寒さを訴えるアリスにツッコミを入れた。
「今からアリスが正解を発表してくれるわ。その3秒後に私がアンタに一歩踏み出させてあげるから」
「どうやってだよ?」
「いいから聞きな。アリス、どうぞ」
「アンドリューさんの心の底に渦巻く深刻な問題とは、 『自分の可能・性を否定す・る理由を探・している事』、ぴったり20文字です」
アリスが指折りで文字を数えながら、「模範解答」を示した。
「おお、すごいすごい」
美玲がリアルに感心した様子で拍手した。
「これ何の茶番だよ」
「ちょっと! 茶番とは無礼な!」
「お前たち、オレの同級生のくせに、上から目線がすぎるんだよ。上から目線での意識高いアピールが鼻につくんだよ」
「私たちの意識が高いんじゃありません、あなたの意識が低すぎるんです」
アリスは懲りずに冷徹な言葉を突き刺してきた。
「こんなところでいつまでもダベっていられないから、改めて誓いを守りきるためのプランを実行するわよ」
「ちょっと待ってまだ心の準備が」
「そうやってまた一歩踏み出せない理由を探しているんだね。問答無用! アリス、そこのドア開けて」
アリスが無言で裏口の扉を開く。
「スリップ・イン!」
美玲が僕の足元にセルリアンブルーの霧のような魔法エネルギーを浴びせた。突然僕は、走りも歩きもしていないのに、急に身体全体が立ったまま動き出した。すぐさま、戸口の段差に躓き、前のめりに倒れこんだ。
「痛っ!」
顔の痛みに悶えながら顔を上げたら、その先は薄暗い廊下だった。
「あっ、そうだ。これ、相手を強制的に滑らせて移動するんだから、戸口の段差とかも飛び越えられなくなるんだった」
「最初に確認しろよ!」
「見つけたぞ!」
新たな炎属性のウィザードが、僕を見つけるや否や、怒りの形相へこちらへ駆け寄ってきた。手にはあの誓約書らしきものがある。
「炎属性のウィザードぶっ殺すだと! 今すぐやってみろよ。それとも、お前が焼かれるか」
やつは持っていた杖を掲げ、攻撃する気満々であることを示した。
「ほら、反撃して」
「ここでやるか、地獄へ落ちるか」
美玲とアリスが口々に僕を急き立てた。
「パラドロップ!」
僕は衝動的に青い針を飛ばし、炎ウィザードの腹に突き刺した。するとやつの全身から力が抜け、床に倒れ込んだ。
「くそ、体が、体が動かねえ!」
そりゃそうだ。パラドロップのおかげで、やつは一定時間、頭からつま先まで神経を感じられず、動けない。効果は10秒ぐらいだけど。だから僕はやつの視界から消えようと無我夢中で廊下を駆けた。この寮は属性ごとに部屋が分かれている。水属性の部屋に行けば、ひとまず今ある危機だけはしのげる。
最寄りの階段を必死で駆け上がる。確か水属性の部屋は3階だったかな?
ところが、2階まで上がろうかというところで、踊り場でまたも炎属性の女子ウィザードが2人、たむろしていた。気配を悟られないように、ゆっくりと階段を上がる。
「あっ、コイツ、アンドリューよね?」
気づかれた瞬間、僕の動きが痺れたみたいに止まった。
「『制約書』とか言って、炎属性全員ぶっ殺すとか言った人?」
「真相を問いただしてやろうかしら」
「て言うか、『制約書』だって、頭悪すぎ。学園辞めたら?」
2人で交互に僕を追い込むような台詞を吐きながら、階段を降りてくる。僕は恐れをなして引き返そうとする。
「追いついたぞ!」
さっきの野郎が、取り戻した杖を手に、不敵な笑みを浮かべていた。僕は慌てて踊り場へ戻る。でも前からは2人の女子ウィザード。挟み撃ちになって、壁際に追いやられた。絶体絶命だ。このまま僕は焼かれてしまうんだ。
どうして美玲の口車に乗せられて、あんなの書いちゃったんだろう。どうしてあれだけ火傷していながら、羽根ペンを持った手は動かせると認めてしまったのか。悔やんでも悔やみきれない。
「さあ、オレのことぶっ殺してみろよ」
「私と勝負する?」
「それとも私とかな? それとも、3人まとめて相手するっていうの?」
僕は踊り場の角を背にして、3人に包囲されていた。
「違う、あれは、あれは……」
「ストップ!」
いきなり気の強そうな女子の叫び声が聞こえた。3人が振り向くと、アクアカラーに染まったロングヘアをたなびかせ、青を基調に紫色のエポレットがついたローブをまとい、胸の谷間を覗かせた怪しいコスチュームに身を包んだ女子がいた。
「寮の中でバトルしたら、どうなるか分かってる?」
「知ったことかよ」
「ジョセフ、知らないでは済まされねえぞ。お前は前も風属性のウィザードと野試合やって、地下の罰ゲーム部屋に幽閉されてただろ」
パープルエポレットの女子は、男っぽい口調で男子を諫めた。見た目も実際、姉御肌みたいな顔で、その吊り目はどんな男子もあごで使いそうなオーラが漂っている。
「2週間ずっと閉じ込められてたっけ? ヒマすぎでオレが燃えカスになりそうだったんだよな」
ジョセフは大して悪びれていない様子だった。
「燃えカスじゃすまんだろ。ここで規則違反繰り返したら最後にはどうなるかわかってるか?」
「強制的に異世界へ転移、でしょ?」
炎属性の女子の一人が、何食わぬ様子で言った。
「しかも魔法が使えない世界、トーキョーって言ってたっけ?」
「トーキョー、そこって確か、超おっかないとこだったよな」
「魔法が使えないだけでもおっかないのに、手足が丸い四足歩行の箱みたいなケダモノが街中を走り回っているって」
「そこは確かに行きたくないわね」
「踊り場の角に水属性が1人、目の前に炎属性が3人。そこで3人がやることといったら、一つしかねえな。それやったら、チクるから」
「おい、チクるとかみみっちいマネか!?」
「3人で1人を寄ってたかってボコろうとする方がよっぽどみみっちいんだよ」
「畜生、覚えていやがれ!」
ジョセフの捨て台詞とともに、炎属性の3人は階下へ降りて行った。
パープルエポレットの女子は、階段を降りて、僕の方へ近づいた。
「お前がアンドリューか?」
「はい」
「早く水属性の部屋へ行くぞ。この先の2階は炎属性の部屋だ。次のウィザードが通る前に、ここを抜けるぞ」
女子は、僕の手を引いて階段を上がって行った。
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