第4話:アブラじゃないもん!
「それにしても、これって何?」
助けてくれた女子の部屋に招かれた僕は、対極の壁にそれぞれ平行に置かれたベッドの一つに座り、向こう側に腰を下ろした彼女から尋問を受けていた。彼女はローブの懐から取り出した、折れジワが格子のように交わる誓約書を示していた。
「黙ってちゃ分からないだろ。これお前が書いたんじゃねえの?」
「書きました。でもそれは……」
「随分自信なさげに誓いを立てたんだな。これって、自分が100%それに対して本気になったときに書くもののはずだろ」
女子は呆れたように僕を諫めた。僕は自分が、ますます情けなくなって、うつむいた。
「これを書くまでに一体どんなストーリーがあったの? 怒らないから言ってみ」
僕は、その「怒らないから」にかえって警戒心を立てた。「怒らないから」と言った人は、相手からの答えを聞くと、大体怒って非難の言葉をカミナリのように浴びせるからだ。
「美玲に書けと言われて書きました」
僕は申し訳なく、正直に伝えた。
「バカタレ!」
やっぱり怒った。想像していた悪夢のレールに乗ってしまうのは、屈辱だ。
「なあに女にパシられてんだ!ドラゴン・エクスター・アクアが泣いてっぞ!」
彼女の怒りはさらに勢いづいている。大体、先生じゃなくて、何で彼女にここまでこっぴどく怒られなきゃいけないんだ。そもそも初対面なのにっ!
「水属性として相手をビショビショに濡らす前に、伝説の杖を涙で濡らす……自分で言っても上手くねえな! そこがムカつくんだよ!」
彼女は不条理な怒りまで重ねてきた。
「この間の試合見たよ。ド派手に焼かれてたな。お前の水攻撃、炎の竜巻に制圧されてたよな? しかもドラゴン・エクスター・アクアという伝説の杖から放たれた水攻撃なのに、炎の竜巻に負けてたよな? あれ見て「ウケる~」とか言ってた学園生もいたけど、アタシにしてみたら笑えないわ。だって今まで見た水属性の中で、一番といっていいぐらい弱すぎるもんね」
「そんなことはないです。次こそは、僕の……」
僕は勢い任せに炎属性のウィザードを倒す旨を宣言しようとしたが、言葉が勝手に喉の奥で引っかかる。
「お前の、ヘナチョコウォーターか?」
女子はお高くとまったみたいにかすかに笑いながら問い詰めた。
「ち、違いますよ」
「違うことねえだろ? お前のヘナチョコウォーターじゃ火事を消せないってことだろ? お前のせいで全焼するの一軒だけで済んだはずなのに、お前がヘナチョコウォーターしかかけられなくて、隣の隣の、さらに隣の家まで燃え移って、向かい側の家にまで燃え移って、エピフィア国中が燃え盛るハメになって、挙句の果てには地球全体が炎に包まれて灰になったらどうするの?」
「それ、ちょっとネガティブ思考が過ぎませんか?」
「うるせえ! そんなもんだろ! 火を消せない水なんて、油と一緒じゃねえか! ああ、その杖も本当は『ドラゴン・エクスター・アクア』じゃなくて、『ドラゴン・エクスター・アブラ』ってか!」
彼女の説教は段々ワケの分からないディスりにエスカレートしている。助けてくれ。誰か僕に救いの手を差し伸べてくれ。
「おい、アブラ、何か言い返してみろよ。それともそのドラゴン・エクスター・アブラで、ヘナチョコウォーターを私にぶちかますか?」
「さっき自分で言ってましたよね? 寮の中では戦っちゃダメって」
「お前となら特別に勝負してやってもいいんだぞ」
「嫌ですよ、今勝負だなんて」
「何言ってんだ。アタシも水属性だから、アタシのことは怖くないんだろ」
「炎属性ウィザードと違う意味で怖いです」
「ああ、何? 折角助けてやったのによ」
彼女はベッドから立ち上がり、僕に歩み寄った。僕が恐れてベッドのうえにのけぞると、彼女はそのうえから、両腕を突き立てて僕に覆いかぶさってきた。
「いきなり何ですか」
「そのドラゴン・エクスター・アブラよこせよ」
「アブラじゃなくて『アクア』ですよ」
「アタシが正真正銘の『アクア』に変えてやるから」
彼女はいきなり僕の杖を掴んだ。僕は必死で両手で杖を握りしめ、奪われまいと抵抗した。
「ダメです、これは僕が取った伝説の杖なんですから」
「お前みたいなチキンが持ったって意味ねえんだよ」
「そういう問題じゃないです」
「うるせえ、チキン、お前こそ衣まみれでアブラで揚げられちまえ! あっ、これはうまいな。リアルにうまいなぁ~!」
「やめてくれよお~!」
女子が狂気交じりの笑みを浮かべ始めるのを見て、僕は炎に囲まれるのとは違う意味で無間地獄にいるような感覚に苛まれた。
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