第12話:魔物からのお告げ

「勝者、アンドリュー・サイモン・デューク……何だっけ?」

 またも名字を忘れたシュールズベリー・チーフコーチのことなどガン無視で、炎のウィザードたちの五、六人ほどがジョセフに駆け寄った。しかしそうでないウィザードたちは、どちらかというと裏切り者を見るような冷めた目をしていた。


「何だアイツ」

「ヘタレにやられたドヘタレか」

「力あるなって思ってたけど、もう二度とついて行きたくないわね」

「さあ、練習に戻るか」

 炎属性のウィザードに眠る冷たいエゴが次々と露わになっている。これが本当の手のひらがえしなのか。


 そんななかでも僕は自分自身には何が起きているのか理解できなかった。


---


「えっ、勝ったの!?」

「そうみたい」

「『みたい』って自分の試合でしょ」

 自室内で美玲が僕に食い入るように問いただした。僕と美玲はそれぞれ反対側のベッドに腰掛けていた。美玲の右隣にはもれなくアリスがいる。君は風属性でここは水属性の部屋なのにと僕はずっと思っている。


「とにかく、チーフコーチは言ったんだ。『勝者、アンドリュー・サイモン・デューク』って。その後また、『ウィルキンソン』って部分を忘れられたけど」

「それで思い出した。ウィルキンソンのことタンサンって言ってたけど、タンサンって何?」

 アリスが唐突に美玲に質問した。


「水の中に、気泡っていうつぶつぶがいっぱいある水よ」

 美玲がタンサンの正体を明かした。

「飲んだら、その気泡がチクチクと口の中を刺激するのよ」

「それって、辛いの?」

「それが辛いわけでもないの。ただ口の中がチクチクするだけ」

「それって針を千本飲んでいるようなものでは?」


 なかなか理解できない様子のアリスに、美玲が思わずうなだれる。

「まあいいや、今はアンドリューがジョセフ倒したって真相の方が大事だから、この話はまた後でね」

 美玲は苦笑いしながらアリスをいなし、僕に向き直った。


「ねえアンドリュー、決まり手は何?」

「パラドロップ」

「ちょっと待って、それ必殺技じゃないでしょ。むしろみんなからバカにされてる技でしょ」

 美玲もどうやら、パラドロップの潜在的な凄さに気づいていないようだ。


「あれをジョセフの足元に撃ったんだよ」

「もしかしてジョセフもジョセフで、水属性のウィザードが苦手すぎるとか?」

「むしろ僕には超強気だったよ。苦手だったら、僕のせいでガイザー魔法学園の価値ガタ落ちとか、5秒で終わりにしてやる、とか言わないから」

「あっ、そう」


 美玲はジョセフの性格に納得したようだ。と思ったら、ベッドから立ち上がり、僕に急接近した。僕は勢いに押され、体をのけぞらせた。

「で、パラドロップ撃ったらどうなったのよ?」

「アイツは杖の先から、凄まじい火花を放つコアを生み出していたんだよ。アイツの足元にパラドロップを撃ったら、アイツ、足元から崩れて、コアが体に落ちて爆発した」


「それで決着。ププッ」

 美玲は物笑いした。

「笑い事じゃないって! あの爆発はとにかく恐ろしかったんだから。あれ命中してたら、僕はまだ焼かれて病院送りになったかもしれないんだから」

「でも本当は、ジョセフのそういう有様見て、スカッとしたんじゃないの?」


 美玲がからかうような目で聞いてくる。

「そう、本当は……っていやいや!」

 僕は美玲に乗せられて陽気に認めちゃうところだったが、慌てて否定した。

「ドラゴン・エクスター・アクアを持つウィザードらしく、相手にはそれなりのリスペクトを持たないとダメなんだ。たとえあんな決着の付き方になったとしても」


「つまんないの」

「つまらなくないよ。一応、これでも勝った方だし、嬉しいし。でもこれで完全に火が怖くなくなったわけじゃないし 」


 突然、僕の周りの風景が瞬間的に眩しくなった。そうかと思うと、僕はいきなり床に尻もちをついた。ベッドがなくなっている。それどころか、目の前にいるのはシュールズベリーコーチ一人だけ。僕は強制的にワープさせられたんだ。ここは、寮内の食堂付近の廊下だ。


「アンドリュー、これを見てくれ」

 チーフコーチのシュールズベリー先生が突然の呼び出しを詫びることもなく、封筒を見せてきた。


 僕は急展開に困惑しながら立ち上がり、封筒を受け取った。深紅の指紋がべったりとついている。炎属性のウィザードが差出人であるのは間違いない。ちなみにこの指紋、水属性が念をこめて押せば海の底のように青くつく。

「我々の部活中に届いたらしい。開けな」


 僕は言われるままに封筒を慎重に開いた。手紙を見れば、デカめの字で殴り書きされていた。


「アンドリュー・サイモン・デューク=ウィルキンソン!


今すぐドラゴン・エクスター・アクアを返上しろ!


お前はガイザーどころか魔法界の恥!


さっさとオレによこせ! バカタレ!


それ、水属性の妹に渡すから」


「これ、何ですか?」

 手紙を読んだ感想はそれしかなかった。


「差出人の名前をチェックしてみろ」

 手紙の下の方に、それはあった。


「エドワード・モーガン・マクシミリアン=スパーキー」


 その名前を見た瞬間、僕の体内を稲妻が駆け巡った。その稲妻は、僕に死だけでなく、魂が地獄に焼かれ灰になることを告知しているようだった。


 なぜなら、エドワード・モー……もう、名前を口にすることすら恐ろしい。


「エドワードは、ハンリー魔法学園に属する、学園ウィザード界最強の「サタニック・ブレイズ」。これまでマジックバトルユース選手権を7連覇中。シニアのタイトルも総ナメ中。彼こそエピフィア国に舞い降りたアルティメット・クリムゾン・フェニックス」


「その人が、何で僕に……?」

 僕は恐る恐るチーフコーチに理由を尋ねた。

「知らん。本人にでも聞きに行けば」

 チーフコーチは煮え切らないことだけ言い残してその場を去っていった。僕を強制的にここへワープさせておいて、帰らせる素振りもない。僕は今、手紙一枚だけで、修羅の現実に取り込まれていると思うと、全身がガタガタと震えて止まらなかった。


「嫌だああああああああああっ!!!!!」

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