最強の魔法の杖を持った魔術師が火炎恐怖症な件
STキャナル
第1話:戦闘魔術師ですが、火が怖すぎて困っています
「頼むぞ、ドラゴン・エクスター・アクア」
僕は魔法の杖に願いをこめ、コロシアムへ踏み出した。
体が震えている。きっとこれは武者震いだ。僕はそう思う。でも迎え撃つ相手は、僕を笑っているみたいだ。
な、何を笑っているんだ。僕はビビッてなんかないぞ。僕は本気だ。このドラゴン・エクスター・アクアひとつで、お前なんかぶっ飛ばしてやる。これは1500年前、フェヴルムを打ち倒した伝説の杖。それと比べれば、目の前の13歳の少年なんてワケないよな。パトリック・アルフレッド・ゲインズボロー。お前のピラミッドのように逆立てた赤紫色のヘアスタイルは、幼い体型とお子様顔に正直似合っていないんだよ。
しかしやつは、確信犯的な笑みを見せながら、真っ赤な魔法の杖を僕に突きつけてきた。
あっ、やばい。何か殺されそう。杖全体から、非情なオーラが放たれている。ただ真っ赤に塗られているだけの杖じゃない。その赤みは、僕の魂を焼き殺すために存在しているかのようだ。僕はそんな杖から放たれるものが分かる。僕の皮膚を焦がし、筋肉を焼き、骨を灰に変える、地獄の赤い風だ。
ソイツを見た瞬間、僕の背筋が凍りついた。その背筋もじかに溶かされそうだ。あと数秒で戦いが始まるかというのに、僕の思考回路の最大の関心は、さっきトイレに行ったよね、という自己確認になっていた。
24メートル四方のフィールドを中央に二分し、それぞれの陣地のド真ん中で僕と、パトリックが戦闘態勢に入る。
「時間無制限1本勝負、魔法以外の、身体を使った相手への接触は禁止。レディー……どうした?」
審判の指摘に、僕は我に返った。気がつけば、僕はフィールド真ん中から数メートルぐらい後ずさりしちゃってるのかな? どうしてこんなに後退しているのか、よくわからないな~?
「ちゃんと位置について!」
「すみません」
審判の喝に突き動かされ、僕は無理矢理体を歩かせて陣地の真ん中に戻った。一度杖を降ろしていたパトリックは、さっきよりも軽く杖をかざした。僕の左足が後ろに下がる。でも、やつは軽く杖をちらつかせただけだ。それぐらいなら大丈夫、大丈夫だよな。右足を前に突き出し、しっかりと踏みしめている。
「何で右手と右足が一緒に出てるんだよ」
パトリックが嘲笑うように僕に指摘した。
「こ、これが僕のスタイルだ。お前みたいなね炎属性が怖いからじゃないぞ」
「それ怖いって意思の裏返しですか?」
「うるさい!」
「レディー、ファイト!」
審判の宣言とともに、重々しく鳴り響く鐘が、戦いの始まりを告げた。パトリックはからかうように杖を向ける。僕は一瞬ギョッとした。
「ジェットストリーム!」
僕は技名を叫ぶとともに、とっさに杖の先端の水晶玉から、弾丸のように水の光線を放った。パトリックはひらりとかわそうとするが、水の光線は彼の動きにシンクロするように軌道を変え、命中した。パトリックが思わずフィールドを転がる。濡れた体で砂地を転がったので、彼のコスチュームはあっという間に泥まみれだ。
「み、見たか。ドラゴン・エクスター・アクアが放つ水攻撃は、魔法で迎撃しない限り避けられないんだぞ!」
僕はここぞとばかりにアクアの特殊効果を自慢した。
「そんなことぐらいわかってるよ! DSウェーブ!」
堂々と技名を宣言したパトリックの杖から、赤々と睨む杖とは裏腹な、闇色の煙が勢いよく噴き出した。僕は逃げ出そうとしたが、躓いて転び、そのまま地面に伏せた。煙を吸ってはいけないと、必死で顔を伏せる。僕の背中を通り抜ける煙は、不快極まりない熱を帯び、風のように通り抜けていく。
「立ちな」
パトリックの挑発の声につられるまま、僕は立ち上がろうとした。そのときには、やつはなおも杖を差し向けていた。
「コロナ・ビーム!」
杖の先から浮かび上がったコロナのようなエネルギーが、光線となって僕の腹にめり込んだ。
僕は宙を舞い、コロシアムの砂地を二度跳ね、転がった。
「コロナ・ビーム、もう一発じゃあ!」
無慈悲な二発目は、転がって返す。僕はとにかく技を出さねばと必死の思いだった。
「これでも食らえ、忌まわしき炎の使い手よ! ボルドー・キャノン!」
苦し紛れに、ボルドー・キャノンを放った。その威力やジェットストリーム以上、まさに鉄砲水が僕の杖から飛び出した。水属性の僕ならではの、大技の一つだ。
「トルネード・フレイム!」
パトリックは、非情にも炎の竜巻を放った。自身が炎であるのを知ってか知らずか、堂々と鉄砲水にぶつかり、受け止めんとしている。そうはさせるか。僕は杖に力をこめ、盾がわりの燃え盛る竜巻にボルドー・キャノンを浴びせ続けた。
頑張れ、ボル……えっ、ちょっと待って! 何で炎なのに水を押しのけてこっち来てんの!
「やめてやめてやめて!」
「ズガアアアアアアアアアアン!」
ゴーレムの拳に打たれたかのように、僕は天高く舞い上がった。僕どころか、ボルドー・キャノンも、あの灼熱の災いの前では無力だった。奈落の底に突き落とされる思いのまま、僕の体は木の葉のように舞い続けた。そうかと思うと急激に真っ逆さまに堕ちていく。
「ズドオオオオオン!」
「ぎゃああああああああああ!」
観客の悲鳴が間近に聞こえた。僕は歪な形のものに激しく叩きつけられる。地面ではなく、客席に叩きつけられたのか。それを確かめる間もなく、薄れ行く意識が消えた。
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