5/2 悪魔と堕者/きみのために


 ガリガリガリ―――――。


夜も更け、町では小さい子供たちが親に寝かされている頃、グリードは町から外れた森の中を歩いていた。


 ガリガリガリ。ガリガリガリ。


 彼が歩く度に削れる音が響き、足跡と一緒に地面が線を描くように削れている。

 音の出所は右手に持った剣だ。

 剣の刃先を地面に付け、引きずるように歩いているのだ。


 ガリガリガリ。ガリガリガリ。


「“巡れ巡れ、輪の中で。まわれ廻れ、円になれ”」


 不意にグリードは歌うように言葉を唱える。


「“無限に続く、丸ひとつ。廻せ廻せ、終わり無く”」

「“辿れ辿れ、渦の中。見渡す先に始まりは無く”」


「“続き続く輪廻のように。行き着く先も、見当たらず”」

「“全ては円環より帰結され、ことわりへと成り変わる”」


 ガリガリッ―――。

 削る音が途切れた。


 グリードの視線の先にある地面には、僅かに曲線を描いた線がある。

 描き始めた場所と、そして描き終えた場所が繋がった。

ある場所を中心に描いた、これで『○』が出来上がったのだ。


 ――これで仕込みは万全だ。


口角をつり上げて笑みを浮かべたグリードは、そのまま円の中心地――ノーティスたちが野宿してる場所へと足を向けた。




「―――思ったより早い到着じゃねーか。こっちとしては有り難いけどな」


 グリードが姿を見せると、金髪の少年ノーティスと黒いおかっぱの少女レマはすでに武器を手に待ち構えていた。

 ノーティスは剣を。レマは細剣と魔石を。


「しかも今度は素顔丸出しかよ。……ははっ! 生きて返す気はねぇーってかぁ?」


 冷笑する少年の碧い瞳がチリチリと敵意に満ち、周囲にも張り詰めた空気が漂う。


「【デュランダル】の派遣員ノーティスとレマ、だったか」


「分かっていて確認する意味はある?」


レマの冷たい、突き放すような口調に首を横に振ると、グリードは口を開いた。


「意味はないな。……ただ、聞きたいことがあるんだけど―――どうしようか。聞く気がないなら、今すぐ殺し合いしても良いけど」


「「……」」ノーティスとレマが戸惑うように顔を見合わせた。

 それはそうだろう、戸惑うのも無理はない。俺は彼らの情報をある程度掴んでいて、そして彼らを殺すためにここまで来た。すぐにでも殺し合いが始まると思っていたはずだ。


 だけど情報屋アークから聞いてもピンとこなかった情報があった。


「お前ら機関の目的は悪魔討伐と“堕者”の解放と聞いた。“堕者”は悪魔と契約した人間――で合ってるよな」


「……そうだ。テメェみたいに悪魔に唆されて、私利私欲のために契約した哀れな人間のことだよっ」


「ノーティス、煽りすぎ」レマに注意されて、威嚇するように犬歯を剥き出しにしていた少年は拗ねたように口を閉ざした。

 ――“堕者”、ねぇ。


「じゃあ、堕者の解放って何」


「……アークから聞いてないの?」


「救い上げる、とか言ってた。でも方法とか具体的なことは知らなかったようだから」


「…………、堕者とは、そもそも悪魔から人としての道からひきずり落とされた者のことを言う。悪魔との契約を白紙に戻して、再び“人”としての道に『掬い上げる』ことが、解放」


『掬い』は――『救い』か、なるほど。


「それ、余計なお世話とか言われない?」


「どうだろう、きみはそう思うのかい?」


「俺みたいなやつが堕者だって言うなら、お前らの言う解放は救いではないな。そもそも考え方が間違ってんだよ」


「考え方が違う?」ピンとこないのか首を傾げるレマに首を振る。


「もういいよ、お前らが掲げる偽善的な正義は今ので理解した」


 個人的な好奇心はここまでだと切り替え、グリードは剣を構えると殺意を剥き出しにした。


「―――じゃあ、殺すか」


 その一言で二人が警戒し構え直すと、グリードは地を蹴って一気に接近する。


「っ、神父のくせに物騒なヤツだな! 崇めてる神様も呆れてんじゃねーの!」


 ガキンッと剣の刃がぶつかる。

 碧い瞳がまっすぐグリードを睨みつける。


「あいにく俺は神様なんてマボロシ信じてないんでね」


 ぐっと力を入れるとノーティスは驚いたように目を丸くし、すぐに剣を引いて下がった。


「――やっぱり悪魔から力を与えられてるみてぇーだな」


 剣技の習得はさすがに一朝一夕で覚えられるものではないので、純粋に身体能力だけを魔力で向上させてある。そして剣自体の耐久値も。

 さっき剣を合わせたとき、ノーティスの剣をへし折ろうとしていたのだが……さすがにバレたようだ。


「魔石のチカラ、解放せよ!【フォル・ウォーター】!」


 ノーティスの後ろに隠れていたレマが魔石を細剣に当て、その剣先をグリードへと向けると、そこから勢いよく水の渦が襲いかかってきた。それをしゃがんで避けると、目の前にすでにノーティスの剣が振り上げられるところだった。


 避けきれない!

 咄嗟に体を引くと、左肩から血しぶきが上がる。


「レマ! 押し切るぞ!」


「分かってる」


 体勢を崩して地面を転がったグリードに、ノーティスは肉薄しレマは再び魔石と細剣を合わせて【フォル・ウォーター】を唱える。


「―――」


 やっぱり普通に戦ってれば、敵わないか。

 グリードは両手を地面につけ、一気に魔力を注ぎ込む。



「“結ばれた・・・・の中心に・・・・、地獄を一つ咲かせよう。――乱れ咲け、ヤツデノベニバナ”」



 ぐわっ! と、グリードと二人の間に割って入るように。

 地面から真っ黒な右手・・・・・・が生えてきた。


「っ、な、ぁ!?」


 勢いをそがれたノーティスは、突然生えてきたその右手・・を警戒して一度後ろへ下がり。右手に水の渦がぶつかって魔法を台無しにされたレマは舌打ちし、再び剣先をグリードへ向けようとしたが。


「――何、これ」


 愕然として周囲を見回せば、大きさが様々な黒い右手があちこちから生えているではないか。

 そうしている間にも地面から黒い右手が生え、二人は身を寄せ合って警戒する。


 その姿を愉快そうに笑みを零し、グリードは指をパチリと鳴らす。

 直後――黒い右手の指先に、更に何かが生えるのが見えた。


 それは花火が開いたように球状に紅い花が咲きほこる。


 一気に噎せ返るような、甘く、毒々しいニオイが周囲に充満した。


「なんだ、これ!」あまりにもキツいそのニオイに、二人が服の袖で鼻と口を塞ぐ。

「ヤツデノベニバナだよ。――地獄に咲く花らしい」


 マザーから聞いただけだから実際の形とニオイは少し違うかもしれないが、それでも綺麗な景色だなと嗤う。


 ――シルビアが見たら、同じように綺麗だと感動してくれるだろうか。

 ふとそんな考えが過ぎった。


「地獄の花だかなんだか知らねーけど、植物? だって言うなら刈り尽くせば問題なし!」


「魔石のチカラ、解放せよ!【ネード・ファイア】!」


 剣を振って黒い右手――ヤツデノベニバナの茎を切り落とすノーティス。そして炎の魔法で燃やし尽くそうとするレマ。


「……」


 グリードがゆっくりと左手を挙げると、無事だったヤツデノベニバナの花がふわりと上空へ浮かび上がる。

 それに気付いた二人が空を仰ぎ見、そしてグリードは挙げた手を振り下ろした。


 空に浮かんだ紅い粒のような小さい花が、二人目掛けて一斉に落ちてくる!


「【ハイド・ウォール】!」


 何かを感じ取ったレマが咄嗟に障壁魔法を使ったが――――――


「っっっぐぅ!?」

「っ”あ”あ”ぁっ!?」


 魔法が間に合わず、少量ではあるが降り注いだ花に触れた二人が悶えるように呻き、膝を折った。


 花のニオイとは別に肉が焼けるようなニオイと、ジュゥゥウウウという音が聞こえる。

 実際彼らの体は、花が触れたところだけ溶けたはずだ。服を、肌を、肉を、骨を溶かしたはずだ。

 その痛みは死にたくなるほどの痛みだろう。


「あぁ残念。今のでお前らは死ぬと思ってたんだけどなぁ」


 レマの魔法が想像以上に種類に富んでいて、厄介だ。だけどすでに立っていることすら困難な彼らの姿を見れば、大して問題には感じられない。


 グリードはゆっくりと二人に近づき、剣を適当に構えた。


「じゃあ、今度こそ―――死ね」


 剣を支えにしゃがみこむノーティスの心臓目掛けて剣を振りかぶったとき。




「―――お兄ちゃん!!」




 少年の胸を剣で突き刺す直前、ピタリと動きを止めた。

 ――俺がこの声を聞き間違えるはずがない。


 なんで、どうして。


 疑問が頭いっぱいに浮かび上がる中、俺は後ろを振り返ってその姿を確認する。


「もう、止めて。お兄ちゃん」


 涙でぐしゃぐしゃになった、可愛い可愛い妹の姿。


「シルビア…………」


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