4/2 バケモノ/きみのために


「“巡れ巡れよ循環たる輪廻の流れ。辿れ辿れよ輪廻の渦。――囲め、遮断の檻”」


 椅子に拘束された一人の男に向け、グリードは人差し指で『○』を描きながら唱える。すると、彼の足下からシャボン玉のような球状の薄い膜が広がり、男の姿をすっぽりと覆った。


「こ、こんなことして――ただで済むと思っているのか! 悪魔の下僕め!」


 窪んだ目をギラつかせて喚き立てるこの男は、本来数日前にノーティスたちが会うはずだった情報屋アークである。マザーについての情報を引き渡そうとした、愚か者だ。


 以前とっ捕まえて、とある建物の地下に放っておいていたのだ。


「うるせぇな……」こんなに喚くなら歯の2,3本でも折っておくべきだったなと思いながら、グリードは部屋の隅にいた一人の黒づくめの女を一瞥し、それからアークの前に置いてあった椅子へ自分も腰掛ける。


「あんまり大声出さない方がいい。その膜みたいなの、音以外は一切遮断してるから。空気も有限だよ」


「っ!――こ、……殺すなら、殺せよ。おらぁ、情報屋だ。戯れ言はほざいても、情報は吐かねぇ。どんな拷問だって俺の口が割れる保証はねぇぜ?」


 ……こんな状況でも憎たらしく笑みを浮かべるその根性は買うけど、手足も声も恐怖で震えてる。本当に愚かな男だ。喧嘩売る相手を間違えた、頭の悪い男だ。


 俺は懐から一枚の紙を取り出し、それを読み上げる。


「情報屋アーク――本名アークリッド・イーサ。北方の町ノエル出身。現在32歳。家出同然で故郷を出て、それから各地の町を転々としながら商人をやっていてたが、情報を商品した方が稼げると気付いてからは情報屋へ転職」


「…………さすがに、それくらいは調べがついてるか……」


「最近ははぶりが良いみたいじゃないか。よっぽどの上客・・がついたんだな」


「俺にはどの客でも上客さ。小さな出来事でも大金はたいて内情を知りたがるヤツがごまんといる世の中だからなぁ」


「なるほど、確かにその通りかもな」


「だろ?」


「―――――ミィーナ・クレアって女の子、お前知ってるよな?」


 グリードの口から出た少女の名前に、アークの顔色が一気に青ざめた。

 ミィーナ・クレア。

 マザーの屋敷で、メイドとして仕える――シルビアのお友達の女の子だ。


「この町に来てからだったな、商人から情報屋へ転職したの。不思議に思ったんだよ。――人ってさぁ、その人にとって大きな決断と覚悟とかすると、『痕跡』が残るんだ。今までのその人らしくない挙動って言えばいいか? そういうのは大体、誰かから『違和感』として覚えられるもんなんだよ」


「――――」


「お前が故郷を出たの、17歳のときだったっけ?……その頃付き合ってた彼女孕ませておいて、自分は責任から逃げて逃げて――そして、どんな因果か出会ってしまった! 捨てた彼女が産み落とした、血の繋がった我が子に!」


 グリードは両手を広げて芝居がかった口調でアークに畳み掛ける。


「逃げ続けながらも気にしてたんだろう? 気がかりだったんだろう? 忘れられなかった。だから彼女の面影のあるミィーナちゃんが我が子であることを、一目見て気付いたんだ!」


「ち、ちが、」


「情報屋になったのもミィーナちゃんと彼女のことを知りたかったからだろ? 今どんな生活しているのか、豊かに幸せに暮らしているのか。………でも、そのせいでお前は余計なことを知った。知りすぎてしまった。愚かな男だな、アーク」


 窪んだ眼光がグリードを睨む。その視線から溢れんばかりの殺意を感じ、グリードは思わず笑みを浮かべて嗤った。


「そうだ、アーク! お前のために今日はゲストを用意したんだった」


「―――っ、ま、まさか!」


 再び青ざめるアークを尻目に、グリードは自分から見て左へ向き、指をパチンッと鳴らす。


 何もなかったはずの場所が陽炎のように揺らめいたと思うと、少しずつ何かが見えるようになっていく。不安と疑心から凝視するアークは、顕わになり始めたそれ・・に「―――ひ、ぃっ!?」と情けなく悲鳴を上げて仰け反った。


「そんな態度は酷いんじゃないのか?――仮にも、血の繋がったご両親相手に」


 グリードの左隣に現れたのは、二人の老夫婦。どちらも全身の穴という穴から血を流し、抉れた肩と足は肉と骨が見え、胸には何度も剣で刺された痕があった。


「何度も呼んでたよ、アークの名前。助けてー、助けてーって。もうずいぶんと会ってないはずの息子の名前、なんで呼ぶんだろうなぁ? 家も捨て、故郷も捨てた親不孝者のせいで、こうして苦しんで死ぬことになったのに」


「親父、お袋………っ!―――ぉ、前はぁ!」涙を流しながら興奮する彼に「じゃあ、続いてはこちらのゲスト!」と今度は右隣を向いて指をパチンと鳴らすと、先ほど同様に陽炎のように揺らめく。


 今度は――人影は一つだった。


「―――あー、く……? アーク、なの……?」


 赤い長髪の女性が、手足を拘束されたまま床に転がされていた。


「マーニヤ!」ガタガタと繋がれた椅子ごと動くアークに失笑しつつ、グリードは椅子から立ち上がると彼女へ近づく。


「アークに捨てられた、哀れな彼女さん。相手の男のことを必死に隠して守り、家族から縁を切られ、一人で娘を産んで育てた立派な女性だ。――でも、貧しさは心を弱くさせる。そこにつけ込んだ悪い男に騙されて借金を背負い、売春宿に売られて娘とも離ればなれになった……。本当に可哀想な人だ」


 マーリヤの顔の近くにしゃがむと、グリードは唐突に彼女の左目に指を突き入れた。


「づぅあ”あ”あ”あ”あ”ぁぁあ”あ“ぁ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁっ―――……!!!!」


 よっぽど痛かったのか、叫ぶように悲鳴を上げたマーリヤの顔を「うるせぇよ」と何発か殴って黙らせる。その間アークが何か喚いていたが、それは無視した。


「ねぇ、今度は右目潰すつもりなんだけど、うるさいから先に喉潰した方がいいかな?」


「たひゅ、たひゅけて……あーく、」


 いたい、いたいよぉ、とマーリヤがすすり泣く。


「止めろ! 彼女は俺と関係ないだろ! 話す! 話すから! 全部話すから! 止め―――止めろよぉぉおおおおおおお!」


 ガタガタと椅子がうるさい。

 それでもグリードは止めなかった。


 彼女の喉を潰し、次に右目、鼻をへし折って、ナイフで歯を抉って抜き、爪を剥いで、剥き出しになった指の肉を火で炙り―――失禁したあとに白目を剥いて気絶したマーリヤの胸を5回くらい剣で刺し、そこでグリードは一息吐いてアークの様子を見る。


 ぜえぜえ荒い息を零し、口から涎を垂らしながら、涙を流し続ける虚ろな目でマーリヤだけを眺めていた。


膜の中の空気が減っているのか、だいぶ苦しそうだ。……人は呼吸が満足に出来ないと、思考を停止させるらしいから、良い感じに出来上がったな・・・・・・・、と嗤う。


「なんで……なんで止めなかった。おれは、はなすって言った………」


 グリードを責める言葉に、はて、と首を傾げる。


「話すと言って話してくれなかったじゃないか。――まぁ、まだ次はいる。今度はミィーナちゃんを」


「どくりつきかん、デュランダル―――だ」


 連れてこよう、と続けるはずの言葉は、アークの言葉によって遮られた。


 それからアークは必死に、自分が知ってる情報を全て吐いてくれた。


 マザーから聞かされていた内容もあったが、真新しい情報も手に入れられ、グリードは満足そうに笑みを浮かべてアークの心臓に剣を突き立てると、地下室を後にした。






 一度屋敷に戻ってマザーに報告し、それから今日こそシルビアと話をしようと意気込んでいたら、シルビアは町へ散歩に行ったと聞いて屋敷を出る。


 ……最近シルビアの様子がおかしい。


 今までは「お兄ちゃんお兄ちゃん」と愛らしい子犬のように寄ってくるシルビアが――ここ数日、俺を避けている。


「なんか嫌われることを俺はやってしまったのか……、或いは思春期か………」


 女の子に必ず訪れるという「パパ嫌い」時期。それが兄である俺にも適用されるかどうかは不明だが、もしシルビアが「お兄ちゃん嫌い」なんて言うようになったら――――。


「俺は一体どうすれば……!」


 頭を抱えて蹲るグリードを、行き交う人々が怪訝そうに避けて通る。

 そして突然グリードは顔を上げ、辺りを見回す。――かすかに、シルビアの声が聞こえた気がしたのだ。


「! シルビア―――と、あいつら……!」


 声が聞こえた方を見れば、シルビアに何か話かけてる二人組の男女がいた。――忘れもしない。グリードが殺し損ねた、ノーティスとレマだ。


「……あの様子なら、シルビアと俺を結びつけてはいないみたいだな……」


 だが、時間の問題だろう。

 彼らは専門家・・・なのだから、油断してやれるほど侮るつもりはない。


 情報は得た。

 マザーから力も貰った。

 準備は整った。


 あとは――――殺すだけ。


 シルビアがミィーナと共に屋敷への帰路につくのを見送ってから、あの二人組を警戒しながらグリードは転移魔法を使って屋敷に戻った。


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