4/3 バケモノ/現実逃避
「一足遅かったみたいだね」
レマの言葉に頷くことなく、ノーティスはとある建物の地下室で横たわる、数体の亡骸を見て、ギリッと奥歯を噛み締めた。
石造りの壁に覆われ、濃い血のニオイが充満するその部屋は、少し肌寒い。
しかし亡骸たちの無惨な姿に、彼は胸の内がどす黒い炎が湧き上がるかのように少し暑く感じた。
「……アーク」
情報屋アーク。本来ならノーティスたちがあの日、会う予定だった男。
彼から少し離れたところに、一人の女性と年老いた男女が転がり、その3人がアークとなんらかの関係がある人物だったのだろう。……アークは、もしかしたら情報を吐いたかもしれない。
二人は一度地下室から出て、今後の方針を話し合うことにした。
「レマ。確か本部は次の
「相手はかなり大物の悪魔である疑いが強いからね、慎重になってるんだと思う」
3日前にきた本部からの連絡では、一度は撤退の言葉も上がったようだが、そこはレマが食らいついて“助っ人要員が派遣されるまで待機”にしてもらったようだ。
「向こうが自分らの情報掴んだとすれば、すぐにでも仕掛けてくる可能性があるな……」
「助っ人が来るまであと数日はかかるだろうしね」
かなり後手に回っている状態に、ノーティスは溜め息を吐く。
……こっちはマザーの情報すら全然掴めていねぇーのに。
「でもノーティス、逆にチャンスだと思うよ」
「へ?」
なんで? と視線で問えば、無表情に僅かに笑みらしき雰囲気を浮かべた彼女は言った。「だって、これでマザーと“堕者”は確実にボクらを仕留めるために動いてくれるから」
「た、確かに」
「早ければ今晩中にでも来るかもね」
あっちから来てくれるなら、ありがたい。
……それにあの神父服の“堕者”。悪魔から力をもらっているわりに、剣は扱い慣れていないのか弱かった。
――返り討ちにしてとっ捕まえ、“堕者”を証拠としてマザーが悪魔だと立証出来れば……。
「さすがレマさん! 知謀戦略はお手の物ですね!」
「何、その口調……。大体あれくらい誰でも思いつくよ」呆れ顔で返されたが、自分には思いつかなかったんだから、やっぱりレマはすごい!
とりあえず潜伏してる宿だと巻き込みかねないので、この町に来た初日と同じく野宿が決定し、腹ごしらえしてから町を出ることになった。
「よっしゃー! なんかやれる気がする! なんでも出来る気がする!」
「確実に気のせいだね」
方針が決まって興奮する自分に、クールなツッコミをするレマ。
こういうのは気持ちが大事だと思う! そうレマに意気込んで話していたのが悪かったのだろう。ドンッと誰かとぶつかった。
「ごめんなさい!」
「こちらこそ、ごめん―――――あ、あのときの……メイドさん?」
頭を下げて謝罪してきたのは、以前噴水の前で出くわした少女だった。
今回はメイド服姿ではなかったが、桜色の瞳とサラサラな黒髪……純粋無垢そうな可愛らしい顔立ち。
間違いない! あの子だ!
凝視するノーティスに怯えて後退る少女に気付き、レマが渾身の一撃(拳骨)をノーティスの脳天にお見舞いする。
「怖がらせてどうする」
「ぅっ、い、痛ぇぇえええええっ!」泣き叫ぶ彼をどかし、レマが「ごめんね」と謝る。
「コイツ頭おかしいから気にしないで。――ボクの名前はレマ。君は?」
頭おかしいって、ひでえ! でも名前聞くのはグッジョブ!
「し、シルビア、です……」
「――シルビアちゃんっ! なんて可愛いらしい名前! 自分はノーティスって―――ぶっ」
いてもたってもいられずに割り込むと、次の瞬間には鈍い音と共にノーティスは地面に転がり、レマの革靴が彼の頭を押さえるように踏んでいた。………あのぉ、痛いですよレマさん。こめかみに靴の踵がのめり込んで――いたたっ! 痛い!
「……何度もごめんね。シルビアさん、君に聞きたいことがあるんだけど、少しだけ時間大丈夫かい?」
「え、……あ、はい」この状況に戸惑いつつも、シルビアちゃんが頷く。うん、可愛い。
「君はこの町の領主マザーのことは知ってる?」
「は、はい。私、マザーの屋敷で働いてるので……」
「そう」レマと名乗った少女は、目を細めた。
「町の人たちはみんな、マザーに感謝してるそうだね」
「―――そうですね。数年前まで、この町は地獄でした。それを変えてくれた方ですから」
「……。もし、マザーが人間じゃなくてバケモノだったら?」
「おい、レマ!」
ノーティスが慌てたように声を荒げたが、シルビアは少しの逡巡の後「バケモノは倒されるべきだと、私は思います」と、はっきりと答えた。
それからシルビアちゃんは友人と一緒に帰っていったのだが……
「シルビアちゃん、マザーの屋敷でメイドしてるんだ………」
「町の人たちとは少し違う反応だったね。彼女はマザーに妄信的ではないみたいだ」
「自分らが悪魔を倒したら、恨むかな」
「どうだろうね。……少なくとも感謝されることはないんじゃない」
「―――バケモノ、か」
その言葉で思い浮かんだのは、今まで倒してきた悪魔――ではなく、フリックを殺したあの神父服の“堕者”だった。
……やつがフリックに何かしていたのは、おそらく『魔法』だろうとレマは言っていた。
あんな魔法、自分もレマも今まで見たことなかったし、あれは魔法というよりも―――まるで『呪い』だと思った。
だけどやつは“堕者”だ。バケモノじゃない。
「バケモノ倒して一件落着だったら、どんなに良いんだろうな」
「現実は小説じゃない。事件が終わっても、死ぬまでボクらの未来は続く。――現実逃避したい気持ちは分かるけど」
そうだよなぁと苦笑しながら、ふとノーティスは「………レマ」と呟くように呼びかける。
「何」
「お腹、空いた」
「……………………………………………」
ぐきゅるる、と腹の虫が空腹を訴える。
さっきまでのシリアスな雰囲気をぶち壊し、食欲に飢える視線を向けてくるノーティスに、レマはなんとなく鳩尾を狙って右拳を放ったのだった。
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