5/3 悪魔と堕者/説得


全身の激痛に悶え冷や汗を滲ませながら、目前に迫る『死』に奥歯を噛み締めたとき、この場に全く似つかわしくない少女――シルビアが現れた。


 お兄ちゃん――、と。


 神父服の男を、そう呼んで。


「魔石のチカラ、解放せよ。【フォレス・ヒール】」


 シルビアの登場に動揺しているのはノーティスだけでなく、神父の男もそうだ。その隙にレマが回復魔法を使い、男に気付かれないよう距離をとる。


「……シルビア、お前、なんでここに―――」


「もう止めてお兄ちゃん!――私、マザーから聞いたの。マザーが悪魔だってことも、お兄ちゃんが自分を犠牲にしてることも! そんなこと、私望んでない!」


「っ」男の顔が曇る。「なら、またマザーがいないあの時間に戻るのか? 地獄の日々を送るのか?」


「違う……違うよ! 戻らないよ! この町はもう復興してる。もう寂れた町には戻らないよ」


 しかし男は首を横に振り、それからノーティスとレマを一瞥した。


「………『夢』は『夢』のまま、覚めれば二度と同じ夢は見れないんだ」


 ―――夢?

 男の引っかかる言い方にノーティスは眉を顰め、男は一つ溜め息を吐いた。


「シルビア、帰れ」


「イヤ。……お兄ちゃんも、一緒じゃなきゃ……イヤ」


「………」


 震えながら懇願するシルビアに、何も言わない神父の男。

 これ、自分らお邪魔な感じ? とレマに視線で問えば、彼女も似たような顔をしていた。


 だがこのまま撤退しても良いのだろうか。

 男はともかく、シルビアは明らかに一般人だろう。二人のやりとりを見ていれば分かる。少女一人残して逃げるわけにはいかない。


 ………それに。

 この二人の会話から、問題になるのはたった一つ。――マザーが来る前の生活に戻りたくないというのが“理由”なのだとすれば……説得出来るのかもしれない。


「――あー、あの、一つ提案しても良い?」


 レマが真性の馬鹿を見るような眼差しを向けるのが分かる。

 神父服の男の殺意がこもった眼差しも、シルビアちゃんの「お兄ちゃん以外に人いたんだ」的な驚きの眼差しも、自分の心をボコ殴りにするような視線に……めげそう。


「そこの神父のお兄さんは知ってるだろうけど……自分らは独立機関デュランダルの人間なんだ」


 正式名称と肩書きは『対悪魔殲滅軍事独立機関デュランダル 東南大陸支部戦闘派遣員』とかあるのだが、そこはどうでもいいので省くとして。


「悪魔を倒し、被害者を保護する仕事でね。この町に来たのもそのためなんだ。――デュランダルはこの町を庇護することも、悪魔との契約も破棄出来る。二人に新しい、普通の日常を与えることだって出来るんだ!」


 これは事実だ。実際、それだけの力をデュランダルは持ち合わせている。


「誰も犠牲にしなくて良い。誰も悲しむこともない!………だから自分らを信じて欲しい。必ず悪魔を倒して―――」


 シルビアの瞳が希望の光を見つけたように輝く、が。神父の男が彼女に向けて『○』を描いて呟くと、少女は唐突に脱力して倒れかけたところを男に抱え上げられた。


「ちょっ、アンタ!」


 人の話聞いてたのかよこいつ! 自分らが悪魔を倒せば、問題なんて何一つ解消出来るって言ってんのに!


「お前らにマザーは倒せない。そして俺が倒させない」


「なっ!?」


「――――マザーは俺たちを助けてくれた。例え悪魔であっても、マザーは俺の願いを叶えてくれた。……何も知らないで、何も理解しようともせず、俺たちが大切にしてたものまで壊すなら、」



 お前らのしてることはオズワルド前領主と変わらない、ただの圧政クズ行為だ。



 そう言い残して、男はシルビアを抱えたまま消えた。


「ノーティス、説得は出来ないって分かってたはずだよ」


 暫く様子を見ていたレマが言った。

 ……レマの言うとおりだ。“堕者”は望みがあるから悪魔と契約し、それを叶えてくれる悪魔に依存しやすい。だから“堕者”相手に説得なんて、ほぼ無理なんだ。


 分かってる。分かってるけど……!


「……あの男、シルビアちゃんには態度違っただろ?」


「そうだね。さっきまでボクたちを苦しめてた男とは思えないくらい、“お兄ちゃん”だったね」


「悪魔だけに依存してないなら、もしかしたらって思ったんだよ……」


 あの男はきっと、シルビアちゃんを守るために悪魔と契約してる。ならば他に守る手立てがあれば、こっちに傾いてくれると思ったんだけど……読み違えたようだ。


「ともかく、今回の件で実力差が堕者の優勢だと分かったし、本部の言うとおり助っ人がくるまで待機だね」


「まぁ、あっちもすぐには襲ってくることはねぇーだろうし、それしかないか……。幸い悪魔の正体がマザーだってことは確証とれたし」


 ガリガリと頭を掻き、それからふと気付く。


「――なぁレマ。今回のことって本部に連絡するよなぁ?」


「それはもちろん。報告連絡相談ほうれんそうは社会人の常識だからね」


「ついでにさ、あの男の魔法、本部に調べてもらおうぜ」


 ああ、とレマが頷く。

「そうだね、こんな魔法見たこと無いよ」と周囲を見渡す。


 そこには魔力の供給を切られて萎びた、あの黒い右手が大量に生えたままだった。


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