6 迷子の兄妹


「――さあ、まずはこの世界の“不条理”から、教えてあげましょう」


 あの夜、マザーは言った。

 真っ黒な翼を広げ、無知であるシルビアに。


「アタシは悪魔なの、シルビア。そして、グリードはアタシと契約して“全てを捧げた”」


 あ、くま?

 すべて?


「そう、全て。あの子は――グリードは、君のためにアタシのモノになったのよ?」


 私のため?

 ……私の、せい?


「前領主、オズワルド。教会の神父にして領主だった男。あの男を殺したのはグリード。そして、教会の地下を埋めたのも、グリード。それからは、もっともっとたくさん殺したわ、ねぇ」


 ちがう。

 お兄ちゃんは、そんなことしない!


「――でも、そのおかげでこの町に巣くっていた膿は排除された。だからアタシが領主となり、アタシの“力”を使って………まるで“夢”のように、町が綺麗になったでしょう?」


 お兄ちゃんを唆したのは、マザーだ……!


「綺麗なガーデン。シルビアが普通の生活を送れるようにと、グリードが望んだ夢の町」


 私のせいじゃない!


「グリードはこの町を維持させるために――アタシを殺そうとする者も、真実を知ろうとする者も、みんなみんな殺したの」


 マザーが!


「――そう、アタシがあの子の願いを叶えているのよ?」


 願い。

 お兄ちゃんの、願い。


 私を守るために。

 自分を犠牲にしてまで。


 お兄ちゃん………

 お兄ちゃん……………

 お兄ちゃん…………………


 ……………………

 ……………

 ………


 目を覚ましてベッドから起き上がれば、ここが自分の部屋であることに気付いた。

 カーテンから差し込む朝日の光が眩しい。

 隣のベッドではまだミィーナがすやすや寝息を立てて眠っていた。起こさないようにそっと部屋から抜け出し、まだ人気が無く冷たい廊下を歩く。


「お兄ちゃん」


 呼んでも、来ない。

 くるわけがない。


「お兄ちゃん」


 ―――ねぇ、私のせい?


 お兄ちゃんが人を殺していたのも、これからも殺すことも。

 お兄ちゃんがマザーのモノであることも。

 全部全部、私のせい?


「おにぃ、ちゃん……っ」


 足を止めてしゃがみこむ。

 湧き上がる感情に押しつぶされそうで。苦しくて。苦しくて。


「っ、ぅ……うう~、ぅああっ、……ぁあああっ」


 どうして一緒にいてくれないの、お兄ちゃん。


 ――私は、ただそれだけでいいのに。


 ボロボロ溢れる涙を、嗚咽を、我慢できずに出し続けた。



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