6/2 迷子の兄妹/きみのために


 魔法で眠らせたシルビアを部屋のベッドに横たわらせると、グリードは彼女の頭にそっと触れて撫でた。


「……ごめんな」


 シルビアが望んでいることはこんなことじゃない。……それは分かっているつもりだ。

 それでもシルビアを守るためには、こうするしかない。


 だけど、改めてシルビアに言われるのは―――痛い。


「あれ、シルビアちゃんのお兄さん……?」


 しばらく静かにシルビアを撫でていると、不意に隣のベッドからミィーナが起き上がった。


「悪い、起こしたか?」


「いえ、大丈夫ですよ。……今の時間までお仕事だったんですか?」


「……ああ」


「大変ですね。お勤め、お疲れさまです」


 屈託無く笑うミィーナに、目を逸らして「ありがとう」とだけ返し、これ以上は睡眠の邪魔だなと部屋を出ようとしたとき。


「あの!」


 引き留めるようにミィーナが声をあげ、グリードは振り返った。


「シルビアちゃんと、ちゃんとお話してあげてください。……逃げられても掴まえて。思ってること、考えてること、話すべきだと思います。

 私にはグリードさんの仕事とか、考えとか分かりませんけど………でも、誰もがいつも側にいられるわけじゃない。一緒にいてあげられるわけじゃない。だから気持ちは『そのとき』に伝えないと―――後悔するんです」


 シルビアと歳が一つしか違わないのに、彼女の言葉はやけに大人びている。

 それはすでに家族と別離し、一人で生きていく覚悟を持っているからなのかもしれない。


 ―――彼女の両親を殺し、もう二度と会えなくしてしまったのは俺だけど。


 しかし、だからこそ彼女の言葉は心に響くのかもしれない。


「分かったよ。ありがとう」


 柔らかな笑みを向け、今度こそ部屋を出る。


「………」


 ―――ミィーナの言うことは、きっと正しいんだと思う。

 でもな、俺にも覚悟してることがあるんだよ。


 廊下の窓を見れば、そろそろ夜も明けようとしている。

 その前にと、グリードは自分の部屋へ急いで戻った。






「マザー、説明してよ」


 乱暴に部屋のドアを開ければ、待っていたとばかりに優雅にソファへ腰掛けるマザーの姿。


「不機嫌そうね、グリード」


 当然だろと吐き捨てながら、向かいのソファへ座る。


「シルビアがアタシのところに来て、そしてグリードのことを聞かれたから」


「それで話したってわけ?」


「口止めされてないもの」


 聞かれたから教えるような、そんな簡単な話じゃない。だがマザーは人間とは感覚の異なる悪魔。グリードの事情を慮る必要は、確かにないのかもしれない。


 ――けど!


「タイミングは考えてよ。俺、また殺し損ねた。――しかもシルビアの兄だってバレるし。マザーが悪魔だってこともバレた」


 最悪だ! と頭を抱えると、ふふふとマザーが笑う。


「それは大変、ねぇ?」


「他人事じゃねーよ……」


 大きく溜め息を吐いて、ソファに全体重を預けるように凭れる。


「このままだと【デュランダル】の連中が押し寄せてくるかもよ」


「アタシを殺しに?――それは愚かね」


「俺もそう思う。でも、この町は“終わる”かもしれない」


「そうねぇ。それも良いかもしれないわよ?」


「――――馬鹿なこと考えるなよ」


 キッと睨めば、彼女は嬉しそうに笑みを深めた。


「アタシは悪魔。君だけの悪魔。―――グリード、アタシは君の願いを叶えられる存在よ?」


マザーは『手段』であり『答え』にはならない。そういうことが言いたいのだろう。

 望めば叶える。叶えてあげる。だから何を望む? と。


「……」


 シルビアにも、デュランダルの二人にも全てがバレてる。


 シルビアに関しては、もうなるようにしかならない。下手に誤魔化しても溝が深まるだけのような気がする。


 ……あの二人はどうしよう。きっと本部と連絡して増援を要請してるはずだ。二人を殺したところで根本的な解決にはならないだろう。

町を守るにはデュランダルの人間は邪魔……。消すにしても増援の数も規模も分からない。それなら魔法を仕掛けて――――



 ―――「そんなこと、私望んでない!」



「――――、」

「グリード?」


 マザーに呼ばれてはっと我に返る。


「いや何でもない。疲れてぼんやりしただけだよ。……方法はもう少し考える。思いついたらマザーに協力してもらうから」


 ソファから立ち上がり「おやすみ」とだけ言い残してベッドにダイブする。


 ―――シルビア、泣いてたな……。


 こんな血なまぐさいこと、シルビアは知らないで欲しかった。……いつか気付かれると分かっていても。


 もう少し。

 もう少しだけ、シルビアと接するときだけは――純粋な兄妹の関係でありたかった。


 オズワルドを殺したあの日から、俺の手は血に塗れてしまった。

 俺が、その方法を選んだ。

 今更なにを悩むことがある?

 シルビアとこれからも、ずっと一緒にいるために。



 ―――「気持ちは『そのとき』に伝えないと―――後悔するんです」



 悩む必要はないのに。

 考える必要はないのに。

 迷う必要はないのに。


「俺は―――本当にシルビアを守れているのか……?」


 どうしてこんなにも、不安になるんだろう。

 




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