3 甘美な熱


 グリードお兄ちゃんの誕生日の翌日、私はマザーの部屋の前まで来ていた。


 お兄ちゃんの部屋は何故かマザーの部屋であり、二人はいつも夜を一緒に過ごしている。……そのことを思い返すと、なんかモヤッとする。私だってお兄ちゃんと一緒の部屋で、一緒に寝たりしたい。


 ――教会にいたときは、本当にいつも一緒だったのに。


「おはよう。どうかしたのかしら、シルビア?」


 モヤモヤと重くなる心に溜め息を吐きかけて、ぐっと堪える。


 いつの間にか部屋の扉が開き、マザーが顔を覗かせていた。

 普段のドレス姿ではなく、薄い透明度のある赤いベビードールだ。


「お、おはようございますっ、マザー」


 子供の自分とは違ってグラマーな肉体を惜しげも無く晒した姿にどぎまぎしていると、部屋の奥からガタンッ! と大きな物音がした。


「あら、グリード起きたの?」


 音が聞こえた方へ振り返るマザー。

 私は――声も出なかった。


「……いてて。――マザー、頼むから脱ぎ散らかすの止め…………………し、シルビア……?」


 マザーのドレスと下着を手に、痛むのか腰を擦りながらやってきたグリードお兄ちゃんは、髪も寝癖がついてボサボサで、ヨレヨレに着崩れた神父服のままだった。


 シルビアの姿に驚いて目を見開くその様子に、私はとっさに視線を逸らした。


「ご、ごめんなさい!――ただ、昨日お兄ちゃん帰ってなかったみたいだから……様子見に来ただけで、」


 邪魔するつもりはなかったの、とは言えなかった。


「シルビア、ちが―――っ」


 お兄ちゃんが慌てて何かを言おうとしたけど、私はこれ以上二人の姿を見ていられなくて。


 頭だけ下げて逃げるように部屋の前から走り去った。





 ――――気付いていなかったわけじゃない。


 お兄ちゃんとマザーが同じ部屋、夜は一緒。それがどういうことなのか、私はちゃんと気付いていた。


 ………でも。


「見たく、なかったよ…………」


 重い心と足を引きずりながら、気付けば屋敷の外に出てきたようだ。


 町は朝だというのに活気づいていて、私一人だけが辛気くさい。


 お兄ちゃん。

 私のお兄ちゃん。


 でも、私のお兄ちゃんは、本当はマザーのお兄ちゃんなんだ。


 町の広場にある噴水に腰掛け、揺れる水面に自分を映し出す。

 ……子供っぽい。

 あんなに綺麗で、すごい色気のマザーとは大違いだ。

 胸も小さい、14歳なのに背も小さい。ミィちゃんの方がまだ大人っぽい。


「………なんで私、張り合ってるんだろう」


 マザーやミィーナと自分を比べたって、意味が無いのに。


 それに私はお兄ちゃんの妹なんだから。

 お兄ちゃんが誰かと一緒にいたって、……それをどうこう思う権利なんてないのに。


「……お兄ちゃん」


 マザーのこと、好きなのかな。

 キスとか、したのかな。

 愛してる、とか………言ったり、


「~~~っ」


 考えただけで顔を赤らめたシルビアは、とっさに顔を手で覆った。


 熱い。

 何これ。

 恥ずかしい……!


「――――――ぁ、い……してる」


 お兄ちゃんのことを。

 私は、お兄ちゃんのこと――愛してる。


「大好き」


 目頭が熱くなって顔から手を離すと、誰かの息を呑む音が聞こえた。

 顔を上げれば、金髪碧眼の少年がシルビアをまじまじと凝視していて―――


「~~~~~~~~っ!」


 今の聞かれた!?


 シルビアは再び脱兎のごとくその場から逃げた。


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