2/3 特別な日/邂逅
「おえええぇぇぇ…………」
「ちょ、汚い。キモい」
黒いおかっぱに口元の黒子が特徴的な、クールな女相棒レマに罵られながら、金髪碧眼の優男ノーティスは四つん這いになっていた体を起こし、真っ青な顔で馬車を恨めしそうに睨む。
「自分、乗り物、ダメ」
「知ってるよそんなこと……」
片言の口調にあえてツッコまず肩を貸してくれるレマに感謝し、仕事を終えた馬車がさっさと去りゆく姿を見送ると、ようやく一息吐いて周囲を見回した。
ソレスターダ国にある辺境の町『ガーデン』。
上司から命を受けて派遣されたこの町は、辺境にあるにも関わらずとても華やかで豊かなように見える。
綺麗な町並み、舗装された道、流行のドレスに身を包んだ女性たちが行き交い、男性たちも笑顔で仕事に励んでいた。
「ここが『ガーデン』か……。首都並みに栄えてやがる」
「書類によると、数年前に“マザー”という人物が領主になってから、こんなにも栄えるようになったらしいね。それまでは貧困街だったようだし」
「貧困街がたった数年でえらい変わりようじゃねーか」
「だからボクたちが派遣されたんでしょ?」
レマはそこそこ膨らみのある胸を張り、着ている紺色の制服を強調した。
―――この世界には、どの国にも属さない唯一の独立機関がある。
大国相手でも渡り合えるほどの権力と軍事力を保有したすごい機関なのだが、仕事上目立つことを嫌うので、存在を知っていても実在しているのか疑われている――都市伝説並の怪しい勢力として各国からは胡散臭そうに見られている。
……命をかけてみんなのこと助けてんのに。
まぁ、“やつら”の存在は知らない方がいい。
「ノーティス、そろそろ日が暮れる。急ごう」
「うげっ、仕事始める前に宿とりたかったのにぃ!」
「どっかの乗り物酔いのせいで、休憩挟みながらの移動だったから遅くなったんだけど。――ほら、まずは内偵してた仲間と合流。それから情報屋」
「わ、分かってるやい!」自分のせいと分かっていても、こんな綺麗な町に来てまで野宿するはめになりそうなことに内心げんなりしながら、二人は先を急いだ。
数日前に二人よりも先に『ガーデン』で内偵調査していた機関の仲間――フリックが潜伏している家の前に来ると、ノーティスは眉を顰めた。
血のニオイがする。
視線だけレマに向けると、彼女も気付いたのか頷いた。
……これだけ濃厚な血のニオイ――くそ、フリックのやつ無事でいろよ!
今回のようによく仕事を共にするもう一人の相棒の安否を心配しながら、玄関から移動して家の中が見える窓を探す。そしてそれはすぐに見つかった。
リビングの大きな窓、遮光カーテンがしっかり閉められておらず、その隙間から中の様子が窺えた。
二人は再度視線だけで合図してその隙間をのぞき込んだ―――
明かりが消えた薄暗い部屋。
蠢く黒い人影。
床一面に広がる黒いシミ。
人影の足下に見える、何かの塊。
人影と塊の正体を見ようと目を凝らすと、塊の中に僅かに見えた懐中時計があった。
見覚えがある。
恋人から誕生日プレゼントでもらったんだ、と見せびらかしてきた――ソレ、は。
「―――ふ、」
フリック、お前、なのか……?
愕然とフリックだった塊を凝視し、レマは口元を手で押さえて嗚咽を我慢しているようだった。
この町に自分たちの“敵”がいることは分かっていた。それ故に、敵に近づけば危険であることも。
だけどフリックは慎重な男だ。勘も良い。危険だと感じたらすぐに手を引いて、再び機を探る我慢強いやつだ。
そんなフリックの潜伏先がすでに敵に知られ、殺されているなんて―――信じられるわけねーだろ!
今すぐにでも人影に斬りかかりたい衝動を抑えながら様子を見ていると、ふいに人影は床にしゃがんで塊に人差し指を向けて『○』を描いた。
「……?」何しようとしてんだと訝しげに観察すると、人影は何か呟き始めた。
「“巡れ巡れよ循環たる輪廻の流れ。辿れ辿れよ輪廻の渦。――ほら肉塊ども、
「――――っ!」
二人の目に映ったのは、信じられない光景だった。
部屋に飛び散り、無残な姿になったフリックの肉塊が。
蠢き。集結し。結合し。―――――フリックになった。
……いや、フリックじゃない。目は落ち窪んでるし、口からなんか垂れてるし。そして何よりも、人の形はしているがどうにも歪だった。顔なんてボコボコしてる。
これは、死者への―――フリックへの冒涜だ。
「こんな感じだったっけ?――まぁいい。
おい、アンタ仲間いるよな、あと二人。一気に三人殺そうと思ったのに居ねぇし……どこに居る?」
「!」
情報が漏れてる!
人影のやつをぶっ倒したい気持ちを抑えてレマへ視線で合図する。
一旦
「ぁ、……あ”っ、あ”あ”ぁ……ふた、り、ぃ……のー、てぃ………れ、まっ。―――タスケ、テ。……あ。ぁ。あ”。……………タス、ケテ」
フリックがボロボロ崩れる右手を、窓へと差し伸ばした。
その瞬間、三人の視線がかち合う。
「―――見ぃつけた」
人影がにたりと嗤う。
「レマ!」
自分の声に反応してレマが瞬時に左人差し指に填めてる指輪へキスを落とし、頭上へ掲げる。「魔石のチカラ、展開せよ!――【プロテクト・グロウ】!」
レマの魔法で身体能力が向上したノーティスは瞬時に抜剣し、窓をぶち破った人影が振り上げた剣を防いだ。
人影が剣を引く前にその刃を受け流して力の矛先を変え、体勢を崩しかけた人影へ袈裟斬り。
――くそ、浅かった……!
ノーティスの刃が届く刹那に体を引き、すぐに距離をとるように後ろへ跳ぶと、はらりと人影のフードが宙を舞う。
「神父……?」
思わず零れたレマの言葉に、神父服の人影は舌打ちし、それから人差し指で『○』を描き始め―――「“巡れ巡れよ循環たる輪廻の流れ。辿れ辿れよ輪廻の渦。――転移、
そして、人影は忽然と姿を消した。
「は……?」
「え……?」
突然のことに間の抜けた声を漏らした二人の傍らで、「あ”あ”……ぁ?」とフリックの体が崩れて肉塊へと戻っていった。
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