2 特別な日
【階候歴504年7月28日】
―――この日はシルビアにとって記念すべき日であり、シルビアはここ数年で着慣れたメイド服を翻しながら入念に屋敷の掃除をしていた。
「シルビアちゃん嬉しそうね!」
隠しきれない笑みに口元を緩ませながら、廊下の大きな窓を磨いていると、隣からそばかすの少女が声をかけてきた。ミィーナだ。私はミィちゃんと呼んでいる。
シルビアと同じく屋敷のメイドの一人で、歳も一つ上の彼女とは友人のような間柄だ。
赤い三つ編みのおさげと大きな新緑色の瞳が可愛らしい少女である。
「えへへ、分かる……?」
「シルビアちゃん分かりやすいもの。―――どうせお兄さんに関係することでしょ?」
「そ、そんなに分かりやすいかな、私」
恥ずかしくなって首飾りの石を指先で弄るシルビアを、ミィーナは眩しそうに微笑む。
「今日だっけ、お兄さんの誕生日」
そう――そうなのだ!
今日は記念すべきお兄ちゃんの誕生日!
毎年屋敷の人たちと一緒にお祝いしてたけど、今年だけは………。
メイド服の小さなポケットに手を当てると、カサリと何かが音を立てる。
屋敷でメイドとして働くようになってから貰ったお給料。いつも兄から貰ってばかりだったシルビアが、お金を貯めて何かあげたかったのだ。
けして高い品物ではないけれど、少しでもお兄ちゃんにお返ししたかったから。
「……喜んでくれるかな」
「シルビアちゃんがプレゼントするものなら、なんでも喜ぶと思うよ」
お世辞ではなく、本心からミィーナは言う。
この屋敷にいる者なら誰もが知っている。
シルビアが重度なブラコンであることを。
その兄であるグリードが重症なシスコンであることを。
バレていないと思っているのは当事者たちだけであるということを。
「ほら!――そろそろ玄関に向かいましょ。みんな帰ってくる頃だし」
「ほ、本当だ! もうこんな時間……急がないと!」
慌てて転びそうになるシルビアと、その後ろ姿を微笑ましそうに眺めながらついていくミィーナ。二人は屋敷の玄関へと向かっていった。
「アタシの可愛いメイドたち。今日も可憐なお出迎え、ありがとう」
大きな両開きの扉を執事二人がゆっくり開くと、赤いドレスの女性を先導に10人くらいの黒ずくめの男女が入ってくる。
赤いドレスの人がこの屋敷――通称
豊満な胸部とそこに添えられた薔薇のコサージュには、女の子であるシルビアたちでさえ目を奪われてしまうほど………その、えろてぃっく、だ。
「「「おかえりなさい、マザー」」」
十数人いるメイドたちが一斉に頭を下げ、屋敷の主を出迎える。
マザーはメイド一人一人の頭を優しく撫で、最後にシルビアの番になったところで足を止めた。
「?」
どうしたんだろうと少し頭を上げたシルビアの耳元に、マザーは赤い唇を寄せた。
「ごめんなさいねぇ……グリードはまだお仕事なの。ここにはいないわ」
「!」
「可哀想なシルビア。アタシも心苦しいわ」
シルビアの白い頬を撫で、マザーは黒ずくめの人たちを率いて廊下の奥へと向かっていった。
「……」
――普段なら、お兄ちゃんは町の教会で神父をやっている。昔お兄ちゃんと私がいた場所だ。そこでお兄ちゃんはお金を集めるのが仕事らしい。
でもたまに、マザーから直々に頼まれて別の仕事をすることもあって………それが何かはお兄ちゃんが教えてくれないけど。マザーと一緒に帰ってこないということは、その“別の仕事”なのだろう。
なにもこんな日に仕事されることないじゃない!
「シルビアちゃん……」
お出迎えのときも隣にいたミィーナが、シルビアの頭を撫でる。
きっとマザーの言葉が聞こえたのだろう。
「きっと夜の食事には帰ってくるわよ。そしたら、みんなで盛大に祝ってあげましょう?」
そう。
今日は記念すべき特別な日。
お兄ちゃんの誕生日。
―――だから絶対に、この日をお兄ちゃんと一緒にお祝いするんだ!
「うんっ」
励ましてくれたミィーナに無理矢理笑顔を向けて頷き、それからメイドの仕事に戻った。
その日、お兄ちゃんは帰ってこなかった。
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