8 紅い瞳
【階候歴504年8月6日】
「――闇夜に浮かぶ、血の色の双眸。それに見つめられたら最後、純潔の少女はその瞳から逃れることが出来ず……。少女はきめ細やかの滑らかな肌を晒し、麗しき紅い瞳の男に『心』を抜かれるの。
そして少女は永劫の時を、その男と共に生きることになるんだって!」
きゃあきゃあ嬉々とした悲鳴をあげる少女たちは――シルビアやミィーナと同じく、『
その中でも最年長のニモは、おしゃべりと噂話が好きな子で、この騒ぎの中心にも当然とばかりに彼女がいた。
それを遠巻きからぼんやりと眺めていたシルビアへ、心配そうにミィーナが「大丈夫?」と声を掛ける。
「シルビアちゃん、最近ぼーっとしてるね。何かあった?」
悩みがあるなら話聞くよ? と首を傾げた。
……ミィちゃんは優しい。
優しいから、甘えてしまう。
でも、ダメだ。これは私の問題で、ミィちゃんを巻き込むわけにいかないもの。
「大丈夫だよ、ミィちゃん! ちょっと寝不足なだけなんだー。……それよりも聞こえた? ニモさんの噂話。なんかすっごく脚色されてる気がするね」
少し話題変えたの強引だったかなと思いつつ、「そうだね」と寂しそうな笑みを浮かべて話に乗ってくれたミィーナに、心の中で謝る。
「ニモちゃんはロマンチストだから。――実際はただの誘拐事件だけどね」
ここ数日、未成年の女の子たちが攫われる事件が頻発してるらしく、現在私たちメイドは、マザーから屋敷の外に出ることを禁止されている。
欲しいものは男性の使用人が買ってくれるので、特に不自由はないけど……正直つまらないと言う子が多い。ニモの話も、みんなが少しでも楽しめるよう盛ってあるのだろう。
―――お兄ちゃんは、関係あるのかな……。
お兄ちゃんとマザーのことを知ったあの日から、私は二人には会っていない。
お兄ちゃんは仕事が忙しいのか、たまに廊下を走ってるのを見かける。
マザーは出迎えのときに姿を見るが、それだけ。話していない。……話すのが、怖い。
マザーは悪魔だ。人間じゃない。
それは紛れもなくバケモノなんだ。
怖くない、わけがない。
「私……どうしたら、」
「シルビアちゃん?」
小さく呟いたシルビアに反応したミィーナに、なんでもないよと誤魔化そうとしたときだった。
―――「悪魔を倒し、被害者を保護する仕事でね。この町に来たのもそのためなんだ。――デュランダルはこの町を庇護することも、悪魔との契約も破棄出来る。二人に新しい、普通の日常を与えることだって出来るんだ!」
思い出すのはあの日、ノーティスという少年が口にした言葉。
……もし。
もし、それが本当なら。
「…………………ミィちゃん。お願いがあるの」
「うん」
「私、会いたい人がいるの。きっと、今その人と話さないと後悔すると思うから―――」
「じゃあ、屋敷を抜け出すってことだね!」
シルビアの言葉を遮り、ミィーナがにししっと笑う。
「い、いいの?」
ミィーナにはシルビアがいない間、周囲の人たちにそれがバレないよう誤魔化してもらいたかった。……でも、もしバレて、ミィーナが加担してたことも分かったら――処罰は免れない。
「もちろん。シルビアちゃんには、後悔した人生を送って欲しくないもの。――でも条件が一つ、あります」
人差し指を立て、いたずらっ子のような笑みを浮かべるミィーナに「条件?」と首を傾げた。
「私も行くよ、シルビアちゃんと」
「え!?」
「変な事件も起きてるし、一人で行くのは危険だもん。
大丈夫。シルビアちゃんは体調不良ってことにして、私はつきっきりで看病してるってことにしよう!」
楽しそうに笑うミィーナに、シルビアは思わず涙ぐんだ。
……優しすぎるよ、ミィちゃん。
「―――ありがとう」
思わず浮かべた、久しぶりの笑顔に。
ミィちゃんは「どういたしまして」と優しく微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます