8 紅い瞳


【階候歴504年8月6日】


「――闇夜に浮かぶ、血の色の双眸。それに見つめられたら最後、純潔の少女はその瞳から逃れることが出来ず……。少女はきめ細やかの滑らかな肌を晒し、麗しき紅い瞳の男に『心』を抜かれるの。

 そして少女は永劫の時を、その男と共に生きることになるんだって!」


 きゃあきゃあ嬉々とした悲鳴をあげる少女たちは――シルビアやミィーナと同じく、『赤薔薇の屋敷パーティック・ダン)』のメイドたちである。歳は10~16までバラバラなのだが、一緒に屋敷に住み込みで働いているからか、家族同然の仲である。


 その中でも最年長のニモは、おしゃべりと噂話が好きな子で、この騒ぎの中心にも当然とばかりに彼女がいた。


 それを遠巻きからぼんやりと眺めていたシルビアへ、心配そうにミィーナが「大丈夫?」と声を掛ける。


「シルビアちゃん、最近ぼーっとしてるね。何かあった?」

 悩みがあるなら話聞くよ? と首を傾げた。


 ……ミィちゃんは優しい。

 優しいから、甘えてしまう。


 でも、ダメだ。これは私の問題で、ミィちゃんを巻き込むわけにいかないもの。


「大丈夫だよ、ミィちゃん! ちょっと寝不足なだけなんだー。……それよりも聞こえた? ニモさんの噂話。なんかすっごく脚色されてる気がするね」


 少し話題変えたの強引だったかなと思いつつ、「そうだね」と寂しそうな笑みを浮かべて話に乗ってくれたミィーナに、心の中で謝る。


「ニモちゃんはロマンチストだから。――実際はただの誘拐事件だけどね」


 ここ数日、未成年の女の子たちが攫われる事件が頻発してるらしく、現在私たちメイドは、マザーから屋敷の外に出ることを禁止されている。

 欲しいものは男性の使用人が買ってくれるので、特に不自由はないけど……正直つまらないと言う子が多い。ニモの話も、みんなが少しでも楽しめるよう盛ってあるのだろう。


 ―――お兄ちゃんは、関係あるのかな……。


 お兄ちゃんとマザーのことを知ったあの日から、私は二人には会っていない。


 お兄ちゃんは仕事が忙しいのか、たまに廊下を走ってるのを見かける。

 マザーは出迎えのときに姿を見るが、それだけ。話していない。……話すのが、怖い。


 マザーは悪魔だ。人間じゃない。

 それは紛れもなくバケモノなんだ。

 怖くない、わけがない。


「私……どうしたら、」


「シルビアちゃん?」


 小さく呟いたシルビアに反応したミィーナに、なんでもないよと誤魔化そうとしたときだった。


 ―――「悪魔を倒し、被害者を保護する仕事でね。この町に来たのもそのためなんだ。――デュランダルはこの町を庇護することも、悪魔との契約も破棄出来る。二人に新しい、普通の日常を与えることだって出来るんだ!」


思い出すのはあの日、ノーティスという少年が口にした言葉。


 ……もし。

 もし、それが本当なら。


「…………………ミィちゃん。お願いがあるの」


「うん」


「私、会いたい人がいるの。きっと、今その人と話さないと後悔すると思うから―――」


「じゃあ、屋敷を抜け出すってことだね!」


 シルビアの言葉を遮り、ミィーナがにししっと笑う。


「い、いいの?」


 屋敷の主マザーから禁止されていることを破ろうとしている。

 ミィーナにはシルビアがいない間、周囲の人たちにそれがバレないよう誤魔化してもらいたかった。……でも、もしバレて、ミィーナが加担してたことも分かったら――処罰は免れない。


「もちろん。シルビアちゃんには、後悔した人生を送って欲しくないもの。――でも条件が一つ、あります」


人差し指を立て、いたずらっ子のような笑みを浮かべるミィーナに「条件?」と首を傾げた。


「私も行くよ、シルビアちゃんと」


「え!?」


「変な事件も起きてるし、一人で行くのは危険だもん。

 大丈夫。シルビアちゃんは体調不良ってことにして、私はつきっきりで看病してるってことにしよう!」


 楽しそうに笑うミィーナに、シルビアは思わず涙ぐんだ。


 ……優しすぎるよ、ミィちゃん。


「―――ありがとう」


 思わず浮かべた、久しぶりの笑顔に。


 ミィちゃんは「どういたしまして」と優しく微笑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る