8/2 紅い瞳/きみのために
――2日前。
「グリード、町に悪魔が入ったみたいだわぁ?」
まるで世間話でもするような気軽さでマザーが言った一言に、我が耳を疑った。
――このタイミングかよ!
悪魔というモノはどうしてこう……まるでタイミングを見計らうように邪魔をするのか。
「せっかく対デュランダルの手段を講じていたのにねぇ?」
心底愉快そうにくすくす笑うマザーを無視し、グリードは大きく溜め息を吐いた。
「……居場所は」
「教会にいるみたい」
マザーとは別の悪魔の所在地を問えば、間髪入れずに答えが返された。
「堕者もいるみたいだわ?……どうしましょう、手伝った方がいいかしら?」
「……」
デュランダル。悪魔。堕者。
正直一人で全てと対抗するのは辛いが――グリードは首を横に振った。
「マザーは
それじゃあ駄目なんだ。
「デュランダルももう一人の悪魔を無視は出来ないはず。――利用するのが得策、か」
囮に使えるようなやつであればいいけど、とそのときは容易に考えていた。
――2日後、現在。
町ですでに噂になっている紅い瞳の男――悪魔あるいは堕者の存在は、想像以上に厄介だった。
確認のためにマザーが言っていた彼らの所在地に赴いたグリードだったが、教会はすでにもぬけの殻。再度マザーに所在地を確認すると、どうやらマザーに動きが察知されていることに気付き、どうやら隠れてしまったとのこと。
しかし、町で少女のみを狙った誘拐事件は、依然として続いている。
「………」
俺は、かなり焦っていた。
デュランダルのこともあるし、少女だけを狙うということはシルビアにも被害が及ばないとは限らない。マザーが屋敷からの外出禁止令を出してるが、それでも「もしも」を考えてしまう。
相手は悪魔だし、マザーの力が及んでる屋敷に侵入出来る可能性もあるかもしれないし。
それでシルビアになにかあったら。
シルビアが―――また、
「くそっ、これじゃあ利用どころじゃねえぞ……」
ネガティブになりかかっている思考を払うように頭を振り、グリードは深くフードを被りながら屋敷の屋根に登る。
沈む夕日を背後に、膝をついて屋根に両手を当てた。
「“巡れ巡れ、輪の中で。
無限に続く、丸ひとつ。廻せ廻せ、終わり無く。
辿れ辿れ、渦の中。見渡す先に始まりは無く。
続き続く輪廻のように。行き着く先も、見当たらず。
全ては円環より帰結され、
結ばれた『円』を中心に――見通せ、ドウルズアイ”」
唱え終えると同時に目を閉じると、まぶたの裏に大量の映像が映し出される。
普通の人には見えないだろうが、今頃町中の建物の壁や地面に目玉が浮かび上がっているだろう。それらの目に映る視覚情報を、グリードはまとめて“視て”いる。魔力も使う上に負担が大きく、デュランダルとの対抗手段に使おうとしていた魔法の一つだったため、ここで使うつもりは本来毛頭なかったのだが。
「……ここまでして今日も空振りだったら、悪魔の件はマザーに頼んだ方がいいかもな」
昨日もこの魔法を使って捜索していたのだが、よっぽど隠れるのが上手いのか見つからないでいる。
しかし、マザーは最終手段だ。出来れば使いたくない。
「………………………………………………………ん?」
不意に、なにか見慣れた姿が見えた気がした。
気のせいかと思ったが―――別の目玉の視覚情報にはっきりとその姿が映る。
「――し、」
シルビア!?
咄嗟に目を開けると、ずきりと頭が痛む。
「……なんで、」
シルビアがミィーナと一緒に町に出ている。屋敷の、外にいる。
痛む頭を押さえ、ふらつきながらも立ち上がったときだ。
「ようやく見つけましたわ、神父様」
はっ、と咄嗟にしゃがんで前転、すぐに立ち上がって振り返れば―――
「あら、どうして逃げてしまわれるのでしょう? あなたの命はクリスに償ってしかるべき、でしょ?」
大振りの刀を両手に、暗澹たる瞳を向ける一人の女性。
それは教会に訪れていた
どうしてこんなところに……?
「神父様、あなたは嘘つき。神様なんていないのに、――祈りが届くはずないのに……! 嘲笑っていたのでしょう? わたくしのことも。クリスのことも」
「……」
「――もう少しでクリスは
「はあ?」悪魔? 俺が?――いや、彼女からすれば『悪魔』みたいな詐欺師にしか見えないのかもしれないが。それに“クリスが完成”ってどういう意味だろうか。
……とにかく今は彼女に構っている時間はない。
さっさと魔法で眠らせてシルビアの元に―――――「っ!」
何かを感じて反射的に身を反らして一歩後退れば、ひゅんっと正面の空気が切り裂かれた音が聞こえた。
危ねえっ、動いてなかったら顔が真っ二つになってるところだった……!
じわりと背中に冷や汗が滲む。
「残念。でも次こそは、殺す」
ふふふ、と彼女と不釣り合いなほど大きな刀を構えた。
……おかしい。さっき見たときよりも刃渡りが長くなってる。
それに今気付いたが、あれだけ大きな刀を普通の女性が平然と持ち上げ、振ることが出来るはずがない。
つまり―――
「まさか、」
マザーはもう一人の悪魔には、そいつと契約した堕者がいると言っていた。
――――彼女のことだったのか!
「さあ神父様。今度こそわたくしに殺されてくださいね?」
彼女は口元を大きく歪ませて嗤うと、グリードに向けて刀を振りかぶった。
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