巡り巡るトラジェディに終わりを。

からつぽ

1章

0 終着点


 シルビアは思う。どうしてこんなことになったんだろう、と。


 彼女の目の前には最愛の兄がいる。

 最も愛する兄。

 いつも私を助けてくれて、守ってくれた兄。

 大好きで、大切で、ずっと一緒にいられるものだと信じていた。


「おにい、ちゃん……」


 でも目の前にいるものはなんだろうか。


 誰だ。


 兄の姿をした別人。


 地べたに這いずって、悪魔の心臓を貪り、血を啜るその人は。

 いつも私にだけ向けていた優しい眼差しは、今や見る影もなく飢えてギラつき。

 シルビア、といつも私を呼んでくれた口は醜い赤に染まり。

 いつも私に差し伸べてくれていた手は悪魔の内蔵を引っかき回す。


 ――誰だ、この人は。


 知らない。

 知らない。


「ぉ、にぃ、ちゃあん……っ」


 嗚咽混じりに兄を呼ぶ。


 いつもだったらすぐに転移魔法を使って駆けつけてくれる兄は、現れない。

 その代わりとばかりに、目の前にいた兄とよく似たバケモノが私を見る。


 兄と同じ翡翠の瞳。


 でも、そこに滲む感情の色は正反対だ。

 冷たい。どこまでも冷たい無関心。


 すぐにその瞳は私から逸れて、再び血肉を漁る。

 私は思わずその場にへたれこみ、そのバケモノの食事風景を眺めているしかなかった。


 ―――神様。

 ああ、神様。


 どうして兄を救ってくださらなかったのですか。

 どうして兄に手を差し伸べてくださらなかったのですか。


 兄は神様を信じてはいなかった。


 それでも血の繋がらない私を守り、育ててくれた。

 不器用だったけど、見ていれば分かる彼の優しさ。

 それで救われた人たちも少なくなかったはずだ。


 確かに彼は人を殺した。きっと、たくさん。

 でも、それには必ず理由があった。


 いつも兄は悪夢にうなされていた。

 いつも苦しそうだった。


 ――助けたかった。


 今度は私が兄を守ろうと、そう思っていた。

 なのに………どうしてこうなったんだろう。


「……おにいちゃん」


 私は首飾りの石を取り出し、強く強く想いをこめる。


 ――――神様はいない。


 なら、私がどうにかするしかないのだ。


 大好きなお兄ちゃん。

 大切なお兄ちゃん。

 最も愛するお兄ちゃん。


 首飾りの石が槍へと変貌し、それを力強く握る。


「お兄ちゃん。……今、助けるからね」


 ゆっくりと立ち上がり、前を見据えた。


 私を守るためにバケモノになった兄。

 守る力を望み、力に溺れてしまった兄。


 堕ちて、堕ちて、どこまでも堕ちて―――きっと今も堕ちている。


 私は兄だったモノに近づくと、槍を振りかぶった。


“堕者”の心を救うには、これしかない。




「ごめんね…………―――――愛してるよ、お兄ちゃん」




 神様はいない。


 この世界は、いつだって不条理だ。


 だから私は


 愛する人を救うために、愛する人を殺した。


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