3/3 甘美な熱/運命


 昔、それこそ人が生まれるよりずっと昔。


 一人の神様がいた。


 神様は世界を創り、海を、大地を、生命を生み出したと言う。


 世界を創った神様は疲れて眠ってしまうのだが、寝ている神様の涙から白い羽根を生やした少女『天使』と、神様の寝言から黒い羽根を生やした『悪魔』が生まれる。


 善意の塊である天使は、慈愛と奇跡を。

 悪意の塊である悪魔は、欲望と呪いを。

 それぞれ世界に降り注いだ、と言われている。



「悪魔は人の心につけ込んで、欲望を膨らませて魂に呪いを植え付ける。そうして悪魔に依存・執着した人間は“契約”させられて、人の道から外れたバケモノ――“堕者”になる。

“堕者”は悪魔に逆らえない。逆らえば、永遠の苦痛を与えられるから。そして、欲望の願いを叶えた“堕者”は、悪魔に魂を喰われる」


 ――いいか、ノーティス。俺たちの仕事は、そんな悪さをする悪魔を倒して、“堕者”を救い上げることなんだ。


 まだ何も知らなかった頃の自分に、フリックが教えてくれたことだ。


 人々が悪魔の存在をいまだに都市伝説並にしか捉えていないが、その脅威は年々増加傾向にある。そして悪魔は誰の心にでも巣くう。

それは国の王族かもしれないし、研究者や軍人にだって悪魔の手が伸びてる可能性がある。


 だからこそ―――どの国にも属さない、独立機関デュランダルという組織が存在している。


 人々から悪魔を遠ざけるために、自分も、レマも、そしてフリックも、命をかけて仕事をしている。


「フリック……」


 でも、フリックはここまでだったみたいだ。


 ボロボロに崩れたフリックの肉塊をかき集めて、町の外へ埋葬した自分らは、夜通しその場所で泣いて、野宿した。

 懐中時計だけは、フリックの彼女さんに返そうと思って、ズボンのポケットに入れてあるけど。


「ノーティス、どうする。本部からの指示を待つ?」


「………」


 ――フリックを殺したあの神父服のやつが突然消え、念のために周辺を隈無く調べたけど見当たらず、とりあえず本部に今回の件を報告してからフリックを埋めた。


 デュランダルの本部からは待機命令が出されているが―――……


絶対ぜってぇあちらさんは自分らを殺すために仕掛けてくるはず。ヤツが“堕者”なら、悪魔から力を与えられている可能性もあるし……それなら、あれ以上強くなる前にどうにかしたい」


「でもこっちは内偵してたフリックやられて、会うはずだった情報屋も行方知れず。情報はどうやって得る?」


 レマの問いに、う~~~ん、と唸る。


 上司からの命令書には、この町『ガーデン』に大物の悪魔の存在を検知したから、内偵してる仲間と合流して倒してこい、みたいな内容しか書かれていなかった。それがまさか、こんな事態になるなんて………。


「とりあえず町に行って、一番怪しいマザーって人の聞き込みと、あとは教会巡りかなぁ~」


 やつは神父服を見られて、慌てて逃げた。ということは、教会の人間であることは確実。だけど、大物の悪魔が関わっているなら、その辺の根回しはとっくにしてるだろう。


「そうだね。――どこで襲ってくるか分からないから、油断せずに行こう」


 レマの言葉に頷き、再び町へ戻った。




 昨日初めてきたときと変わらず、華やいでる町の雰囲気に、今回はげんなりした面持ちで見渡す。


「昨晩のこと、誰も知らないんだよなぁ……」


「この町に潜んでるであろう悪魔の存在にも、ね」


「知らぬが仏ってかぁ? 自分には怖くて堪らねえけど――――と、レマ。分かれ道だ」


「右だと町の広場、左だと教会があるみたい」


 レマが町の案内板を見ながら説明してくれた。


「じゃあ、右だな」


「どうして?」


「悪魔が関与してる教会で聞き込むより、何も知らない人たちが集まる広場の方が、話の内容に信憑性がある」


「そうだね」


 二人は途中の露店で串焼きを買って、腹ごしらえしてから広場へ向かった。

 広場は想像以上に広く、人もたくさんいたために手分けして聞き込みをすることにした。


「……泣いてんのか?」


 そのときふと、噴水に腰掛けたメイド姿の少女が目に入る。

 顔を手で覆い、微かに震えるその様子に心配になって近寄る――――と。


 ――――大好き。


 そう呟くのと同時に手を離して顔を上げた少女。

 白いなめらかな肌に紅潮した頬。潤んだ桜色の瞳と、赤みを帯びた目元。


 どくり、と心臓が強く高鳴った。


 すぐに慌てて逃げていった彼女の姿を、目が離せずに見失うまでじっと見ていると、突然がつん! と後頭部に強烈な一撃。

 まさかヤツか!? 奇襲か!? ととっさに振り返れば、呆れた表情のレマだった。


「仕事しろ」


「………………レマ」


「何」


「この町でメイドを抱えている屋敷って、そんな多くないよな?」


「たぶん」


「……………ねえ、レマ」


「何」


「今のメイドの子の所在も、一応聞き込みしよう」


「なぜ」


「あの子に悪魔の魔の手が忍び寄ってる気がするから!」


 自分の勘がそう告げてる! と息巻くノーティスに、完全に私情だなこれと思いつつも、真面目に受け答えするのが面倒になって「わかった」とレマは適当に返した。


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