9 部品


 シルビアが目を覚ましたのは、石造りの真っ暗な小さな部屋だった。


 カビと埃、それから腐臭。

 吐き気に抗うことが出来ず、石畳の冷たい床に胃液を吐き出した。

 嘔吐きながら重い体を起こし、意識を失う前のことを思い出す。

 確か私……――「ミィちゃん!?」ハッと誘拐された友達を探して周囲を見回した。


 狭い部屋だ。

 ボロボロの簡易ベッドが一つしかなく、そこに友人の姿はない。別の部屋にいるのだろうか。

 幸い拘束されているわけでもないので、シルビアは部屋の扉に手をかける。

 ごくりと固唾を飲み込みドアノブを回す。扉は軋みながらも簡単に開いた。


「……誰か、いますか?」


 恐る恐る部屋から顔を出して確認するが、どうやらあの悪魔は近くにいないみたいだ。

 ノーティスは確か、【紅瞳あかめの悪魔】と呼んでいた。

 マザーにそっくりな姿をしていたが、どうやら別の悪魔らしい。


 ――どっちにしても、バケモノだ。

 人じゃない。


 早くミィちゃんを見つけて逃げないと、と部屋から出て足音に気をつけながら、壁づてに廊下を進む。

「………ここはどこ?」

 呟きながら妙な既視感を覚える。

 暗い場所。石造りの部屋と通路。冷たい空気に混じる、異様な臭い。


「おにぃ、ちゃん……っ」

 恐怖に体が震える。

 涙が出そうだ。

 いつも、こういうときに側にいてくれる人は――今はいない。


「み、ミィちゃ…………どこ……。どこ、いるの………?」

 廊下にいくつも点在する、シルビアがいたのと同じ部屋は全て開けて確認した。

 それでもミィーナの姿はない。


 やがて廊下の突き当たりにある扉に辿り着いた。

 ――ここだ。

 なんとなく勘が告げる。

 ここにミィちゃんはいる。

 そして、私はここを開けるべきではないとも。


 しかしシルビアは何かに導かれるように、扉に手を伸ばす。

 触れた瞬間、勝手に扉は外側に開いていった。


 ギィ―――と軋む音を立ててゆっくりと扉の向こう側が視界に映る。

 向こう側はとても広い部屋だった。壁にはいくつものろうそくが灯り、部屋の異様さを明るみに晒していた。


 床に広がる夥しい赤い血。散らかされた誰かの四肢、頭。

 奥の壇上には誰かが横たわり、その傍らには鼻唄でも奏でるように女性が上機嫌に嗤っている。


「クリス。嗚呼、クリス……。もうすぐよ? もうすぐで出来上がるわ」


 血に染まった女性は糸を通した針を持って、横たわる人影に何かを縫い付けているようだ。

 呆然と、まるで幻でも見ているかのような現実味のない光景。

 ――幻? 違う、だって私は似たような光景を見たことがある。


 街外れの森で、地面に大量に生えた“黒い右手”。それを操る兄の姿と、その女性の姿が重なって見えた。


 思わず後退るシルビアの視界に、不意に見慣れた姿が映る。

 四肢を失い、泡を吹いた顔面蒼白の――ミィーナの頭を。


「ぁ――ぁあああぁああっ!?」


 腰が抜けて尻餅をつく。

 全身が震えて涙が止まらない。


「み、ミィ、ちゃ――っ。うそ、うそ、うそだ……、ミ、ちゃん」

 ガチガチと歯が噛み合わず、うまくしゃべれない。


 やっぱり幻だ。

 これは夢だ。

 そうでなければ―――。


「あらぁ? ちょうど良かったわ! 今あなたを連れてこようと思っていたの!」

 不意に頭上に影が落ちる。

 キラキラと瞳を輝かせた血まみれの女性。その手には彼女に不釣り合いな大きな刀が握られている。


「ぁ、ぁ、ぁ、」


 口が開いたまま言葉にならない。

 ボロボロと涙を流しながら視線を逸らすことも出来ず、シルビアは女性と刀を見ていることしか出来ない。


「――あとは・・・貴方の頭で・・・・・クリスは完成なの・・・・・・・・!」


 だから貰うね、と刀が振り下ろされた。


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