9/2  部品/きみのために


 ベッドから飛び起きたグリードは荒い息をそのままに、慌てて周囲を確認する。

 酷く、悪い夢を見た気がする。


 汗ばむ体をそのままに、宿の一室でもある部屋を移動してテーブルに置かれた水差しをそのまま煽った。

 口端に垂れたそれを袖で強引に拭い、そんな彼の一挙手一投足を注視する青制服を纏った女性レマへ一瞥くれる。


「何」

「いや……ボクたちを警戒しないんだね」

「助けておいて危害を加えることはしないだろ」

「まぁね」

「回復してもらったことには一応礼は言っておく。……ところで、」


「――お前が気を失ってから、そんなに時間は経ってねぇよ」

 部屋の扉を開けて入ってきたのはノーティスだ。


「レマ、指揮者のバイル部隊が街に入った。いつも通り情報操作とサポートは頼んだ」

やれやれと言いつつ魔石から通信し始めるレマを横目に、ノーティスは腕を組んでグリードの前に仁王立つ。

「お前は自分と一緒に紅瞳悪魔退治だ。シルビアちゃん、助けに行くぞ!」

「………」

「おいおい、ノリが悪ぃな! 忘れたわけじゃないだろ? 自分らは【デュランダル】だ。紅瞳あかめの根城は分かってる。組織の力舐めんなよ」


 ドヤ顔で口にしているが、悪魔の居場所が教会だということはマザーから聞いている。

 そして恐らくは“堕者”である、あの女もそこに――。

 回復してもらったはずの傷が疼く。

 あの女の“力”は厄介だった。ノーティスたちに相手させて、その間にシルビアを助けられれば。


「分かった」と口にすれば、彼は嬉しそうに右手を差し出す。

「知ってると思うけど、自分はノーティス。あっちはレマ。――一時的でも共闘する仲間だ! 宜しくな」

「……グリードだ。宜しく」

 気付かなかったふりをして握手から逃げると、レマは小さく吹き出し、ノーティスは恥ずかしげに手を引っ込めた。


 強いのは認めるが……本当にこいつら大丈夫か?

 不安は過ぎったが、シルビアさえ無事救出さえ出来ればいいと自らを納得させ――グリードとノーティスは教会へ向かった。







「こ、これが魔法……!」


 足で向かえば他の部隊に見つかるかもしれないのと、時間短縮のために魔法で教会裏近くに転移すると、ノーティスは一人感動したように辺りをキョロキョロしていた。

 グリードとしては慣れてるから感動もないのだが、なるほど一般人からすれば新鮮なのか。


 ……シルビアにもしてあげたら、喜ぶだろうか。

 ふと我に返り首を振る。今はそのシルビアの救出が優先事項だ。


 そのときだ。近くで馬鹿デカイ怒号が響き渡る。


「貴様ら、作戦内容は各自頭にたたき込んでいるな!? 我々はデュランダルだ。悪魔を殲滅し、人々の安寧を取り戻すことが―――」


「あれはハルバート隊長だ。別名、小心者のハルバート。指揮官バイルの左腕だな」

 近くの草の茂みに隠れて声の主を窺っていると、隣に来たノーティスが説明してきた。

「小心者ねぇ……」

 外見は厳つい大柄な男だ。ただ軍人にしては背が少し曲がっている。


 部下を鼓舞しているのか大声で作戦内容を口にしているが、敵の本拠地近くでそれをやってはいけないだろう。

 だが彼らが動けば悪魔も無視は出来ない。囮には使える。


「行くぞ」

 興味を失い、デュランダルの部隊を避けつつ教会へ近づき――足を止めた。

「どした?」急に立ち止まったグリードに振り返るノーティス。

 だが、グリードは何かに気付いたように踵を返すと、近くにあった干からびた噴水をのぞき込んだ。


「―――なんで、」


 そこは教会の地下にある『乱交場』へと通じる扉があった場所で、昔――グリードが魔法で扉を消し、中にいた人々を生きたまま閉じ込めた場所でもある。

 それなのに、扉がある。

 忌まわしい、地下へ通じる……安っぽい木製の扉。


 嫌な予感がした。


「あっ、おい!?」制止の声すら耳に届かず、気付けばグリードは地下への階段を降りていた。

「シルビア……っ! シルビア!」

 明かりのない真っ暗な通路なのに、グリードは迷うこと無く突き進む。

 通路にはいくつか監禁部屋があり、そこでは孕んだ女や子供を閉じ込めていた。


 通路の先――突き当たりの扉。

 この先は広間がある。

 亡き神父オズワルドが暴行と強姦に、叫び苦しむ女達を観賞するための場所。


「シルビア! 頼む、返事を―――」

 扉を開け、中へと入る。

 ムワッと腐臭と血の臭いに噎せ返る。


「ああ、神父様! いらしたのですね……ちょうど良かった!」


 ろうそくの明かりに灯された部屋は以前のような乱交場ではなくなっていた。

 幼い少女たちの四肢や頭、肉片、臓器が転がり、石畳の床は血に染まってる。

 部屋の隅には古い白骨遺体が退かされ、奥の壇上では“堕者”の女が両手を広げてグリードを出迎えた。


「お前……っ」

「神父様、是非見てください! クリスが――わたくしのクリスが完成したんです!!」

 完成……?

 何を言ってるんだと困惑していると、彼女の後ろにある壇上から人影が起き上がる。

 それはゆっくりと壇上から降り、ぎくしゃくとした動きをしながら彼女の隣へと移動する。


「―――――」


 グリードの目に映るのは、ちぐはぐの人形のような少女だった。

 腕も足も指も髪も瞳も、頬も耳も歯も唇も乳房も、肩も膝も腰も。

 全て太い糸で縫い付けて、強引に人の形にしたモノ。


 こんなモノが彼女の娘であったクリスなはずないのに、“堕者”の女は嬉々としてそれを見せびらかす。


「ほら見て! クリスが・・・“造り方”を教えてくれたの! 本当は悪魔のあなたを殺しておきたかったのだけれど、ちょうど『部品』が全部揃ったから……先にクリスを造ったの。悪魔のあなたに出来なかったことを! クリスを蘇らせたの!」


 クリスと呼ばれたつぎはぎ人形のその頭――瞳がくり抜かれ、頬も髪も別人の『部品』がくっつけられていても――グリードにはすぐに分かった。


「しる、びあ………?」


 それ・・が最愛の妹の『部品あたま』であることに。


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