9/3 部品/回帰


 干からびた噴水の隠し扉を見つけ、グリードが急にそこから地下へと降りて行くのを、置いて行かれたノーティスは大きく溜め息を吐いた。

「協調性……求めるだけ無駄か」

 相手が相手だし、協力した方がいいと思うノーティスとは反対に、グリードはただ利用価値があるから使ってやってる程度の認識だ。


 この認識の齟齬が悲しいよ、自分は!


「なんか臭いし、入るの嫌だなぁ……」

『―――でも行かないと、目的の説得も何もないよ』

 イヤリングにした魔石から聞こえるクールな女相棒レマの正論にぐうの音も出ない。

「行くよ。行けばいいんだろ……」

『それにシルビアを助ければ好感度上がるかもね』

 確かに! さすがレマ! いや、レマ様!


『ほら、早く行きな。足止めはしておくから』

「レマ様、マジ神! 優秀すぎ! なんでモテないのか不思議!」

『……あまり調子乗ると、見放すよ』

「あ、すみませんでした」


 いつものやりとりを済ませ、扉の先にある地下へ続く階段を降りていく。

 イヤリングの魔石が淡い光を放っているおかげで進めるが――グリードは躊躇うことなく突っ込んでいった気がする。魔法だろうか。


『そう言えば、ノーティス。あの兄妹に関する調査情報、今届いたよ』

「い、今?」ずいぶん遅かったな。

『仕方ないと思う。グリードもシルビアも戸籍がない。孤児だとしても、本来孤児院が彼らを保護し、戸籍も申請するべきなんだけど、それもない』


「マザーが現れる前は貧困街だったんだよな。孤児院もちゃんと機能してなかったんだろうな……」

『たぶん、それだけが原因じゃないよ』

「?」


 やがて降りてきた階段が途切れ、直線の通路が現れる。通路には小部屋がいくつも点在しており、部屋にはベッドが一つだけ。

 囚人でも収監してたのだろうか。それにしては扉は安っぽい木製だし。そもそも教会の地下に牢屋があるのはおかしい。


『この街――貧困街だったわりに国への納税……いや賄賂かな……が、他の街より多かったみたい。しかも街全体の収支も異常だ』

「そんなにあったのか……?」

『魔石の売買、人身売買、臓器売買――主に行われていた、この街の商売だね』

「じ、人身……臓器……――ん? 魔石?」

『さすがに気付いたね。そう、恐らくグリードの魔力を魔石に移して、それを自国や他のとこに売りつけてたんだと思う。魔石売買が始まった年とグリードの推定年齢から、間違いないよ』

「………そうか」


 なんとなく、あの兄妹の背景が見えてきた気がする。

 グリードは魔力を奪われ続けて、それでもずっとシルビアちゃんを守ってきた。

 マザーが現れる前から、そして今までずっと。


 だけど――それなら、どうして自分の説得に応じなかった……?

 彼女の安寧を願うなら、幸せを願うなら、デュランダルの保護と支援を受けた方が良いに決まってる。


 そう、それに以前グリードは言っていた。

「――“夢は夢のまま、覚めれば二度と同じ夢は見れない”、か」


『森の中で説得したときの言葉だね。確かに不自然な答えだとボクも思うよ』

“夢”。それがグリードがマザーを裏切れない理由なのか?

 ……いや、なんか違う気がする。


「なぁ、レマ。そう言えばマザーはどうして動かないんだ? デュランダルが殲滅作戦に動いてるのに。……他の悪魔が縄張り荒らして、そんで自分の“堕者”であるグリードがピンチでも動かないとか」

『それだけど、説得したあのときこうも言ってたよね。“お前らにマザーは倒せない。そして俺が倒させない。”―――これ、まるでマザーのことを守るような口振りだと思わない?』


 悪魔は人智を越えた存在だ。しかもマザーは悪魔としての“格”も特級レベル。

“堕者”とは言え、人間であるグリードが守る必要もなければ、そんな言葉を発することすらおこがましいほど。


「動きたくても――動けない、のか?」

『どうかな、相手は悪魔だ。存外ボクたちやグリードが、無様に足掻く姿を楽しんでるかもしれない』

「確かに……」

 結局マザーのことや“夢”については、本人たちから聞いてみないと分からないか。


 結論が出たところで、ようやく通路の行き止まり――扉に着く。


「ゲームならラスボスが出てきそうだな」

『気をつけて。今バイル指揮者から合図が入った。デュランダルの各部隊が動く』

「分かった。レマ、お前は念のためマザーの動きを監視」

『了解』

 通信が切れ、ノーティスは扉を開ける。



「は?」



 思わず間抜けな声が漏れた。


 扉の先は広い部屋だったのだが、そこはすでにめちゃくちゃだった。

 いや、めちゃくちゃなんてモノじゃない。部屋が原型を留めていないのだ。

 部屋っていうのは普通四角い……せめて長方形とか、そういう形のはずだ。


 しかし扉の向こう側は―――丸い。

 そう、球状、なのだ。


 そして、部屋の形が変わってるだけではない。

 部屋の全方位・・・に、あの黒い右手ヤツデンベニバナが展開している。


「―――、おいおい……嘘だろ」

 この魔法の厄介さは身に染みて理解してる。こんなの喰らったら“堕者”は全身溶かされ、悪魔も無事では済まないんじゃなかろうか。


「! おい、グリード!!」

 球状の部屋の底、その魔法を発動したであろう人物を見つけて声をかける。


 やり過ぎだボケ! もしここに自分以外のデュランダルの連中が来たら、異端魔法を危険視してグリードを“解放”ではなく“拘束”しかねない!

 それでは説得も何もなくなってしまう。何よりもシルビアちゃんが悲しむ!


「グリー……ド?」

 暗くてよく見えないが、たまたま難を逃れたろうそくが、グリードの足元を灯していた。

 彼が何かを大事に抱きかかえ、震えているように見える。


 ――まさか。


「ぐ、グリード。シルビアちゃん……は?」

 てっきり別の場所か、まだ奥に部屋があって、そこにシルビアちゃんや拉致された少女がいるのかと思った。


 グリードがようやく振り返る。


「――――れ、」


「へ?」

 暗くて表情が見えない。でもその口が小さく何か呟いているのが分かる。



「“――巡れ巡れ、輪の中で。まわれ廻れ、円になれ”」

「“無限に続く、丸ひとつ。廻せ廻せ、終わり無く”」

「“辿れ辿れ、渦の中。見渡す先に始まりは無く”」



 魔法だ。

 こいつは何か、別の魔法を使おうとしている。

 そしてそれは――きっと発動させてはいけないモノだ。

「待て! 駄目だ、グリード! 分かんないけど、駄目だ!」



 抜剣し、部屋の中へ駆け込む。

 大量の右手ヤツデノベニバナが襲いかかるが剣で斬り落とし、服や肌が焼け溶けても猛進する。



「“続き続く輪廻のように。行き着く先も、見当たらず”」

「“全ては円環より帰結され、ことわりへと成り変わる”」



「――グリードォォオオオ…………ッ!!!!」




「“結ばれた『円』を中心に遡り回帰せよ――――エテル・ラスト”」







 世界が黒く染まってゆく。


 それはまるで“夢”に落ちる感覚と似ていた。

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巡り巡るトラジェディに終わりを。 からつぽ @kara0

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