5話:出た! 抱きしめ作戦

「いま、魔人といわれたか、勇者どの」


 プロポーズのクライマックスを台無しにされたグリドル王子は、仏頂づらで立ち上がる。


「そんなものが、どこにいるのです?」


 あ、いま右の眉毛がピクッとなったね。あんたがウソつく時のサインなんだよ、グリドルちゃん。


「もしやユーイどの。あなたはミランダ姫に心を寄せているのでは? わたしに姫を取られまいと、求婚の儀を妨害しましたね?」


 苦し紛れにそうきたか。

 残念でした、あたしが恋をしてるのはお兄さまでーす。

 勇者ユーイは男ですから、BLということになります。が、わたしの心は女ですから、その意味でストレート。

 ん? なんか文句ある?


 などと心の中でつぶやいていると、ふいにあたしの身体が動く。

 パニクる寸前で頑張ってるミランダの横に、ひざまずく。

 彼女の手をとり、自分の顔にぐっと引きよせる。

 勇者ユーイは手の甲にそっとキスした。


「ミランダはおれを選ぶ」

 

 なにやってんの! あたしの身体! 


「あ、あ、あ……」


 ミランダはもうヤバい。

 かたや世界一の国シャングリラの次期国王、かたや身も心も捧げたスーパー勇者。

 最強のふたりにいい寄られて、ウブな小娘としては、どうしようもないよね。


 と、ここであたしは不穏な音波が発生するのを感じた。どうやら、この状況やっぱりミランダのキャパをオーバーしちゃったみたい。

 特異的な巨大ソニックブームが暴発して、彼女自身にダメージを負わせるかもしれない。

 よし! ここは抱きしめ作戦!


 ミランダを立ち上がらせて、あたしは両腕でしっかりと抱きしめた。

 だいじょうぶ、なんにも心配しなくていいの。

 いい子、いい子。


「うぬぬぬ!」


 グリドルがすごい形相になってる。

 泡くった給仕たちも右往左往。


「おのれ勇者! ただで済むと思うな!」


 とりあえず逃げよう。

 ミランダを抱きかかえてガラスドアを蹴ってあける。

 スタコラ走ろうとして、あたしは気がついた。

 ここは67階建てビルのてっぺんだった。


 でも大丈夫。これが助けてくれるはず。

 肩にひっついているフェニックスの羽毛の盾が。

 屋上フェンスめざして突進する。

 おっと、その前に流れるプールをジャンプして飛び越えるわよ!


 突然、あたしの足がもつれた。

 バランスを崩した勇者ユーイは、前のめりにハデに転倒した。

 とっさにミランダをプールの水に放った。

 顔も痛いんだけど、あたしのふくらはぎがかなりマズい。

 見ると血が出ていた。

 けれど何も刺さってはいない。

 後ろを見る。

 追ってきたグリドルと給仕たちだけだ。


 そうよ、魔人は水中にいるのよ。


「ユーイさま!」


 魔人は叫ぶミランダを抱えていた。

 そいつの特徴は、頭から長く伸びた触覚。

 たくさんある腕。

 透明な身体。


 今回はオマエだと思ったよ、プランクトン魔人。

 





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