5話:まさかの百鬼夜行?

 バーテンはすぐに来た。

 必死で走ったのか、身体じゅうから水分がダダ漏れ。夏が近いのにベストなんか着てるんだもん。脱いで来りゃあいいのに。

 まあ、あたしもミランダも長袖なんだけどね、ふたりとも、あんま汗かかないので大丈夫なのよ。


「ここんところ、ケンカは多いっすよ」


 イスに座らされたバーテンが、必死で額をぬぐう。


「みんな、なんかメンツ気にして、プライド高いんす」


 ミランダはラブホベッドに正座している。


「わたくしが気づいたのは、先ほどの男の眼が赤かったことです。他のお客たちは、どうですか?」


「うーん、そういわれれば、そんな気もするっす」


 そうかなあ、あたしは思わなかったけど。

 目の充血が感染の兆候? 酔っぱらいの眼なんてそんなもんでしょ。

 ウィルスが原因なら、たくさんの人間が出入りする酒場のバーテンなんか、すぐに感染しちゃうんじゃない?


「あなたは、いつから酒場で働いているのですか?」


「もうすぐ1年になるっす」


 伝染病をうつされるには十分な時間よね。


「あなた自身は気が短くなったり、西パステルに悪感情を抱いたりといったことは、ありませんか?」


「仕事でもプライベートでも、ここ10年くらいケンカしたことないっす。隣国にも変な感情はないし。西ワインのファンだから、いつか行ってみてえなと思うくらいで」


 ここらで勇者ユーイも質問するわよ。怖いオーラ出して。


「その前は、どこで何をしていた」


 男はキン〇〇が縮み上がっているような顔で答える。


「ダ、ダイモスに2年いて、バーテンダー選手権で優勝したっす! その前はエンケラドゥスでタンゴ・ダンス大会準優勝して、えーと、そのまた前は生まれ故郷のイスカンダルでラクダ・タクシーを運転してましたっ!」


 この国の出身ではない、と。

 たしかに、こいつの顔はイスカンダルの彫りの深いハンサムタイプだ。

 やっぱ操られてるんじゃなくてさ、東パステルの国民性じゃないの? 怒りっぽくて、他人を見下して、変な被害者意識を持ってて。そんで、勇者のあたしに向かってくるほど、みょーに自信過剰で。


 環境もあるけど、結局いろいろ遺伝子で決まるっていうじゃない。オタマジャクシの子はオタマジャクシっていうでしょ。あ、違った?

 こんな考えは、やっぱ良くないのかなあ……。


 閉めた窓の向こうから、デモ隊の叫びが聞こえてきた。


(西パステルはひざまずけ——)


(ひざまずけ——)


(国王は土下座しろ——)


(土下座しろ——)


 ギャーギャーうるさい。

 もう、またですか。こんな夜にヒマだなあ。

 と思っていると、ベッドから降りたミランダが声の出所を見に行った。窓をあけて外をうかがう。

 さぞかし大勢が連なってるんでしょうね、オツカレさま。


「おかしいです。デモ隊がいません。誰ひとり行進していないです。そこから声はするのですが」


 はあ? 空耳なわけないよ、聞こえてるんだから。

 もしかして百鬼夜行ってやつ?

 見える人には見える妖怪たちってこと?

 でも古代日本の魑魅魍魎ちみもうりょうはこっちの世界には来ないはず。


 そうよ。

 これは、アレよ。


 1羽の鳥が窓から入ってきた。

 そいつは、いい香りのする浴槽のフチにとまった。

 黄色いクチバシを大きくあけている。

 デモ隊のシュプレヒコールがうるさい。


 と、クチバシをぴしゃっと閉じた。

 デモ隊の声がやんだ。

 ぐわっとあけた。

 大勢の声がした。


 今度はクチバシのひらき加減を、ほんの少しだけにした。


(ごきげんよう、勇者)


 水色の鳥。

 ハチドリ魔人だった。







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