最終話:つぶやき鳥の沐浴

 バーテンめ、ドジったね。

 あたしたちは全然いいんだよ。あんたの命が危なくなるから、絶対に後をつけられるなって、いったんだ。

 まあ、しょうがない。

 コウモリ魔人から24時間経ってる。もう出ると思ってた。


 この小さな水色の鳥、ハチドリ魔人は人の脳みそに直接声を届ける。

 単刀直入に問いただすのみ。


「おまえがやったのか」


(何をやったと問うのだ、勇者)


「人の心を操ったか」


(わたしにその力はない)


「偽の情報を流したり、根も葉もない噂を広めたりしたな」


(わたしは醜いことをしない)


「じゃあ、何をした」


(わたしは、ただ誉めただけ。君たちは上に立つ素晴らしい遺伝子を持つと)


「みなに吹き込んで回ったのか」


(わたしは大きなことをしない)


 はあ? 


(学校の教師にささやいただけ)


 ああ、そうか。

 そうきたか。


(わたしは気が長い。数十年前にささやいたきり、今まで何もしていない)


 生徒たちが成人し、次の代がまた育ち、さらに次の代、次の次の代。

 強固で、大規模で、長く続くうねりが作られた。

 けっして軽く見てはいけない。

 時間はもう誰にも取りもどせないのだ。


 労働者の搾取という事件がふたつの国の間にたまたま起きて、ひねくれる素地が偶然に存在して、プライドを刺激するきっかけになって。


 でも、人びとに自尊心を植え付けるのは悪いこと?

 幼い生徒が大人になる過程で、自分を高めるために必要な力でしょ?

 あたしにもプライドがあった。

 だから勉強したし、専門学校に合格したし、看護師の国試もなんとか通った。

 乱暴されてドン底に落ちても、強く生きてきた。


(犯された者が犯した者たちより良き者であったら? 優れた人間であったら? 勇者よ、おまえは黙っていられるか?)


 黙っちゃいないよ、今となっては。

 許さないよ、誰ひとり。

 あたしの中にどす黒いエネルギーが満ちるのを感じた。

 召喚の時に無意識に出た力とは、比べものにならない。

 このホテルは丸ごと炭化するだろう。


 けど、遺伝子がどうとか——

 優れているとか、いないとか——

 どっちが上で、どっちが下でとか——


 それは違う。


 すんでのところで、あたしは思いとどまった。

 ここで爆発したら、それこそ悪人よ。

 あたしにだって光るカケラは残ってる。

 希望のカケラ、ひとを信じるカケラ。

 あたしは、いった。


「いいぞ、王女」


 すでに両腕を突き出してミランダは準備していた。

 この際バーテンの鼓膜は王女さま自らが縫ってあげるといいわ。


「食らいなさいっ!」


 いびつで強力なソニックブームが突進した。

 窓ガラスが粉々になり、室内のグラスはすべて砕け散った。

 クチバシをポッカリあけた水色の魔人は、吹っ飛んで風呂の中に落ちた。

 1日の終わりにくつろぐ予定だったあたしたちの代わりに、気絶したハチドリがヒノキの湯につかることになった。


 まあ、いいわ。次の街でゆっくりさせてもらうから。








第2章:ウィルスの街 〜おわり

第3章:飽食の街 〜へつづく


 


 

 

 

 

 

  


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